2話 音楽少女と焼きそばパン


 午前中の気だるい授業が終わり、昼休みとなった。


 俺は圭と二人で中庭のベンチに腰をかけて適当に雑談を交わす。


 「……なんで女子ってあんなに怖いんだろうね」


 「さーな」


 圭の会話に適当に相槌を打ちながら、焼きそばパンをかじる。


 ソースの香ばしい香りが鼻を抜ける。そして程よいタイミングでパンのほのかな甘さが口の中を満たした。


 うまい……。この学校に入学してから一年間。

 何かに取り憑かれたように学食の焼きそばパンを食べている俺だが、今日も美味しい。


 幸せだ。コンビニやスーパーに売っている焼きそばパンはあまり美味しいと思わないのだが、学食の焼きそばパンだけは毎日食べてしまう程の魅力があった。


 「って、おい。聞いてるのか?僕は本当に怖い思いしてるんだぞ?」


 どうやら適当にやり過ごすのには無理があったらしく圭が俺に顔を近づけてくる。


 「別に俺は怖い思いしてないし」


 「そうかもしれないけどさ!親友が困ってるんだぞ!」


 「めんどいしなー」


 「お願いだから!助けて下さい!」


 最後には敬語で俺に縋ってきた。逆に何をされてるんだ?そこまで怯えていると気になってくる。


 「……どうしたんだよ」


 「一部の女子がめっちゃ睨んでくるし、僕とすれ違うと舌打ちしてきたりするんだよ!?やばくないか!?」


 おう……それは確かに怖いな。


 「いくら優生と一緒にいるのが妬ましいからって流石にやりすぎだよ!」


 「まぁ、確かに」


 「そうだよね!優生もそう思うよね!?」


 俺もおかしいと思う。圭を助けてあげたいとも思う。

 

 だがしかし、俺は極度の女子苦手なんだ。


 「すまんな。女子苦手なもんで。直接そいつらに言ってやりたいのは山々なんだがそれも厳しい」


 わざわざ苦手なことをしたくない。圭には悪いが我慢して貰おう。


 「ま、そりゃそっか。分かってたけどね」


 「ちっ、クソが、埋めんぞ」


 「そこまで言わなくても!?」


 そんな下らないやりとりをしていると、何処からか歌と楽器の音色が聞こえてくる。自由で、透き通っていて、空の彼方まで羽ばたいていきそうな美しい歌声。


 その音色は俺たちの心を一瞬にして掴んだ。

 


 「何処だろう?」


 「音楽室か……」


 いや、違うな。中庭は校舎に囲まれている為教室の窓が確認できる。


 確認したところ音楽室の窓は閉まっていて人の気配も無い。


 「あ、屋上か?」


 圭が閃いた様に言う。


 「考えられるのはそこしかないな」


 「じゃ、行ってみようぜ」


 「えー……」


 圭ならそう言うと思った。確かにここまで綺麗な歌を奏でる人が誰なのか気になるが……。


 女の人なんだよなー。


 「いや?」


 「嫌じゃないけど……」


 気まずくね?初対面なのに。


 「はー。嫌じゃないなら行くぞ!」


 「ちょっ」


 圭はため息と同時に俺の腕を掴み走り出す。


 俺の幼馴染はやると決めたら止まらないのだ。ここまで来たらもう止めることはできないだろう。


 俺はコッソリとため息をついた。


――――


 「はぁ、はぁ、着いたぞ……」


 「圭って行動力ある割に体力ないのな」


 「うるせ」


 屋上のドアを開けると一人の女の子がフェンスに寄りかかり、目を閉じて唸っていた。


 「うーん……感覚的には悪くないんだよなぁ……」


 「あのー」


 「あと一歩…何かが足りない……」


 「……」


 無視された圭は軽く凹んだ様子でこっちを向いた。


 「無視……された」


 最近女子から嫌がらせされてるから軽く無視されるのも凄くキツいんだろうな。


 「っ!?」


 今度は急に目を開いた彼女。さっきまでは悩んでいた様子だったが急に立ち上がり、頬を真っ赤に染め上げて動揺した様子で話しかけてきた。


 「ど、どうして優生先輩がこんな所に!?」


 「えーと、中庭から、凄く綺麗な歌声が聞こえたから気になっちゃって……」


 本当は圭に無理やり連れてこられたんだけど、俺も気になっていたのは事実だ。


 「本当ですか!」 


 モジモジしてたと思ったら急に俺の手を握ってくる。

 

 ふぁ、あ、あったかいよぅ……。


 予想外の出来事に俺は動揺を隠すのに必死だった。


 「ふぇっ!う、うん。そうだよ」


 「どーよーすんなー」


 黙れ圭!ど、動揺なんてしてねぇし!勘違いしないでよね!


 なんてバカな事を考えていると握った手を胸元の方に寄せてくる。


 「よかった……初めて自分で作った曲で……上手く出来てるのか心配だったんですよ」


 「あ、うん。そうなの?」


 うわぁーー!手があったかくてふわふわしててヤバい!


 この子わざとやってる?天然なのかな?


 だが重要なのはそこではない。俺の手が彼女の胸に触れている事実である。


 しかもこの子よく見ると凄く可愛い。それになんかいい匂いもするし……。


 「わっ!えっと、その……手……」


 「え!あ、そうだね、ごめん」


 反射的に謝ってしまう。あれ、俺が謝るのおかしくね?


 「もう……恥ずかしいです……」


 「いや、その……」


 頬を膨らませてさらに上目遣い。くっ可愛い……。


 ていうか俺キョドりすぎてやばいな……。


 「あのー、僕もいるんですが……」


 おっと、忘れてた。


 「すいません!つい嬉しくって……」


 「別にいいんだけどね……」


 もう駄目だ。圭のHPはとっくにゼロだよ。


 こいつ女子運無さすぎるだろ。俺は耐性がないんだが。


 ここでお昼休み終了のチャイムが鳴った。


 「じゃ、じゃあ私はこれで」


 返事を待つ前に駆け出す彼女。勢いよくドアが閉まる。


 「名前、聞けなかったな」


 「うん。だけど一年生だったね」


 「そうだな。圭」

 

 「そうだね。優生」


 「……」


 「……」


 「お前キョドりすぎてキモいかったぞ!」


 「お前の方は空気だったろうが!」


 「……」


 「……」


 お互いに一言文句を言って、睨み合う。


 「授業始まるぜ」


 「そうだね」


 なんか虚しくなってそれ以上の言葉は出てこなかった。


 克服への道はまだまだ遠い。


 意識を変えなければこの先も何も変わらないだろう。


 そろそろ自分と向き合わなければならない。


 だから、次の授業中、軽く考えてみることにした。


 隣に座る彼女の横顔を見れば何か浮かんできそうな気がしたから。


 


 

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