3話 隣の席の予行練習彼女
謎の音楽少女との接触の後、急いで屋上から移動した甲斐もあり、何とか午後の授業に間に合った。
さっきまで慣れない女子との会話をしていた為こうして座っていると疲れがどっと押し寄せてくる。
教室中から聞こえるペンで紙を擦る音、教師の少し早口な語り、不規則なチョークの心地の良いメロディー。
あ、やべ。これ寝るわ。正直寝ても授業にはついていけるし、特に問題はないだろう。うん。寝るか。
そう思いペンを握る。そしてノートと顔を少し近づけてノートを写す姿勢になる。後は目を瞑るだけ……。
こうして……後数秒もすれば……夢の世界へ………。
……………。
「ッ!」
行けなかった。
突然ペンを握っていた右手に鋭い痛みが走る。
「ちょっと……授業中なんですけど……?」
呆れ顔でこちらを見てくる美優。手にはやけに芯を出しているシャーペンを持っていた。
「学年一位様は余裕でいいわね」
正面を向きながら、嫌味ったらしく言う。たまに見ていた美しい横顔の塩っぽさは変わらず、興味のなさそうな雰囲気が感じられた。
……言ってくれるじゃねぇか。こちとら小学生の頃から神童と持ち囃されていた天才少年だぞ?
「勉強苦手な美優さんは大変そうですね。はぁ、俺も授業で分からないって気持ちを体験してみたいです……。羨ましいなぁ……」
「はぁ?」
こっちを向き眉を顰める美優。美少女は怒っても美少女。普通に可愛かったです。レアな怒り顔、脳内フォルダに保存確定!
「聞こえなかったなら、もう一回言って差し上げましょうか?」
「っ!聞こえたわよ!」
ガタッと身をこちらに乗り出して反論してくる隣の美少女。しかし今は授業中である。
「オイ!そこ!今は授業中だぞっ!」
「す、すみません……」
美優が細々しい声で先生に謝罪すると所々から笑い声が聞こえた。
「うぅ〜〜……」
美優は耳まで真っ赤に染め上げてノートと睨めっこしている。どうやら彼女は俺が想像しているよりも表情がコロコロと変わるようで、見ていて、接していて楽しいと、不覚にも思ってしまった。
恥ずかしがっていたと思ったら、今度は俺に指を刺しながら早口で捲し立ててきた。
「あんた覚えてなさいよ……!ちょーっと顔がいいからって調子乗ってるんじゃないわよ」
「へーへー」
なんかめんどくさそうだったから、俺は反対の窓の方を向き空を見上げていた。ゆっくりと流れる雲はまるで退屈な授業の時間を表しているようだった。
「この前は少しかっこいいと思ったのに……ふん……」
その呟きはきっと誰に言ったわけでもなく、ただ口から溢れただけだろう。だって今にも消えてしまいそうなぐらいに弱々しかったから。
だから俺も聞こえてないフリをした。
窓を、雲を見たままでアイツからは顔を逸らしていた。
だって俺は人生で初めて、今自分がどんな顔をしているのかが想像できなかったから。
少しだけ、青空に泳ぐ雲の流れが早くなった気がした。
―――――
そんな訳で雲を眺めること一時間。教卓に立っている先生は変わり、教室を支配する雰囲気は少し柔らかくなったように感じる。
そして、何処からかは規則的な呼吸音が複数聞こえてくる。ちなみにお隣さんは首を傾げながらも、ノートと黒板を何度も交互に見ながら頑張ってます。
俺?もちろん頑張っているさ。かつては神童と呼ばれた男。何もせずにただ雲を眺めていただけだと思うなよ?
思いついたのだ。俺の女子苦手を克服する方法を。
こんな単純な事を思い付けなかった自分に呆れるのと同時に、こんな策を思いついてしまう俺の頭脳が天才すぎて怖い。
俺は考えを行動に移す為にまずは手紙を書いた。と言ってもノートの切れ端に適当に書き殴ったのでメモ、と表現した方が近い。
それを隣の美少女の机の上に投げる。予想通り手紙を見た美優は大きな瞳を更に大きく開きでこちらを見る。口も少し開いていて、その間抜けな顔に思わず笑ってしまう。
「ちょ、いきなり手紙投げてきたと思ったら笑って……何なのよ……」
「ごめんごめん。で、返事は?」
「別に構わないわ。放課後アンタと一緒に中庭に行って話をするだけでしょ?」
良かった……。これで第一段階クリアだ。ここさえ乗り切れば後は勢いだけで何とかなる……筈だ。
「何を話すんだか知らないけど……どーせ無駄話だろうから私としてはサッサと終わらして欲しいわね」
「へーへー」
くそっ、いつも一言余計じゃい!まぁ、いいや。後は放課後を待つだけ。
失敗は許せれない。この計画が失敗すれば俺のプライドにも大きな傷がつく。それは避けたい。
取り敢えず俺は放課後に向けて、イメージトレーニングを重ねておくことにした。
絶対に失敗はできないのだから。
ーーーー
そして計画通り中庭に到着した。
既にそこは、俺と美優を囲うようにして人が集まっていた。
おお、これはすごい……。大人気のコスプレイヤーにでもなった気分だ。
こうして多くの人目に晒されるとやはり緊張してしまう。
教室から中庭に移動する際にわざわざ二人で一緒に中庭まで行った。そうすれば、いつも男子と一緒に居る(主に圭)俺が女子と歩いてると噂が広まり、注目を浴びる。
そんな予想が見事に的中し、頭の中で何度も再生してきた光景が今、現実となったのだ。
……あとは俺がきちんと話すだけ。
胸から飛び出しそうな心臓を落ち着けるため軽く呼吸をしてみる。
じわりと、手汗が滲んだのが分かった。
……もし、失敗してしまったらもうあんなふうに過ごせなくなってしまうのではないか?そんな考えが頭をよぎった。
いや、違う。そんな事あるはずがない。
そもそもこの俺が失敗なんてする筈ないんだ。
だから、大丈夫だ。
「美優さん――――」
俺が急に話すと周りの生徒は一気に静かになった。
「はい」
優しく、待ってました、というように美優が返事をする。真っ直ぐに俺を見るのは恥ずかしいのかチラチラと俺を見ては、すぐに逸らすという落ち着きのない行動をしている。
そんな彼女からは、いつものツンケンした態度は微塵も感じられなかった。
「俺と、」
さぁ、言え。夢の為だろう。自分が幸せになる為だったら手段を選ぶな。人の気持ちなんか踏みいじれ。
ずっと憧れてたあの夢にようやく一歩踏み出したんだ。
ここで歩みを止めるわけには行かない。
いつでも自分が一番優先なんだから。
「付き合って下さい」
「はい」
微笑む彼女を初めて見た。
目を開いた彼女の、少し潤んだ瞳が芽生えた感情の大きさを教えてくれた。
ああ、もう後戻りできない。太陽の様にキラキラと眩しい美優の笑顔は、俺の心を黒く染め上げた。
ごめんなさい。少しばかりの後悔。
でも、ありがとう。
これからよろしくな。
――――予行練習彼女として。
中庭に響いた祝福の音色は、どこか渇いていた。
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