第39話 ボーナスステージ②

目前に規格外の生命。

ここまでのサイズの生物がこの世に存在するのだろうか。

おおよそビル30階分の高さを誇る巨神が今ここに生誕した。

「なによ────、これ────。」

もう敵の顔を捕捉できない。

見上げても見上げてもあるのは巨神という存在だけだ。

この巨神に近づこうものなら、容易に踏みつぶされてしまうだろう。

更には巨神の足元に、気を抜けば体ごと吹き飛ばされてしまいそうなほどの突風が吹き荒ぶる。

「クッ────。」

そして巨神は浅峰邸の位置するこの山の頂上から下山するかのように歩み始める。

動き自体は鈍い。

だが、その動きだけでも大地が振るえる。

この巨神が街へと辿り着いた暁には、浅峰市は文字通り崩壊するだろう。

私に止められるか────。

いや、迷っている暇はない。

一刻でもあの巨神を止める手段を考えなければいけない────。

一歩動くだけでも距離は数百メートルと離れてしまう。

動きが鈍い分、こちらは判断の速さで補う。

なりふり構わず私は巨神を追うように駆けだした────。

◇◇◇◇◇

自然が根絶やしにされていく。

眠りについていた小鳥達が鳴く。

生きていた木々もバタバタと倒されてゆく。

まるで震災だ────。

私は必至に巨神を追う。

だが、生憎と巨神をどうするかの案は一向に浮かばないままだ。

いっそのこと、転ばしてしまおうか。

だが、どうやって。

コイツは高さ100メートル以上の怪物だ。

仮に転ばせたことができたとしても、その巨体がこの街に落ちればそれこそ崩壊する。

転ばす手段は無しだ────。

そうなれば、コイツは立ったまま消滅、あるいは停止させなければいけない。

考えれば考えるほど手段も方法も減ってゆく。

これは時間の問題だ、これをどうにかした後のことを考える余裕がないことがわかった。

コイツは私が相殺できる限度を優に超えている。

故に、私がコイツの終わり方を決める権限がない、そもそも終わり方を決められるほど経験も知恵もない。

それで────、私には今なにができる?

足止めはできるのか。

だけど、足止めをした後にどうする。

だれかが来るのを待つのか?

ではそれは誰を待っているんだ?

仮にその人物を待っていたとして、その人物でこれをどうにかすることはできるのか。

手段を考える。

まずは目的を改め直すんだ、私はこの巨神に勝つ必要があるか?

────ある。

勝たなければ、負ける。

負けるわけにはいかない。

何故なら、負けたのなら私は橘楓の友人ではなくなってしまう。

今のコイツは橘楓ではないのかもしれない。

だけど、楓の内にこんな悪魔が潜んでいたのなら。

それは、これまでそれに気が付けなかった私の落ち度だ。

友人をやらせてもらっている身として、友人を正しい道に導くのが友人としての責任。

もし彼女の意思が戻ってきたときに今まで通りの生活を送れるようにしておくんだ────。

であれば、この鬼を殺す必要があるか?

それは、────ある。

鬼は殺す、ただあくまで表面上の鬼だけだ。

彼女の身体は殺さない。

やるべきことが明確になってゆく。

この身体を消滅はさせずに、この衝動を終わらせる。

これがミッションだ。

それではそれをどうやって遂行する、いやどうやったらできる?

様は彼女の魂をあの身体に戻せば、それが叶うはずなのだがそれをどうすればいいのかが私にはわからない。

なら考えるんだ────。

思いつくまで頭を回せ、回し続けろ。

そして思いつくまでコイツを街に行かせてはいけない。

────時間を稼ぐしかないか。

私は悪意を浄化して足場を作る。

そしてその足場を、宙に敷くように放つ。

これは"彼女"の技だ。

見よう見まねだがうまくいった。

これで高さの心配はなくなった、もう空中はコイツだけのテリトリーではない。

私は悪意の足場を駆けあがり、巨神の膝辺りまで一気に向かってゆく。

しかし────。

「ちくしょう────!!」

コイツの足元を含む、いやコイツを覆っている嵐のような突風が私を襲う。

空中が故に態勢が崩れそうになる。

悪意の足場がずれることはないのだが、私自身がブレてしまうため必然的に足場への着地が困難となる。

私は既に地上30メートル地点に到達している。

本来であれば足を滑らせれば即死の高さである。

悪意の足場を作るタイミングと置くタイミングを間違えれば死ぬ。

慎重にかつ、冷静に突風に吹かれながらも上へ上へと昇ってゆく。

だが高度が上がるにつれて、突風は勢いを増す────。

「イタッ────。」

吹き荒れる突風に痛みを覚える。

この風は斬撃だ。

まるでカマイタチ────。

荻原から放たれるそれとは比較にならないほど深い斬撃。

その斬撃に腹部が抉られた。

「ウッ────。」

無気力な私の身体が宙に放たれた。

しかし運よく、下方に敷いていた足場によって落下は免れた。

「────上に向かうのはいいとしてもそれからどうすれば────。」

上に昇っているがハッキリ言ってまだコイツをどうにかする案は思いついていない。

私の悪意は果たして通用するのだろうか────。

あまりの規格外の大きさに自分のできることを試していなかった。

やるだけやってみる。

それでだめなら次だ────。

私はどうにでもなれという意思で黒槍を数十本を作成、そしてそれを巨神へと放つ。

「あぁ────、もうッ!」

その結果は────、吹き荒れる突風により巨神に当たる前に粉々にされてしまった。

遠距離からの攻撃も無意味。

近づけば斬れる風の餌食となる。

どうすれば────、どうすれば────。

もう打つ手がない。

その迷いが私の動きの足枷となった。

「しまッ────。」

悪意の足場の生成と足場を敷くタイミングを見誤ってしまった。

私は地上20メートルの位置から一直線に落下していく。

まずい、まずい。

このスピードで下に足場を敷けば、重力でぐちゃぐちゃに潰れる。

もう、下に落ち切るしかない────。

地上8メートル地点。

悪意を右手に凝縮させる。

地上3メートル地点。

凝縮した悪意を地上へと放ち、その衝撃で受け身をとって辛うじて無事に地上へと戻ってこれた。

「はぁ────、はぁ────。」

抉られた腹部をかばいながら、地に膝を着く。

無理だ────。

いつもそうだ────、こうやって何度も何度も失敗して。

口だけなんだ、私は。

口を開けば出来ない事を軽々と口にして、失敗したら諦めての繰り返し。

ふざけるな、ふざけるな。

やっぱり私なんて大嫌いだ。

こうなれば私が死んでおくべきだった。

彼女ならなんとかできただろう。

彼女は今の私ができないことを平然とやってのける。

もう、────後悔しかない。

私は、・・・自分が大嫌いだ。

自虐でもない真実だ、今嫌いになった。

「はぁ────。」

大の字に寝っ転がる。

今のあの巨神は街へと向かっている。

────こんなことをしてる場合か?

『疲れた』

────私は何をやっている?

『眠い』

────私はもう諦めてはいけないはずだ。

『もう黙っててくれ』

────私は一体だれを超えて今ここに居るんだ。

『────それは』

────自分だ、自分を超えて今、私はここに居る。

自分なら大丈夫だと、その気持ちを押し切って殺した自分が居る。

私は今、その責任すらも捨てて諦めようとしている。

ダメだろ、そんなこと。

私はどこまで堕ちるつもりだ?

────悪にはなるが、悪魔になるつもりはない。

責任感で立ち上がる。

今はこれでもいい。

これが今の私の行動原理なんだ。

巨神は今も歩を進める。

こちらが立ち止まっている暇はない────。

私は立ち上がり、巨神へと向かおうとする。

「おいおい、1人でやりあうのは無謀すぎないか?」

だがその責任感だけで動く私の足は後方から掛けられる声に制止させられた。

「こっちじゃ初めてだな、遅くなってすまん。

 元気にしてた? 紅葉。」

「────冬島さんッ!?」

◇◇◇◇◇

「────なるほどね、アイツが橘楓の本性ってわけか。」

「そういうわけじゃないですッ! 浅峰が言うにはあれはあくまで前世の情報に過ぎないとか────。」

「わかった、わかった。

 どちらにせよ、アレをあのまま街へ出せば被害は甚大だ、山を下りるまでにケリを着けるぞ────。」

「は、はいッ!」

私は冬島さんにここまでの状況を説明しながら、前を進む巨神を森の中を進みながら追いかけていた。

「具体的に方法はどうすれば────。」

私の辿り着けなかった答えを聞いてみる。

「・・・そうだな。

 このレベルの大きさとなると、こっちもそれ相応の"何か"で迎え撃つしかない。

 赤ゲージまでは俺が持っていくからそこから先は紅葉が決めろよッ────!!」

「ちょ、あ、赤ゲージってッ!? 冬島さんッ!!」

冬島さんはそれだけ言うと、もの凄いスピードで巨神へと向かってゆく。

そしてすぐさま巨神の足元まで到達。

冬島さんをカマイタチが襲う。

「冬島さんッ────!!」

「────────フンッ!」

しかしそのカマイタチは軽々と冬島さんの腕で払いのけられる。

再びカマイタチがやってくる。

それも軽々と払う。

またカマイタチがやってくる。

また払う。

「────うそ。」

冬島さんはあっというまに巨神の足元へと到達した。

そこからはあの人が何をしているのかさっぱり理解できなかった。

足元へと到達したと思うと急に勢いをつけるようにしゃがみ、そこから遥か上空へと跳躍した。

流石に何かの能力なのだろうが、冬島さんは悠々に地上80メートル付近まで辿り着く。

「へぇ、皮膚が思ったより堅そうだな────。

 少しだけ本気出すか、戻ったときの跡とかに関して文句は言わないでくれよ?」

辺りの闇が深くなってゆく。

周りに見える森ですら、背景となって闇が主役となる。

「心意解放────。」

闇という概念がすべてあの人へと集約していく。

悪意をも超える闇を自身の片手へとまとめ上げた冬島さん。

月をも超えているのではないかと思わせる巨大な球体上の闇。

「ほうら、これでも食ってろ。」

それを冬島さんは巨神へとぶつけた────。

「があああああああああああ。」

巨神は悲鳴をあげた。

その悲鳴だけで感じ取れる今の一撃の重さ。

確かにコイツのゲージはもう赤ゲージかもしれない。

要するに瀕死ってやつだ。

宣言通り冬島さんはコイツを瀕死まで追いやった。

であればその次は私の出番だろう。

冬島さんは私がやれと言った。

それは信頼か、それとも希望か。

どちらであれ、可能性があるからあの人は私に託したんだ。

であればその心意にこたえなければ────。

私は再び悪意の足場を作成して、それをたどって上空へと再び舞い戻ってくる。

やってくるカマイタチ。

それが私に到達する前に上へ昇ってゆく。

今度は左右から斬撃が襲う。

それは両手にため込んだ悪意で相殺する。

地上100メートル付近到達。

まだだ、もっと上だ。

この風があっては、攻撃をしたとしても弾かれてしまう。

風はどこから吹いていた?

上だ。

上から風が吹いていた。

それなら、その風が吹く根元部分には風が流れていないはずだ。

だって風は何もない所から吹かない。

その始まりには必ず何かがある。

私はその"何か"を目指す。

地上110メートル。

まだ何かはない。

カマイタチの勢いはさらに増す。

これがその何かが近づいてきた証拠だ。

もっと上、もっと上だ。

根元に近づけば、近づくほど勢いは増す。

その道理がこの場面でも存在するのなら、必ず何かがあるはずだ。

地上120メートル。

「見えた────!!」

その何かを視界に捕らえた。

それはまるでこの巨神を生命の神と仇めるように飾られた大きな冠。

輪っかだ。

そこから風が吹いている。

その輪っかの上空へと辿り着く。

そこは無空の空間。

風一つ吹かない何もない場所。

「ここからならッ────」

鹿野紅葉という一人の人間がこの巨神を上空から見下ろす。

私の上には誰もいない。

私が主役。

ここに日が差せば間違いなく私が最初に照らされる。

今、私は傍観者ではなく、真の主演へと返り咲く。

もう見ているだけではない。

今、この世界は私の思い道理に動かせそうだ。

それほどまで自身に満ちたこの心をだれが止める。

この巨神か?

いいや、コイツでは無理だ。

結果、誰も私は止められない。

私から解き放たれる膨大な悪意を操る。

それらを浄化して、洗練された悪意を作り出す。

そしてその悪意は見る見ると形状を変えてゆく。

剣だ────。

悪意が八つの剣へと形を変えてゆく。

漆黒の剣。

それらの剣が互いを向き合って、私の真下へと八方形のカタパルトを作り上げる。

その中心に存在する大穴。

そこから見えるのは一体の巨神。

たかが一体の巨神だ。

ターゲットを見定める。

「あれだ────!!」

右手を掲げて悪意を凝縮してゆく。

今までのような球体の様なものではコイツは倒せない。

だからといって黒槍では歯が立たない。

であれば、球体をより細く、鋭く研げばいいのだ。

その工程をあの目前のカタパルトが補う。

一寸たりとも外すことはできない。

掲げた右手には莫大な悪意が溜まっていく。

この世に存在する悪意が今ここに全て集結した────。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

巨大な球体となった悪意を下で待ち構えるカタパルトへと放り投げる。

ドンッと音を鳴らし、球体は真っ逆さまに落下してゆく。

途中、光をも飲み込むその悪意は輝きをも増してゆく。

黒がより洗練された黒へと上昇する。

悪意が八方形のカタパルトへと到達。

八方形のそれは悪意を受け止めると、吹き出されるようにさらに下に存在する巨神の頭上へと鋭い悪意を発射した。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!!!」

私はもうこの球体を無理やりにあの発射台へと押し込むだけだ。

カタパルトから発射された鋭い悪意は巨神の頭上へとたどり着いた。

見る見るとその悪意は巨神の内部へと侵入していく。

巨神の内部に存在している『核』。

悪意はその『核』を撃ち抜き、巨神を貫通した────。

そして巨神は光を纏わせ、真夜中の浅峰市を照らして消滅した。

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