第36話 ブレ:三日目 - ファイナルラウンド③

車両前方に位置する二名の怪人が動き出す。

荻原は一直線で信条の元へと向かい、リッカは信条への陽動も兼ね、素早い速度でプレッシャーを掛け始める。

互いの距離は数メートルと着々と狭まってゆく。

「その素早さで翻弄されるのは子供までだぞ。」

信条は両手の蒼い閃光を散らし、リッカへと放つ。

放った閃光はリッカ目掛けて飛んで行く。

「ほうらぁぁ!!」

しかしそのリッカを狙った霊弾は、荻原の払いによって弾かれる。

────信条がリッカを狙ったのには訳があった。

それはリッカの力が信条自身計り切れていない未知であったからだ。

未知なものを近づけるリスクは誰にでも付き物。

故に警戒する。

ましてや人を容易く屠る人間。

そんな相手を警戒しないはずもないのだから。

信条の目前まで荻原が接近する。

振りかぶる右手に宿る破壊衝動。

誰しもがそれを初めに見れば、一歩自然に引くだろう。

それほどまでに歪な憎悪。

だが、信条は先の戦いでそれを見通していた。

飛んでくる拳を蒼園を敷き、防ぐ。

蒼園は対人為能力用であるため、本来であれば荻原の心意に貫かれる。

しかし今、この場に敷かれた蒼園は一撃の衝撃のみを防ぐよう信条によって調整(チューニング)されたものであった。

信条自身のこの調整(チューニング)は初めての試みであったため、貫かれるのではないかと不安要素が生じていたのだがそれは杞憂であった。

蒼園は信条を裏切らなかったのだ。

「なにッ!? 破れねーだと。」

怪人の身に起きる予想外の出来事。

その一瞬にできた隙を信条は見逃さなかった。

通常時、両手に携える蒼い閃光はこの場限りで利き手である右手へと集約されていく。

「羅刹(ラセツ)ッ!」

羅刹とは、霊力を一点に集中させそれを放つ技である。

しかしそんな単純な技にはある一つのデメリットが存在していた。

霊力というものはとある地域では魂の炎とも呼ばれている。

故に使用者の魂を常に燃やしている。

霊術使いはその負担を体中を循環させることによって、そのデメリットを軽減していたのだ。

だが普段一点に集まることのない霊力が一点へと集中した場合、霊力は次第に膨張する。

そして代償に自身の身体をも燃やしてゆくのだ────。

右手に集まる閃光に痛みを感じながらもそれを荻原へと向け、放出する。

「反射(リフレクト)────。」

荻原の胴体へと向かっていた信条の攻撃は寸前でリッカに反射される。

重い攻撃に反動は付き物だ。

羅刹を放った信条の懐にリッカの双剣が入り込む。

「グッ────。」

「貰い!!」

双剣の手数を活かし、リッカは身動き一つしない信条へと連撃を繰り出す。

鞭の様にしなる細い腕から繰り出される鋭い斬撃。

二本の剣は段々とその刃を血で染め上げてゆく。

「こうたーい。」

その連撃に区切りをつけ、リッカは後方の荻原と入れ替わる。

「オラオラオラオラッ!!」

巨漢から繰り出される拳に打ち込まれる信条の身体は宙に舞う。

そしてとどめと言わんばかりに荻原は宙に舞った信条の首根っこを掴んで床へと叩き落とした。

「ガァあッ────。」

「んぁ? 手ごたえねえなぁ。」

完璧に信条をねじ伏せた荻原がつぶやく。

「!? リッカッ!! 油断すん────。」

無言の閃光。

それは信条によるものだった。

信条はリッカの振る一撃目を受けた時点で自身を作り出した幻影とすり替えていた。

「次は外さんぞ。」

再び信条の手のひらへと集約する霊力。

「反(リフ)────。」

リッカの防御は間に合わない。

それよりも早く信条の放つ羅刹によってその身が吹き飛んだからだ。

「グハァッ────。」

その衝撃に車両の中心から端まで飛んでいったリッカの意識は落ちてゆく。

「は、死にたいが。

 それが最後のあがきか?」

「クッ。」

リッカを撃墜させた信条は右腕を庇う様に立っており、腹部からはリッカによってつけられた傷から血が出ている。

今の信条は誰がどう見ても重症と呼べるだろう。

それに比べ信条と向かい合う荻原はまだ目立った外傷はない。

敵が一人減り、二体二が二体一へと変わったところでこの状態ではまだ戦況は揺るがない。

「まだやるか?」

「どうだろうな、お前次第だ。」

「それじゃあ遠慮なく────。」

荻原は信条へと跳躍する。

何度目かの交戦。

いつもその始まりは一瞬である。

信条は再び蒼い閃光を纏い、荻原を迎撃する。

互いが拳に"力"を乗せ、打つ。

拳が交わるごとにその衝撃が列車全体を揺るがす。

「はぁ────!!」

「おぉ────ッ!!」

両者は一歩も譲らない。

一方は自身の欲望を満たすためその拳を振るう。

もう一方は自身の使命を全うするために光を灯す。

その互いの気持ちに勝ち負けは存在しない。

己がそれをこなすために彼らは力を行使するのだ────。

車内はもはや原型をとどめていない。

窓ガラスも交戦の間際、跡形もなく粉砕されている。

「はぁ────、はぁ────。」

「はぁ────、クハハッ! しぶといなぁ。」

戦いが始まり、数分が立った。

両者に疲れが見え始める。

この"舞台(ステージ)"はすぐさま最終局面へと突入する。

────黒崎が突然走り出した。

「・・・何する気だ?」

怪人も予想できない行動。

これが今黒崎にできる信条への唯一の援護だ。

案の定、怪人は動揺する。

だが怪人は黒崎の行動に一切の警戒心を持たない。

それだけ黒崎という人間はこの場では蚊帳の外。

しかしこの躊躇こそが荻原の弱点となった。

黒崎が向かった先にあるのは各車両を繋いでいる連結器であった。

黒崎と"紅葉"の作戦は今も変わらない。

列車は段々と進行方向の右側へと傾いてゆく。

そう列車はカーブへと突入する。

信条は列車の動きと黒崎の行動を読み取る。

────そしてタイミングを見極める。

「何か案があるみたいだな、俺相手に上手く決まるかな?」

「・・・自信過剰なのもいいことだが踏み込む場所を誤ると後悔することになるぞ。」

荻原も黒崎の行動の意図に何かあると悟ったのか、駆ける黒崎を眺める。

そして荻原も列車が段々と偏っていくのを感じ取る。

さらにそこに黒崎が連結器へとたどり着く光景。

「は、"アイツら"は勝つ気なんてなかったってことかよッ!!

 させねぇよッ!!!」

黒崎の狙いは車両の分裂であった。

だが今気が付いたところで荻原にはそれを何とかする時間がない。

荻原の前には信条が立つ。

「どけッ!!」

「フンッ────!」

飛んでくる拳を受け流す。

この時より信条は完全に受けに回る。

攻撃を諦めたわけではない、攻撃をする必要が無くなったのだ。

避けるだけであれば難しくはない。

信条はあるタイミングを待ち、それが来るのをただ待つ。

それまでただ耐え凌ぐ。

列車がさらに傾いてゆく。

カーブが最もきわどい位置へと列車が近づいてゆく。

それを感じ取った黒崎が連結器を外すレバーへと手を掛ける。

本来であれば人力では到底外すことのできない連結器へと黒崎は挑む。

「おぉ────、おぉ────。」

力いっぱいに連結器を外すレバーを引く。

「はぁぁぁ────!!!」

まだレバーはビクリともしない。

足を踏ん張り、再び気合を入れる黒崎。

しかしそれでも一向にレバーは動かない。

列車がカーブを走行する。

そしてカーブの最先端へと到達する。

ここしかない、と黒崎は全身を使い全身全霊でレバーを引く。

「はぁ────ッ!!」

ガチャン、と音を鳴らしレバーは引かれた。

進行方向側に位置していた黒崎は前方の車両へと移る。

「会長ッ!!」

「お土産だ、奈落まで持っていけッ!!」

信条は後処理と言わんばかりに今も床でダウンしているリッカを荻原へと投げ飛ばす。

リッカを受け止めた荻原の両手は塞がれる。

しかしこのままでは終わらない。

信条は両手に蒼い閃光を散らし、荻原へ近づいていく。

「これは紅葉からのお返しだ────。」

蒼い閃光が手のひらへと凝縮されてゆく。

そしてリッカを抱えた荻原へとそれを放つ。

「七式、神楽(カグラ)ッ。」

その後、信条は後方へと飛び黒崎のいる進行方向側の車両へと飛び移る。

紅葉の神楽を悠々と超える信条の神楽は後方車両をも巻き込んで、車両ごと吹き飛ばした。

「いつか────、必ず殺してやるよ。御曹司ッ!!!」

雄たけびの様に荻原がリッカを抱きながら声を上げ、真横の崖へと車両と共に落ちていった────。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る