第37話 ブレ:三日目 - ファイナルラウンド④
宙に舞う彼女へと束ねた黒槍を放つ。
そしてその黒槍は彼女の胴体を貫いた────がしかし。
手ごたえがない。
手を伝わなくともわかるほど軽い、呆気無さすぎるのだ。
身代わりの類か何かか。
その可能性が私の脳裏を過ぎる。
「なッ────。」
案の定、黒槍によって貫かれた彼女は幻影の様に姿を消す。
「本体はどこッ!」
辺りを見渡すが彼女の影は見えない。
すると突如として背中にゾクリと何かを感じる。
この感覚は眉間へと指などを近づけた際に感じるあのムズムズ感に近い。
そう、何かを背中で感じ取ったのだ。
その感覚に思わず背中を向く。
「居ない────。」
しかし背後には誰もいない。
それなのにまだ"あの"感覚はなくならない。
私は確信した。
────見えていないんだ。
彼女は何かしらの手段を用いて、姿をくらまし私への奇襲を企んでいる。
見えない敵からの攻撃。
本来であれば防ぐことも出来ない意識外からの攻撃。
このままいけば私は彼女の奇襲を受け、致命傷あるいは死傷を負うだろう。
そしてそれを受ければ私の勝率はまた確実に減る。
今の勝率を維持するにはこの幻影の一撃を無効化しなければならない。
対透明人間。
かつてそのような逸話があったのだろうか。
不可侵の最上位。
敵に干渉すら許さない絶対領域。
透明人間の唯一のポテンシャルは見えないということだ。
それが最も厄介。
だけど裏を返せば見えていないだけ。
実物は今もここにある。
触れられれば当たるし、感じる。
透明人間と聞けば一種の特殊能力とも呼べるような能力であるかもしれない。
だがその能力はなにもその人の特権とは限らない。
見えないだけなら暗闇も同じではないだろうか。
そしてそんな暗闇の中、私たちは一体どうやって生きている。
光に照らされているんだ。
今も私に向く日の光(スポットライト)。
私だけを照らしている。
そしてその光は私がここに居ると教えてくれる。
ここに違和感があると教えてくれている。
この白い空間の中で私が"黒"で彼女だけが"白"であるのなら、この空間毎黒く染め上げてしまえばいい。
私にだけ、彼女にだけ視えている"悪意"と呼ぶ黒いモヤをこの一帯へ私は放った。
すると目の前には透明の水の中に絵具を一滴垂らしたように目立つ"白"が浮かび上がる。
「そこだッ────!!」
私は手のひらへと凝縮された悪意を全身全霊でその"白"へと繰り出した。
するとその"白"は彼女の姿へと見る見る変わっていく。
彼女もまた、手のひらに悪意を携えている。
「「はぁッ────!」」
両者全力の一撃だろう。
勝負は押し合いになる。
互いの悪意がぶつかり合い、擦れる。
しかし決して混ざり合うことはない、まるで水と油。
何も彼女の考えを否定するつもりはない。
ただ、彼女も私も"私の方が鹿野紅葉だ"と象徴し、ぶつかる。
私の方が正しいんだ、そう思ってこの悪意(エゴ)を全力で押し通す。
これは彗星の様に気まぐれであるのに、いつも羅針盤を頼りに生きてきた"私達"をそれぞれが否定する物語だ。
どちらが正義とか悪とか関係ない。
何が正しくて何が過ちなのかもどうでもいい。
ただ"私達"が選んできた道を"私達"が肯定する。
それに、私は自分が大好きだ。
もし違う出逢い方をしていたのなら、気が合っていたかもしれない。
そして一生無駄な話をして、笑いながら紅葉を見る。
実に、惜しい。
その結末は迎えられない。
彼女が"鹿野紅葉"であって、"鹿野紅葉"ではないと知ってしまったから────。
「クッ────!」
悪意同士の押し付け合いの後、またもや交じり合うことなく私たちは反発し、互いに後方へと吹き飛んでいく。
知らなかった、自分の"感情"を押し殺すのがこんなにも難しいなんて。
まったく、私みたいでほんとしぶといんだから。
「なんでッ、なんでッ、引っ込んでくれないのよ。」
「・・・だって私、今の自分が好きだもの。
だから私は、今の私を守るために紅葉を、あなたを殺す────。」
「私を邪魔者とでも思ってるの!? 私だって沢山選択したし、辛いこともあなたと同じくらい────。」
「邪魔者か、そうかもね今の私にとってあなたは邪魔者。
それは今後天地がひっくり返ろうとも覆らない、だけど私は別にあなたを否定したいわけでもないの。
だって、そんなことは"私達"を殺すことに等しいから。」
「だったら、なんで────。
私が黒崎を殺した選択は、それまでのあなたが・・・、私がいて生まれた選択肢の一つなのよ。
あなたはその選択をした自分自身を償えるって言うのッ!?」
「私は・・・、それが私達"鹿野紅葉"が犯した過ちというのなら、私はこの先それを背負っていく。
だから、もしあなたが私の世界の"鹿野紅葉"なるようなら私が犯した罪もちゃんと背負ってよね。
この先どちらかが死のうとも、どちらかが生きていれば"私"は死なない────。」
そう、私達が死ななければ"鹿野紅葉"は生き続ける。
乗り越えた感情を、考えを背負って生きていくのだ。
「はぁ・・・。
呆れた、やっぱりあんたって私なのね。」
「当たり前でしょ? 今更何言ってんのよ。」
「どちらかの私が死んでも、"鹿野紅葉"は死なない・・・。
そう、それならどっちが死んでもいいのよね、そうしたら紅葉、アンタの気持ちは私が背負っていく。
だからアンタが死んで────。」
「それは、断るッ!!」
互いの感情を押し付けた先にその責任があるのだ、それでは意味がない。
「私達らしく、どっちが正しいか決めましょう。」
私達らしく────、どんな状況でも自分がどうなるかを考えて決断して進んできた鹿野紅葉の在り方。
私は周囲の悪意を限界まで利き手である右手の手のひらへと寄せ集める。
これが最後の押し付け合いだとそう確信しての行動だ。
手のひらからこぼれ落ちそうなほどの悪意を浄化して清きエゴへと変換する。
それは漆黒の渦。
だれも踏み込むことを許されない、鹿野紅葉だけの舞台(ステージ)。
彼女もまた己の悪意を浄化する。
そして先ほど見せた悪意の足場を作って、私が見上げるほどの高さまで昇り詰める。
彼女は利き手である右手の手のひらを頭上へと掲げ、一つの巨大な悪意の球体を作り上げた。
大きい────、あれが私の内に眠る最大限の悪意。
「紅葉ッ!! これが今までの私の全部だッ────!!
あんたが紅葉であり続けるというなら全力でこれを飲み込みなさい!!」
彼女の声でその巨大な悪意は上空から放たれた。
まるで一つの丸い惑星を前にしているようだ。
それほどまでに強大なプレッシャー。
私も手のひらへとため込んだ渾身の悪意を巨大な球体へと放った────。
「はぁ────!!」
今までに感じたことのない衝撃が掲げている右腕に走る。
「クッ────!」
彼女の悪意には到底及ばない私の悪意。
何故、なんで同じ私でこうも変わるんだ。
このままじゃ惜し負ける。
じりじりと踏ん張っていた足が後ろへと後退していく。
「は────! はぁ────!!」
思いが足りないんだ。
全然足りない────、彼女に"私"を任せてもいいかもしれない。
ふと、そう諦めてしまいたくなる。
これほどまで全身全霊の"告白"。
この巨大な悪意と接触した瞬間、彼女のすべてを理解した。
私と同じような苦しみを味わい、抗ってその結果に今の彼女がいるということを。
私と全く変わらない。
なのに、なのに、なんで、なんでッ!
たった一つの選択で人は変わるのかッ!?
そんな現実、私のすべてを賭けて否定したい。
それなら今までしてきた選択の意味は?
何もかもが否定される現実。
そんなものは願い下げだ。
私は・・・、私の根本は変わっていないと信じ、今私と押し合いをしている。
『自分には負けてもいい────。』
冬島さんの言葉を思い出す。
そんな甘い言葉を聞いてしまうと今のこの辛い状況をも受け止めてしまいそうだ。
自分には負けてもいいかもしれない、それは間違っていないと思う。
人が一人の人間である以上、私自身も"人"と思っていいはずだ。
私の中に居る私を"別の誰か"と思ってもいいはずだ。
だからこそ────。
"鹿野紅葉"を捨てていいのだろうか。
"私達"はある意味、鹿野紅葉ではないのかもしれない。
鹿野紅葉というブランドの中に存在する白という考えと黒という考え。
ただそれだけの存在。
そんな"私達"が鹿野紅葉という人間を正しく導くために今この時も苦しんでいる。
今の"鹿野紅葉"は死なせない。
「はぁ────!!」
再び湧き上がる闘志を糧に強大な悪意を押し返す。
「ッ────、今更そんな────。」
彼女の意思が悪意を通して聞こえてくる。
「私は────、私は────。」
彼女の声に押され、こちらも声が込みあがっていく。
「私を────、導くッ────!!
私の進むこの先に後悔があろうともッ、私は"私"を裏切らないッ!」
私の放つ悪意が強大な悪意を許容してゆく。
そして、今この時を経てこの先の鹿野紅葉の在り方が確定する────。
その強大な悪意を私の悪意は受け入れ、そして交じり合った。
「これが私の心情だッ────!!」
強大な悪意を纏った私の悪意は、彼女へと向かって一直線に突き進んでゆく。
鹿野紅葉という人間がした選択────。
それら全てを受け入れ、鹿野紅葉自身が鹿野紅葉を上書きする。
それは決して上から押しつぶすわけではない。
包むのだ。
薄いベールの様に彼女の一在り方としてその黒き悪意を優しく包み込む。
もう大丈夫だよ、と言う様に。
私のエゴは彼女へと伝わる。
「そう、それなら任せるわ────。」
そう言って彼女は自身の悪意に包まれながら、衝撃に身を任せて遥か上空へと吹き飛ばされた────。
◇◇◇◇◇
「・・・アンタの最初で最後に殺す相手が私で良かったね。」
「なにそれ────。」
彼女は地に横たわりながら、弱弱しくそう語る。
「私が死ねば、ブレは終わる。
ブレが終われば元居た場所に戻ることになるわ、浅峰が居るでしょうから油断しないでね。」
「わかった────。」
「それと、まだパパから色々説明聞いてないんでしょ?
聞いても教えてくれないけど、霊術見せたらすぐに教えてくれるからアンタもそうしなさい────。」
「────」
「あ───、それと黒崎だけどね、こっちでは最後にちゃんとお礼言ってくれてたよ。
私はその時なんでそんなこというのかわからなかったけど、今なら少しわかる気がする。」
「────」
「あと会長の兄貴、倫太郎さんね。
あの人凄い人使い荒いから気を付けてね、変な仕事押し付けられないように。」
「────」
「あとあと、冬島さん。
もう会ってるかな、それはわからないけど、あの人は信頼して大丈夫。
なんでも知ってるしどんな状況でもなんとかしてくれる────。」
「────」
「────紅葉。」
「────」
「礼は言わないよ、ただ、頑張ってね────。」
「────うん。」
「あぁ、それと。楓だけど────────────────────────」
「────え?」
彼女はそう言って息を引き取る。
そうして3日に及ぶブレは終わっていった。
目の前の視界がブレていく。
まるでゲームのバグの様に視点の中心が合わない────。
そして気が付くと私はブレが起きる前に居た浅峰邸の3階にある浅峰の部屋に立っていた。
「あ────。」
気が抜けたように一気に膝が堕ちる。
「紅葉────。」
すると久しい顔ぶれが辺りを囲む。
「会長、黒崎。」
「終わったんだな、ありがとう紅葉。」
「礼なら────、アイツに言ってよ、黒崎。」
そういって、前に居る後ろの窓から射す月明りに照らされた浅峰を見る。
「浅峰────。」
「はぁ、殺しに行く────!なんて意気揚々に飛び出していったと思ったらまさか死んでしまうとはね。
全く所詮は使い物にならなかったか。」
「お前、いい加減にしろ。
俺だって今回ばかりは怒ってんぞ。」
黒崎が珍しく突っ張り、浅峰へ寄る。
「そうか、君に怒りという感情があって私は感激だよ。
ただ残念だ、そんな君を見るのも今日が最後になるなんてね────。」
「え?」
「黒崎ッ────!」
グチャリと音がした。
黒崎の胴を貫いた腕が鳴らした音だ。
浅峰の仕業ではない。
犯人はブレが起きる前にここに居たもう一人の人物。
事前に私への忠告はあり、疑うことはしない。
例え、親友であろうとも。
「あぁ、腹が立つ。腹が立つ。
忌々しい人間め、今宵をこの場に居る人間の血で染め上げようぞ。」
「楓────。」
そこにはブレによる多大な脳内負荷によって制御が効かなくなった"前世"の魂を表へと現した楓(鬼)が居た。
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