第33話 ブレ:三日目 - 乱乱乱入者
お互いに、始まりの時を待つ。
この号車内にはもう列車が地を駆ける音しか聞こえない。
────列車がトンネルに差し掛かる。
車内は自らが発行する蛍光灯のみに照らされる。
それを合図に、両者が互いにその場から一歩踏み切る。
荻原は拳を振りかぶり、会長は手のひらに閃光を灯す。
どちらがどちらを制するかなど、所見では一切想像もできない。
結果はすぐに分かった。
互いの要素は打ち消しあった。
────互角だ。
打ち消しあうのを互いに確認しあうと、まずは会長から動き出す。
左足を軸に、大振りの後ろ回し蹴り。
出が早いその攻撃は、相手の頭部を狙ったものだ。
しかしそれは、軽く荻原の右腕で受け止められる。
受け止めた足先を払い、今度は荻原が攻撃を仕掛ける。
振りかぶった拳、ではなく一点集中の肘だ。
態勢を屈めて、会長の低い位置へと容赦のない一撃が入ろうとする。
「蒼園(ソウエン)────。」
しかしこれの読んでいたのか、会長は攻撃の当たるタイミングを見計らって肘のインパクト部分へ六角形の蒼い結晶を敷く。
蒼園────、これは信条奏太朗が編み出した霊術によるオリジナル技。
自身がもつ霊力を拡大させ形作り、本来触ることのできない霊力を物質化した対人為能力用の信条奏太朗唯一の防衛手段である。
その結晶の耐久度は人間が作成した軍事兵器の威力では突破、破壊は到底不可能である。
事実、奏太朗は過去に二度、蒼園によって軍事兵器を無力化した。
一つ目はミサイル、二つ目は街一つ吹き飛ばす核爆弾。
それらも容易く蒼園は相殺する。
そして奏太朗自身、蒼園の耐久力には自信があり、信頼をしていた。
それが生身の人間の攻撃であれば、壊れることはないとも思っている。
しかし今目の前に敵は人間と呼べるのだろうか。
────いいや、呼べない。
敵は拳で真空波を放ち、四股踏みで列車を揺らす怪人。
奏太朗はこの時、一度だけ蒼園への期待を捨て去った。
この結晶は破られる、そう確信する。
何故か、男から放たれる肘には異様な気配を感じ取ったからだ。
それはもはや兵器とは言い難い、常識を超えた何か。
恐らくだが、特質能力以上の何かで作られたその違和感は対人為能力用の蒼園で相殺することは不可能と判断した。
案の定、蒼園は荻原の肘に粉砕された────。
しかし判断が早かったが故、奏太朗は後方へと避けており、異様な違和感を纏った攻撃は不発に終わる。
「────察しが良いな。」
「その違和感には覚えがあってな。
心意か────、ずいぶんと乱暴な思考の持ち主だ。」
「まぁ、これでも何かを壊すのが生き甲斐でな。」
両者は互いの実力を悟ったのか、一定距離を保ち様子を伺う。
そして私は黒崎の方を借りながら、その光景を傍らで眺めていた。
戦闘の次元が違う。
私は経験値の差ならいくらでも巻き返せると思っていた。
それは浅はかだった。
経験値の差は簡単には埋まらない。
それは才能とかセンスの話だ。
その甘い考えが今回の敗因。
そして私はそれを乗り越え、成長する。
「"紅葉"、離れていろ。」
目の前で背を向けながら敵と向かい合う会長が見向きもせず、私の名を呼び話しかけてくる。
今、目の前の敵から目を離すのはまずいという判断だろう。
私はそれを受け入れ、自身が邪魔者であると理解する。
「く、黒崎。」
「あぁ、行こう。」
悔しくも自分ではまともに歩けずにいた私は、黒崎の肩を借りながら前の号車へと歩みを進めた────。
「逃がすと思うか?」
そう、敵から私が背を向けた瞬間、荻原は跳躍する。
「通すと思うか?」
すると会長が荻原の進路を妨害するような形で瞬時に割り込む。
「会長・・・。」
「黒崎、早く紅葉を連れて行け────。」
「うっす。 行くぞ、暴れん坊姫。」
「え? ちょ・・・」
すると黒崎は私を動けない私を抱きかかえるように持ち上げ、さっそうとこの場を去ろうとする。
「じ、自分で歩けるからおろしてッ!!」
「さっきまで肩借りてたやつがなに言ってんの!? あんま嘘つくなって。」
後ろで未だ両者の攻防が繰り広げられている。
しかし会長は私たちの巻き添えを考慮してなのか、攻撃の幅を狭め少し押され気味だ。
「どうしたッ! 御曹司の名が泣くぞ?」
「呼ばれたくて、呼ばれているわけじゃ、ないッ!!」
攻防の定か、会長は荻原の隙を突き、霊術で敵の魂を狙う。
会長の手のひらより閃光がバチッと火花を散らす。
そしてそれは敵の胴体をも貫く勢いで加速する────。
「!?」
急激な加速に荻原も驚いたのか、その動きを視線では追いきれず泣く泣く後方へと下がる。
しかし閃光は止まらず、再び荻原の胴体へと加速していったが段々とその勢いも弱まっていった。
その攻撃もそう長くは続かないと判断した荻原は、後方へと下がるモーションを前方へと踏み込むアクションへと変更。
閃光が散る手のひらを上部へと払いのけ、無防備になった会長の胴体へと拳を打ち込んだ。
会長は荻原のミサイルのような勢いの拳をもろに胴体へと受け、じりじりと後ろへ後退していた私たちに追いつく速度で吹っ飛んできた。
「会長────!!」
「もたもたするなッ────!! 巻き込まれるぞッ!」
その言葉を核心へと変えるように、荻原は会長へと追撃を仕掛けるべく床を蹴り、やってくる。
別に私の命が惜しいわけじゃない。
ただ本当にここに居ては巻き込まれると確信し、私は今度こそ完全に会長へと背を向け駆けだす。
後ろでは肉弾戦とはとても思えない衝撃音を鳴らし、列車内を振るわせていた。
前の車両へと辿り着くと、出発前までは人で溢れていたのに元から居なかったかのように姿を消していた。
「乗っていた人達はどこに行ったのッ!?」
その前の車両、その前の前の車両にも人影が一切見当たらないように見える。
しかしそれはもしかしたら好都合なのかもしれない。
人に遠慮せず、この空の道を進むことができる。
今は何より敵から距離を取って────
「────紅葉。」
後ろの車両での戦闘を視界の隅で伺っていると、前方の車両の方を見ていたであろう黒崎がそう呟く。
私はそれに呼ばれるように前を向いた。
「あれ────? こっちの紅葉かな。
どうも────。」
長身でありながらも、細い体系の男は高い声をあげながら血に滴った両手に遣える二本の短剣を携え、こちらへと歩み寄ってくる。
「もう後ろの車両にいる乗客は全員殺した────。
そっちからはおぎやんが来てるはずなんだけど、なにかあったのかな。」
「・・・おぎやんは別の人に遊ばれてるぜ?」
黒崎は目の前の怪人へと普段と変わらない煽りを見せる。
「彼をおぎやんと呼んでいいのは僕だけだよ、君は誰だ?」
「黒崎、生憎二つ名はない。」
「・・・そ、それなら死ね────。」
怪人は短剣にかかる血を振りで弾き、あの短剣に再び血を吸わせんとやってくる。
「頼んだッ────!! 紅葉!」
煽るだけ煽ってこの男はさっきまで自分で歩けなかったケガ人に後処理を任せやがった。
よし、後でコイツは海にでも沈めよう。
しかしどちらにせよ、この状況で何とかできる可能性があるのは私だけだ。
黒崎は戦えない。
黒崎は私とスイッチするように入れ替わった。
まだ所々体全体が切り傷で沁みる。
だが今それに歯を食いしばる余裕はない。
目の前の殺人鬼に集中しろ────。
私は駆け寄ってくる殺人鬼を迎え撃とうとする、その時。
列車は長いトンネルを通過し、外へ出た。
それと同時にトンネルという外部から閉ざされた蓋が開けられたことによってやってくる異物が一つ。
その異物は車両の窓を粉砕し、車内へと侵入。
私の目の前に堂々と登場した。
「お────、紅葉────。
会いたかった、遅かったね────。」
────自身との対峙。
今、私の標的は怪人ではなく"私"自身へと書き変わる。
彼女の侵入後、"私達"の視線がすぐさま交錯した────。
彼女は悪意を浄化し、自身の手のひらへと凝縮していく。
私も悪意を浄化し、自身の手のひらへと凝縮していく。
そして"私達"は互いに凝縮した悪意を放ち合う、そして悪意同士が衝突した。
────第一幕、無言の粛清。
その瞬間、この場に居る私たち以外は皆、停止を強制させられる。
本来交わることのない私と私。
それらが起こした衝突はこの場におこりえない事象を引き起こす。
────第二幕、静粛されし世界。
世界はその事象を受け入れ、この先に起こる現象を歓迎する。
そして余震の様に身震いする。
超常現象が起こした超自然現象。
────終幕、躍動する次元。
"異分子"同士の衝突に暴走せざる終えない次元。
次元は"鹿野紅葉"の存在する箇所のみを正確に省く。
それは飲み込まれた毒が吐き出されるような世界の拒否反応。
世界は────動き出す。
「「紅葉ッ────!!」」
結果、"鹿野紅葉"は列車から放たれる形で異分子らが生んだ異空間から省かれる。
そして丁度"橋"を渡る列車から放り出された彼女達は、下に敷かれる川へと着水。
────その数分後、彼女たちは川の真横にある陸地へと上がり、互いに互いと向き合う。
「「それじゃあ、やりましょうか。」」
既に両者とも準備はできていたのか、双方飛び交う悪意を浄化。
無数の元素を携える。
"鹿野紅葉"同士の押し付け合いが始まった────。
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