第32話 ブレ:三日目 - 第二ラウンド

────今、目の前に敵が立ちはだかる。

命が欲しければ私は、そいつを超えていかなければならない。

果たして私にアレを超えられるのか────。

私にあいつを倒すことはできるのか────。

奴を上から押しつぶせるだろうか────。

只々、自問自答を繰り返す。

やらなければ────、殺される。

ならば殺るしかない。

その選択は、決してそうせざる終えない状況であったから浮かび上がってきたわけではない。

私にはそれを可能とさせる程、いいや不可能ではないと確信した要因が一つだけあるのだ。

冬島さんは、アイツよりも強かった。

力比べでは同等であるかもしれない。

しかし、それだけだ。

それ以外においてはすべてのステータスを冬島さんが上回っている。

体力も何時間ぶっ通しで戦っても息が切れないほどあるし、頭がよくキレるからかそれに伴い自身の持つポテンシャルを最大限に発揮できるほどの技量を持ち得ていたのだ。

あの人は手加減をしない。

正確に言えば、"本気"で手加減をしているのだ。

だから動きに一切の無駄もないし、余計なこともしない。

一動作一動作に意味がある正確無比のロボットのようだ。

それに比べ、目の前の男は当てはまらないピースを無理やりはめていった一種の芸術のようなものだ。

芸術と言えば聞こえはいいが、それはこの場では決して素晴らしい"価値"のあるものではない。

素人が本気で"描いた"芸術と玄人が適当に"描いた"芸術。

見方によれば玄人が描いた適当な芸術の方が価値があるかもしれない。

しかしその価値観に人間性を交えた場合、素人が本気で描いた芸術の価値は格段に上昇する。

だって有名な画家が心のこもっていない絵を描くよりも、素人が頑張って描いた絵の方が素晴らしいものと思わないか?

私はそう思う。

そして目の前の男は前者である。

確かにこいつは私よりもはるかに強いし、今まで勝ち取った経験値だってまるっきり違う。

────そこなんだ。

男は勝ち取ってきた経験値だけを武器に、無理やり自身の価値を引き出そうとしている。

それが敵の唯一の隙であり、綻びだ。

私は、"ソコ"を突く。

私だって努力がある上での経験値を否定するつもりはない。

ただ、それだけじゃ足りないと思う。

かの発明王、エジソンは言った。

『天才とは、1パーセントのひらめきと99パーセントの努力である』

そう、敵にはひらめきがないんだ。

そして知らない。

その足りない1パーセントのひらめきは99パーセントの努力を何倍にでも跳ね上げることができることを────。

今、目の前に"未完成"の芸術が一つ。

「悟ったような顔だな────。」

「だって────、私悟ってるもの。

 アンタは強いけど、勝てない相手じゃないってねッ────!!」

男と目が合ったところで、再び戦闘が始まる。

私は浄化した悪意を身に纏い、それによって悪意で強化された拳と足を使用し、男との1対1の肉弾戦となる。

男の一撃一撃は重く、ずっと受けに回っていれば私の体は全身砕け散るだろう。

だけど今は打ち合う。

相手から飛んでくる拳に自身の拳をぶつける。

そして時折やってくる足の蹴りをしゃがみで避け、隙あらば力を込めた拳で敵の胴体を打つ。

だが生憎と私の力は悪意で強化されているとはいえ、相手への致命傷にはならない。

ので必然、この男を殺すことは私にはできない。

だけど、勝てないとは言ってない。

この状況での私の勝利条件はほぼ無傷の状態で奴を戦闘不能にし、浅峰の元へ辿り着くこと。

途中の邪魔者で体力を使う余裕はない、それだけを意識するんだ。

そうと決まれば、どうやって奴を戦闘不能にするかを考える。

周りを観察しろ────。

ここは走行中の電車の中、どうする。

どうすれば奴を戦闘不能にできる────。

ふと、そう考えていると、端に立ちこちらを眺めている黒崎が視界に入る。

そして彼はどこからともなく吹いている"風"に吹かれてなのか、彼の短い黒髪が揺れているのに気が付いた。

────"風"、それはどこからやってきた。

この電車の中で吹いているのか────、いいや違う外だ。

あの"風"は外から侵入してくる突風だ。

ここが電車の中であるが故、必ず外は存在する。

────戦闘不能にしなくてもいい、場外を狙う。

今、時速何百キロと速度が出ているこの電車から奴を放りだす!!

やることは決まった。

私はなにかしらの手段を用いて、奴をこの電車というフィールドから場外へと叩き落とす。

であればまず、叩き落とす"穴"が必要だ────。

男と拳を打ち合う定か、インパクトのタイミングを見計らってその衝撃に身を任せ、後方へとバックステップする。

私の両隣には8人掛けのシートが並んでいる。

先ほどまではみっちり埋まっていた座席であったが、私と男との交戦が始まるやいなや早々に別車両へと逃げていって今は空きだ。

私はその空き座席に位置する大きい窓へと注目し、思い切り拳を振りかぶって、固い強化ガラスもろとも強化された拳で粉砕した────。

この光景を見て黒崎が遠くで騒いでるのが見て取れる。

「何の真似だ────?

 もしかしてだが俺をそこから電車外へ放りだす算段か?」

男は私のその行動に理解ができなかったのかそう口を開く。

「別に、どうでもいいでしょう。」

目的はバレてもいい、相手は私を殺しに来る。

それだけでも、今作った出入口に落とす機会は十分にあるはずだ。

「そんなうまいことやれるかよ、俺あいてに────。」

外に出る気はさらさらないのか、私に向かって自信満々に突っ込んでくる。

「ッ────!」

出入口を作ったはいいが、どうやってそこに入れるかまでは考えていなかった。

男はまるでピッチャーの投球モーションの様に、腰をグッと入れる。

またパワーだよりの拳の攻撃がやってくる。

────もう一度、寸前で避けてバランスを崩したところで落とすッ!

飛んでくるミサイルのような拳を寸前で避け────

「二度もうまくいくかよ────。」

甘かった。

少なくとも相手は私よりも何枚も上手であることを忘れていた。

拳の軌道を読み、寸前で避けようとしたところ、相手はその拳を寸止めの様に空中で停止させた。

男の踏ん張るパワーでメキッと音を鳴らす床。

振りかぶった時点で風が舞うほどの勢い。

拳を突いた直後、その勢いは形となり私を襲った。

真空波だ────。

規格外の突風に私の体は宙を舞う。

そしてその突風は荒れ狂うかまいたちの性質をも併せ持ち、私の胴をミキサーのようにズタズタと切り裂いていった。

「ッ────!」

後方数メートルと吹っ飛ぶ。

一年着ている制服にはところどころ血が滲んでいく。

「紅葉ッ!!」

黒崎は声を上げるとともに駆け寄ってくる。

ダメだ、来ちゃだめだ。

「さっきまで見てただけのクセに今更何の用だ?」

「いや? 別に。 ただ紅葉も頑張ってるし任せようと思っただけさ。 荻原先輩。」

荻原、先輩────?

黒崎はこの男と知り合いなのだろうか。

「んぁ? なんで俺の名前を知ってんだよ。 こっちの俺の知り合いなのか?」

「あぁ、生憎と今となっては殺したくて仕方がない相手だよ?」

「はは────、そうかよ。 それはいいことだな。

 で、お前は今何をしに来た? 殺されに来たのか?」

「いや? 別にそんな願望はない。

 言ったろ? 紅葉が頑張ってたから任せてたって。」

「つまり今度はお前が相手してくれるってことかッ!?」

荻原と呼ばれる男は黒崎の言動に痺れを切らし、私に放った拳と同様の力で黒崎目掛けて拳を放つ。

「いやッ!? それは別の人が相手、だッ!!」

黒崎は後方へと跳躍する。

それと入れ替わるかのように、黒崎の背後からものすごいスピードで飛んでくる人物が一人。

荻原の拳はやってきた蒼い閃光によって打ち消された────。

「会長────!!」

「ほら見ろ、やっぱりこうなったじゃないか。」

会長はそういって私をみるや、すぐさま荻原と向き合った。

「御曹司か────。 何の用だ?」

「"レジェネーション"の荻原だな。

 ここからは信条家次男、信条奏太朗が相手だ────。」

会長は蒼い閃光を散らす。

プレイヤー交代後、すぐさま第三ラウンドが始まった。

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