2.
ふと、実家を訪れてみようと思った。
しばらく帰っていないような気がする。
連絡も取ってない。
でも、便りがないのはよい便り。
きっと、家族はみんな、元気に過ごしているのだろう。
そんな軽い気持ちだった。
「変わったなぁ…」
思わず、そんな言葉が口から出た。
それくらい、故郷の景色は、記憶にある景色とは大きく変わっていた。
何もなかった駅前は再開発が行われ、小洒落た店が立ち並び、よく通っていた近所の商店街も、多くの店が入れ替わっていて、見覚えのある店は、わずか数軒。
少し寂しい気持ちもあったが、これが時代の流れというものだろうと。
回りの景色を確かめながら、実家に向かった。
「あれ…?」
目指したはずの場所で、途方に暮れて立ち止まる。
そこは、雑草の生い茂る、空き地になっていた。
まさか、家族が連絡もくれずに、引っ越した?!
愕然と立ちすくむすぐ側を、何人かの人が通りすぎた。
だが、どの顔も、知らない顔ばかり。
家族はいったい、どこに行ってしまったのだろう。
どれくらい、その場にいただろうか。
ふと気づくと、知った顔の住職が、すぐ隣に立っていた。
随分年を取ってはいるが、間違いない。
お世話になったことのある住職だ。
「あの…」
住職と、目が合った。
「ここに住んでいた家族は…」
手にした家族写真を住職に見せると、住職は怪訝そうな表情を浮かべて、言った。
「この写真をどこで…?」
「え?」
問われた意味が分からず、戸惑う。
家族写真をどこで手に入れたかなんて、なぜそんなことを聞かれなければならないのだろう?
答えに窮していると、住職は言った。
「この男性は、5軒先の家の旦那じゃ。数年前に家族で他県に引っ越したがの。この女性は、隣町に住んどる奥さんじゃ。この町に住んどったことはない。この女の子は、うちの檀家のお嬢さんじゃ。家族と元気に暮らしとる」
…え?
住職の言葉に、耳を疑った。
なにを言っているんだろう、この住職は。
この写真は、唯一残っている、家族写真なのに。
…唯一?
なんでだっけ?
他の写真は…?
「この写真に、お前さんは写っとらんようじゃが?」
「…撮った側だったので」
「ほう」
頭の中が、混乱し始める。
なぜ、家族写真がこの一枚しかないんだろう?
なぜ、この住職は、おかしなことを言うのだろう?
「これが、お前さんにとっての、理想の家族じゃったのかのう…」
そう言うと、住職は哀しそうな目を、目の前の空き地に向けた。
「お前さん、ここに住んでおった子じゃな」
黙ったまま、住職に同じく、目の前の空き地に目を向ける。
「すまんかったのう。気付いてやれなんだ」
「え?」
「寂しい思いを、させてしもたなぁ」
ふいに、目の前の景色が変わる。
家が、燃えていた。
中にいたのは、自分ひとり。
お父さんもお母さんもお姉ちゃんもいない。
家族なんていない。
いつも、ひとりだった。
家族で写真なんて、撮ったこともなかった。
だから、自分で画像を張り合わせて、理想の家族写真を作った。
たった一枚の、家族写真を。
でも、それが、引き金になって。
孤独に耐えかねて、家ごと自分を燃やしたんだ。
手の中の写真が、焼けただれて溶けていく。
偽りの、家族写真。
そっか。
家族なんて、いなかったんだ。
ひとりぼっちだったんだ。
家族なんて、ただの願望でしかなかったんだ。
そう思った時。
住職が言った。
「わしで良ければ、家族になるからの。お前さんは、ひとりじゃない」
その言葉が胸の奥深くまで染み込んでいく。
「いつでも、帰ってくればよい。わしの所へ」
ああ、これでやっと逝ける。
閉じた瞼から、涙が一筋、こぼれ落ちた。
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