5話 僕が大好きな二人だから


 「……おはよう」


 「ん。おはよう」


 学校に到着した俺は、既に教科書を開き予習に励んでいる美優、元い俺の彼女と挨拶を交わす。と言っても、俺が女慣れする為の予行練習。名付けて予行練習彼女である。


 「……」


 「……」


 気まずい……。挨拶をしてみたは良いが何を話せば良いんだ?友達ってわけじゃないし。距離感が分からんよ。


 そんな気まずい空気を美優が破った。


 「喋りなさいよ!?何この雰囲気!カップルとは思えないんだけど!?」


 「う、うっさい!慣れないことでこっちは緊張してるんだよ!」


 「へー。意外ね……あなたって、こういうのには慣れてるんだと思ったけど……童貞?」


 「ど、どどど、童貞じゃねぇーしー?いきなりそんなこと聞くとか、頭おかしいちゃうんか?」


 「何その急な関西弁……もうそれ答えを言ってるもんじゃない。ばーか」

 

 「くっ……」


 何も言えなくなった俺を見て、少し勝ち誇った様にフフン、と胸を張るドヤ顔の彼女。


 確かに可愛いけれども……。少しイラッとしたのも事実。


 こうなったら、仕返してやる。


 「そういうお前はどうなんだ?」


 「は?」


 お前も俺に聞いてきたんだからな?決してセクハラじゃないから!訴えられたらオイラも訴えるもんねっ!


 「いや、だから、もうヤッたのかって。聞こえた?」


 「は、ちょ、は?」


 さっきの余裕に満ちた態度から一変。顔を真っ赤に染めて、周りをキョロキョロとして、落ち着きのない様子だった。


 「あ、あんたはいきなり、なんてことを……バカじゃないの?本当にキモい!そんなこと聞いてどうするつもり!?どーせ、変な妄想に使うんでしょ!?」


 美優は俺に指差しながら、早口で捲し立ててくる。


 へ、変な妄想なんてしねぇよ……。


 わ、私、初めてだから……優しく、して……?


 潤む瞳に、白と羞恥のコントラスト。その赤い彼女の顔にまるで吸い寄せられるように近づけてゆき……。


 いや、本当に変な妄想とかしないから。本当だよ?


 「別にそんなこと考えねぇし!」


 「その顔はウソ!絶対えっちな妄想したでしょ!」


 「してない!」


 「した!」

 

 すいません。本当はしました。めちゃくちゃ考えてました。しかし、女子の前で、えっちな妄想してましたなんて言えるはずがないのだ。


 椅子から身を乗り出しお互いに睨み合う。


 「……!」


 「……!」


 そして三十秒位(普通に長い)睨み合った所で……。


 「はい、お前ら席につけ―。ホームルーム始めんぞー」


 担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。


 適当な返事をし、不機嫌そうに席につくクラスメイトや、スマホを急いでポケットにしまうクラスメイト。


 同様に、俺たちも会話を切り上げ、担任の話に耳を傾けた。


 どうやら連絡事項はそんなない様で、話し終えた先生は二年生の重要さを語り始めた。


 先生のやる気のない低い声が逆に俺の眠りを誘う。


 そして、起きてるのかどうかも曖昧になった所で――


 右耳の辺りに何かが当たった。


 隣の机を見ると消しゴムが出ていたから消しカスでも投げたのだろう。


 少し不機嫌そうに隣を見る。


 すると、急に顔を寄せてきて、俺に耳打ちした。


 「私、初めてとかまだだから……勘違いしないでよね」


 「〜〜ッ!?」


 甘い声とフワリと香るお日様の匂い。


 一瞬、頭の処理が追いつかなかった。何が起きたのか分からなかった。


 だから、無意識に隣の彼女を見た。


 しかし、彼女は既に俺とは逆方向を見ていた為どんな表情か分からなかった。

 

 彼女は俺の方を振り返り、視線が交錯する。


 ドキリ、と心臓が跳ねて身体が熱くなったのが分かった。


 俺と視線が合っているのが分かると彼女は満足げに笑った。


 ああ、ちくしょう。やり返すつもりがまたやられてしまった。


 そんな少しの敗北感が、何故か嬉しかったのだ。


 まだまだ、練習が必要そうだ。


 軽く吐いたため息と、同時にチャイムが鳴った。


ーーーー


 「まさか優生があんなことするなんてな」


 圭と二人で駄弁りながらいつもの帰り道を歩く。


 「告白か?」

 「うん。だって、極度の女子苦手な優生があんなことするなんて考えもしなかった」

 「まぁ、俺なりの考えがあってだな」


 答えると圭はふーんとどうでも良さそうに一人呟いていた。


 そして少しばかりの沈黙。


 「優生は美優のこと、好きなの?」


 圭は立ち止まって俺に問う。


 好きかどうか。


 そもそも前提として恋愛感情がどうとかは視野に入れていない。


 俺は目標を達成したいから、即ち女の子耐性をつけたいから告白した。ただそれだけである。


 しかし、それをそのまま言うのも気が引ける。


 俺の幼馴染は正義感が強いのだ。間違ったことが嫌いで、人の気持ちがわかる優しい奴なんだ。


 だから、俺は嘘をつく。


 そうした方が円滑に物事が進む。


 「うん。好きだよ。美優のこと」


 俺は幼馴染よりも向こうにある夕焼けを見つめながら放った。


 チクリと胸の奥が痛んだ気がした。


 また、大切な物が何か減った気がした。

 

 あの向こうにある夕焼けが俺の事を燃やしてくれれば良いのにって思った。

 

 「うん。そっか。その言葉が聞けたならきっと大丈夫だね。器用な優生のことだ。きっと幸せになれるよ」

 「あ、ああ」


 こんな優しい言葉がかけられるのは予想外で言葉が詰まってしまった。


 「じゃあ、これ」

 「ん?何これ……チケット?」

 「うん。遊園地のチケットだよ。これでデートに行ってきなよ。付き合ってるんだし」

 「けど、良いのか?わざわざこんなものまで……」

 「ずべこべ言わずにもっていけ!僕の未来の嫁と行く予定だったのを優生に譲るんだよ!絶対楽しんでこい!」

 「重い!行きたくなくなったわ!」


 そんな優しい気遣いに自然と笑みが出る。


 「でも……ありがとう」

 「うん」


 俺は本当にいい幼なじみを持った。長い付き合いだ。俺には分かる。きっと、昨日買ってくれたんだろう。俺の夢の為に。少しでも美優との仲が進展するように。


 俺が邪道ならば、圭は王道。

 

 誰もが笑顔になれる方法を圭は考える。


 そんな幼なじみだからこそ、大切にしていかなくてはならないのだろう。


 ならより一層、予行練習のことは話してはいけない。


 そう、強く思った。


ーーー


 僕は圭と別れた後、家には向かわずに公園に行った。

 

 休憩も兼ねてブランコに座った。


 こうしてブランコに座るのは言う振りだろうか?


 僕が地面を足で蹴ると、ブランコは前後に動き始めた。


 このブランコこんなに幅狭かったっけ?いや、僕が大きくなったんだ。


 足を地面につかないように気をつける。


 あとは勝手に勢いがついてくるだろう。


 昔はブランコに乗らない日なんて無かったのに。


 揺れる度にギィ、ギィ、と錆びついた音が乗ってなかった時間の経過をやんわりと僕に教えてくれた。


 ゲームにハマって、外で遊ぶことが減った。気づいたらスマホを買ってもらって、一気に世界が広がった。


 公園以外にもいろんな所で遊ぶようになった。


 本当に楽しかった。優生は何やっても上手くて。羨ましい、よりもかっこいいって心の底から思ってたんだ。


 顔も性格も何もかもがかっこよくて。いつかは、こんな人になりたいって思ってたんだ。

  

 ずっと隣で見続けてきた。


 一緒に隣を歩いてきた。


 だけどもう、優生の隣で歩くのは僕じゃない。


 バトンタッチだ。


 クラスの不器用でも、ずっと直向きに頑張れる強い女の子に。


 僕の大好きな女の子に。


 僕が大好きな人同士が付き合うんだ。きっと、良いカップルになるだろう。


 二人の幸せの為なら僕は何だって協力する。 


 あの極度の女子苦手な優生が好きだって言ったのだから。それは幼なじみとして、とても喜ばしいことだから。


 少し想像してみる。


 不器用な美優は優生にからかわれて。けど、本当に困ってたら優生が助ける。


 そうやって徐々に距離を詰めていくんだ。


 春も、夏も、秋も、冬も、その先も。


 きっと二人は幸せそうに過ごしてく。


 本当にいいカップルだよ。


 思わず一人で笑ってしまう。


 気づいたらブランコは止まっていて、錆びついた音も止まっていた。


 けど、地面に何かが垂れる音が静かに僕の耳に響いた。

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