家族
平 遊
1.
ふと、実家を訪れてみようと思った。
しばらく帰っていないような気がする。
連絡も取ってない。
でも、便りがないのはよい便り。
きっと、家族はみんな、元気に過ごしているのだろう。
そんな軽い気持ちだった。
「変わったなぁ…」
思わず、そんな言葉が口から出た。
それくらい、故郷の景色は、記憶にある景色とは大きく変わっていた。
何もなかった駅前は再開発が行われ、小洒落た店が立ち並び、よく通っていた近所の商店街も、多くの店が入れ替わっていて、見覚えのある店は、わずか数軒。
少し寂しい気持ちもあったが、これが時代の流れというものだろうと。
回りの景色を確かめながら、実家に向かった。
「あれ…?」
目指したはずの場所で、途方に暮れて立ち止まる。
そこは、雑草の生い茂る、空き地になっていた。
まさか、家族が連絡もくれずに、引っ越した?!
愕然と立ちすくむすぐ側を、何人かの人が通りすぎた。
だが、どの顔も、知らない顔ばかり。
家族はいったい、どこに行ってしまったのだろう。
どれくらい、その場にいただろうか。
ふと気づくと、知った顔の住職が、すぐ隣に立っていた。
随分年を取ってはいるが、間違いない。
お世話になったことのある住職だ。
「あの…」
住職と、目が合った。
「ここに住んでいた家族は…」
手にした家族写真を住職に見せると、住職は目尻のシワをさらに深めて、懐かしそうな笑みを浮かべた。
「懐かしいのう。ここを離れて久しいが、皆、息災じゃよ」
「えっ」
「この家族は、皆、息災じゃ。心配はいらぬわ」
そう言って、住職は笑った。
「心配性は、母親譲りかのう」
住職には連絡しているのに、知らない内に家族が引っ越しているなんて!
ちょっと、ひどくない?
そう思った時。
住職が言った。
「まぁ、無理も無かろう。お前さんも、この家族の1人になるはずじゃったからのう」
え?
改めて、家族写真に目を落とす。
照れたように笑っている、お父さん。
柔らかな笑顔を浮かべている、お母さん。
楽しそうに笑っている、お姉ちゃん。
「弟も、おるんじゃよ」
住職の優しい声が、遠くに響く。
そうか。
みんな、元気なんだ。
だから、ずっと会ってないんだ。
便りがないのはよい便り。
ほんとだね。
「また、来るのかの?」
「はい、たぶん」
「そうか」
「では、そろそろ戻るとするかの」
そう言った住職に、手を取られる。
「世話が焼ける子じゃのう。これではおちおち、死んでもおられんて」
ふぉっふぉっふぉ、と。
住職は笑った。
知っている。
この住職は、目に涙を浮かべて、この世の空気を吸うことなくこの世から去らざるを得なかった小さな命を、手厚く弔ってくれた人。
死してなお、こうして面倒を見てくれている。
「早く家族に会いたいか?」
「…ううん。みんな元気に長生きしてもらいたい」
「そうかそうか」
住職に手を引かれ、来た道を戻る。
お母さんのお腹の中にいた頃に見た景色とはだいぶ変わってしまったけれど、それでもここが故郷であることに変わりはない。
この世との別れの時に、お姉ちゃんが泣きながら棺に入れてくれた家族写真を胸に、あの世へと戻る。
大事な家族。
大好きな家族。
みんなに会えるのは楽しみだけど、でも、急がないでね。
生まれることができなかった、家族からのお願いだよ。
「大丈夫じゃ。皆、ちゃあんと、わかっておる」
住職が、優しく笑って、頷いた。
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