第38話 ボーナスステージ①

────爪だ。

黒崎を胴を貫いたその手には人間のものとはとても思えないと鋭利な爪が伸びていた。

「黒崎ッ────!」

私はその光景を見かねて、目の前の怪物を無視して駆け寄る。

怪物はそれに一切の反応を示さず、ただ待っていた。

「ヒュ────、ヒュ────。」

黒崎はもう声を発せられないのか、わずかに体内に残っていた空気をただひたすらに表へ吐き出していた。

私は彼の胴を抱える。

「くろ、さき────。」

「ヒュ────、ヒュ────。」

彼はまだ残る力をふり絞り、口をパクパクと動かす。

「これが、だ、だいしょうだ────。 きにするな────。」

黒崎のこの傷はもうこの世の医療ではどうしようも出来ない代物。

なにをしようとも黒崎孝文の人生はここで終わった。

私はそう察すると既に息がない彼の目を閉じさせる。

「・・・あっちの私に宜しくね。」

それだけ言って、彼の胴を床へと寝かせる。

「楓────。」

そしてまだ内に眠ったままであろう彼女の名前を呼ぶ。

「彼女の意識は、今表側には存在していないよ。」

「どういうことだ、浅峰。」

会長が浅峰の発言に対し、問いただす。

「なに、そのままの意味だよ。

 今の彼女に橘楓という人間の意思は備わっていないのさ、ブレによる過度なストレスが原因で元々彼女の内に眠っていた前世の情報が無理やり這い出てきてしまったんだろう。」

「前世の情報、だと?」

「あぁ、私も知ったときは少しばかり驚いたがどうやら彼女、"鬼"の生まれ変わりらしい。

 本来前世の情報というものは魂が新たな依り代を見つける際にリセットされる。 ただ稀にその魂の情報のリセットの処理が働かなく前世の情報を上から覆うような形で外見を纏う例がある。

 その例がまさに今の彼女なんだよ。」

「浅峰学、こいつらも皆殺しか────?」

鬼が私と会長へと殺意を向けた。

ただ、そんなことよりも────。

「学? どういうこと。 だって浅峰学って二代目の・・・。」

「君、その名では呼ばない約束だろう? 今この説明をする時間がないんだよ────。

 まぁ、それはそうと彼らも殺してしまって構わないよ。」

「そうか────。」

鬼は私へと一瞬で近寄る。

人の身体能力ではない、速すぎる。

彼女の容姿で、彼女の声で鬼が私へと殺気を向ける。

「紅葉────!!」

会長がすぐさま鬼へと接近する。

そして蒼い閃光を放とうとした、がそれは叶わなかった。

会長の上空に飛来する三つの剣が勢いよく、会長の胴を貫いた。

「ガぁ────!」

「会長────!!」

私が会長へと向けた瞬間、そこに隙ができた。

鬼は手足の様にその三つの剣を操り、私へと斬りこんでくる。

浮遊する円盤のような動作をする三つの刃。

それはまるで円形の刃物のように鋭い。

その剣が彼女の周りを浮遊している。

これが彼女の武器────。

私ただその斬撃に当たらないことだけを考えて後方へと駆けだす。

私は相手に背中を見せた。

それは逃亡の一手ではない。

一つの手段として私は背中を敵へ向けた。

戦いの最中に背中を見せるということは、なにもマイナスな要因だけではない。

敵は私の背中を見て、嘲笑う者もいれば、勝利を確信する者もいるだろう。

私のこの行動は相手に一定の考えを埋め込む思考の操作でもある。

この際嘲笑う者の場合でも勝利を確認する者でもどっちだっていい。

敵の思考を限定的に絞ることによって、不用意な頭脳戦には絶対に持ち込ませない。

お前はこの行動に対して、何かを感じ取った時点で私の術中にはまっている。

"彼女"を受け入れた今の私を殺せるとでも思っているのか?

初めて人を殺め、友人を殺され、目の前で死にかけている先輩。

この状況で逃げるわけないだろう?

"鹿野紅葉"はいつだって偽善者だ。

だから敵が悪なら容赦はしない。

私は後方へと駆けながら左右へと悪意で作った黒槍をセット。

後ろを見向きもせずに私は黒槍を発射した。

あたるかなんてことはどうでもいい。

今の私に戦意があるということを感じさせる必要がある。

その行動こそ、敵の思考を裏切る唯一の一打。

戦意を喪失したかに思えた目の前の獲物が自身を狩る側へと移動する。

案の定、黒槍に手ごたえは感じない。

敵には当たっていない。

だがその行動が故に、私は薄暗いこの部屋から明かりが灯る見渡しのいい廊下へとたどり着いた。

あとはコイツと正面から打ち合うだけだ。

敵を振り返るタイミングだけ慎重に選ぶ。

私は後ろから聞こえる足音が止むのと同時に後ろを振り向いた。

「人間────、ここまでおびき寄せてなんの真似だ?」

「はぁ? そんなの決まってるでしょ。 あんな薄暗いとこじゃ出来ることも減るし、やるならここでやりましょう?」

私はこの一帯に蔓延る悪意を浄化して、敵の武器である宙に浮く三つの剣の数倍の黒槍を空中にセット。

さらに右手へは悪意を凝縮して、私は敵へ向かって床を蹴った────。

◇◇◇◇◇

黒槍と三つの剣が宙で互いに火花を散らす。

敵の剣は丈夫なのか打ち合うたんびに私の黒槍が破壊される。

そして私は黒槍を作り出して、発射する。

それの繰り返し。

だって、そうしなければ追いつかない。

決して、敵の手数が数段優っている訳ではない。

私の攻撃の方が遥かに数が多い。

それなのに────、それなのに────。

敵は剣のたった一振りで私の攻撃を無力化する。

この場では数の問題は生じなかった。

一攻撃の質が違うというのが的確だろう。

私の黒槍の強度は恐らくだがこれ以上上がらない。

なぜなら今の黒槍の強度は"彼女"と戦ったときの数倍の強度をも遥かに超えている。

それは私はここまでの打ち合いの果て、強度が足りないと踏んで急遽修正した結果なのだ。

なんでもできると思っていた、しかし今はその手段を考える暇がない。

そんな手段を考える時間が今の私に与えられるようなものなら、それは死後でしかない。

敵の斬撃を防ぐために、黒槍を放つ、放つ。

その行動に一切の迷いはない。

そうして続けないと斬られる。

だけど、ここままでは勝てない────。

「退屈だ、人間。 余興は終わりか?」

舐めやがって、その煽りに少しだけ心に余裕ができた。

私は放つ黒槍の一本の"詳細"を工夫する。

「いっけ────!」

普段とはなにも変わらない黒槍。

見た目は何も変えてはいない。

変えたのは"中身"だ────。

「?」

敵も何か違和感に気が付いたようだ、流石だ。

その黒槍は敵の剣に弾かれる寸前、破裂し敵の視界を塞ぐ一種の煙幕の様に辺りを黒煙で覆う。

この隙に何か手を考える────。

私は後方へと走り出し、浅峰邸の二階へと向かう下り階段へと向かってゆく。

後ろから気配は感じない、このまま敵の視界から消えるッ!

廊下を一直線に駆けて、端の右側に位置する下り階段へ辿り着く。

それによって、完全に敵の視界から私は見えなくなった。

────そしておそらくだが。

私の予感は的中した、アイツは目前の私を見失うとなりふり構わず私と同じように廊下の端へと駆けてくる。

それはそうなるだろう、視界は見えなくとも音は聞こえるんだ。

なんとなく私がどこに行ったのかも推測は付くだろう。

だがそれだけだ、私の行った"方角"だけが今敵の持つヒント。

私が"出てくる"場所までは予測はできない。

敵が廊下の端へと到着、そしてそこからは死角となっている下り階段。

私はそこから右手に悪意を携えて、敵目掛けて突っ込んだ。

「風────。」

鬼がふとそうつぶやくが、どうでもいい。

「神楽(カグラ)ッ!!」

凝縮された悪意が鬼へと直撃した。

ダメージがどれほどかは知らないが、直撃した鬼は後方へと吹き飛んで行く。

飛んだ先に存在した部屋は派手に崩壊する。

私はすかさず追い打ちを掛けようと、部屋へと侵入した。

しかしその矢先、銀色に輝く刃が私の頭部目掛けて斬りこんでくる。

「危なッ────!!」

忘れていた、詰めすぎてはいけない。

近づいたらあの剣の餌食になる、肉片になる。

「図に乗るな────、人間ッ!!」

三つの剣が意思を持ったように、私へと飛んでくる。

ホーミング弾のように吸い付いてくる。

狭い部屋を出て、再び廊下へと戻る。

まだ剣は勢いを落とさず、飛んでくる。

「しつこいッ!」

一撃目、二撃目、三撃目とやってくる斬撃を躱す。

だが躱した斬撃は再びやってくる。

なんどだって躱す。

今は目が冴えている。

剣のモーションが遅く見える。

アスリートに起こりがちな、極限の集中状態。

ゾーンに入るとはこういう事だろう。

視界に映る情報がすべて見通せる。

私のギアは今上がり切った。

私は見切った剣を悪意で撃ち落とした────。

すると、剣は主へと従うようにスルスルと鬼の周りへと戻っていく。

「しぶといな────、人間。」

「あのさ────、人間人間ってうるさいんだけど。

 私は鹿野紅葉ってんのよ? だからさ、早く戻ってきなよ楓。」

「────アイツに、話しかけるなッ!!」

剣ではなく、今度は拳でかかってくる鬼。

そうくるならそれにしっかり答えてあげないと。

私は拳を悪意で覆い、その手で彼女の爪と打ち合う。

「はぁ────!!」

私はただいま絶好調だ。

敵が何であろうともやり切れる気がする。

敵の爪を弾く、回りこんで蹴りを入れる。

また敵の攻撃。

それも躱す。

隙だらけな胴へと拳の連撃を打ち込む。

「はぁ────、はぁ────!!」

そして最後と言わんばかりに両手の拳を同時に叩き込む。

その衝撃に鬼は再び後方へと吹き飛んだ。

「はぁ、はぁ、どんなもんよ。」

動かない鬼へと語り掛ける。

会話が目的ではないが、そうすることによって私が強いとアピールするように。

「────ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。」

鬼は横たわったまま何度も何度も叫ぶ。

「我が名は、鈴鹿御前であるぞ────。

 忌々しい人間め、殺す、殺す、骨の髄まで嚙み殺すッ!!」

鬼は自身の名をそう呼ぶ。

そして内に秘めた邪悪な悪意を解き放った。

「な────に?」

鬼は見る見る姿を変える、これが本来の姿と言うように巨大化していく。

「────うそでしょ。」

その図体は屋敷の屋根をも破壊する。

重さに耐え切れず、三階の床が落ちる。

段々巨大化していく。

もうどうなってるかもわからない。

私を巻き込むぐらいにその大きさを増していく。

屋敷はもう半壊状態だ。

今この時、鈴鹿御前という鬼が浅峰市へと降臨した。

どこからともなくやってきた幻獣。

その姿はまるで天災そのものだ。

「グァァァァオ────!!!」

鬼の叫び声が夜の浅峰市を呼び覚ます。

「ボーナスステージって訳ね────。」

私はビル30階にも及ぶであろう鬼の姿を見て、大きく深呼吸する────。

正真正銘、最後の舞台(ステージ)が始まった。

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