第31話 ブレ:三日目 - 第一ラウンド

揺れる列車の中、目の前の襲撃者と向かい合う。

敵はこの場には似つかない黒一色のコートで、体格は大きい。

かくいう私はというと手にもつ武器は何一つない。

あるのは"悪意"を浄化する力だけだ。

一切の判断ミスが許されない状況。

恐らくミスれば致命傷では済まされないだろう。

そんな状況を前に私は目の前の男と戦わなければならない。

いいや、それは違うか。

あの男が私を殺したがっている、ので私は抗う。

全力でッ!!

目前の男は隙の無い構えを瞬時に崩し、私の元へと駆け寄ってくる。

相手は恐らく力でごり押しするようなパワータイプと見た。

であればそのようなパワータイプ、どんなジャンルに例えても比較的にそう素早い動きができる分類ではない。

事実、駆け寄ってくる男の素早さは並み程度。

一素人の私ですら見切れる程。

しかし、油断は絶対にダメだ。

男はその短所を理解している。

だからだろうか、それを補うよう高い身長を生かした一歩が大きい。

気が付いた時には私の手前三メートルの距離だ。

そして相手は自身の長所であろうケタ外れのパワーを使い、私目掛けて振りかぶった拳を放ってくる。

振りかぶっただけで風がなびいた。

再びあの衝撃がやってくる。

私もバカじゃない。

もう一度あれを食らえば致命傷になりかねないのは理解していた。

受け止めるのは論外、あいつのパワーと押し合える力を私は持っていない。

であれば避けるだけだ────。

生憎と避けられないスピードではない。

決して力任せではない正確無比の拳が私にインパクトする寸前に首だけ傾け、避ける。

ギリギリまで拳を引き付けたのは訳があった。

相手は巨漢だ。

いくら相手が強者だろうと、振るった拳の勢いを制御するのは骨が折れるはず。

私はそのやってくる拳が私を掠め、その勢いに巨漢がバランスを崩すのを狙ったのだ。

「ありゃ?」

そしてそれは呆気ないほどに狙い道理的中した。

巨漢は勢いを制御しきれず、バランスを崩した。

私はこの場での有利を生かした最大限のポテンシャルを発揮した。

大きいものと小さいものとの戦い。

その戦いは一概にも不平等とは言えない。

これは集団での話ではあるが軍隊アリがより巨大なゾウを掃除機の様に捕食していく事実がそれを決定付けている。

そしてそれは"小さい"ものが"大きい"ものに勝てるとも証明された。

小さいものたちの有利とは、単純に素早さとか小回りとかそういった機動性が主だろう。

大きいものは圧倒的パワー、パワーとはいかに相手を押しつぶせるかだ。

クジラが軽く見えるだろうか。

かのマッコウクジラの幼体でさえ、14.000キログラムと人間の平均体重を軽く凌駕する。

そうなのだ、でかいやつは必然的に押しつぶせる力を備えている。

それは人であっても変わらない。

でかいやつは小さいやつを押しつぶせるほどのパワーが備わっているのが当たり前だろう。

そんなパワーで圧倒する目の前の巨漢を私は小さいもののアドバンテージである機動力で上から押しつぶしたのだ。

相手のターンは終わり。

さっきまでは相手の攻撃ターンだった。

それを凌ぎ切った私にはそれなりのご褒美が必要だろう?

バランスを崩し、途中入れ違いになった相手の背中目掛けて私は手のひらで練りこんだとっておきの悪意の塊を撃ち放った。

「零式、神楽ッ(カグラ)!!」

この技は私の体質を最大限生かし、それに特質能力である心意と人為能力である霊術を組み合わせ使用した私の必殺技。

本来、神楽という技は霊術の技法の中では存在してない、要するにオリジナルの技だ。

視界に捕らえた悪意を霊術によって繋ぎ、手のひらに呼び寄せ、そこに集まった悪意を私の心意で一気に浄化し、清き悪意へと変化させる。

そしてその私が放った渾身の一打は、気持ちいくらいに敵の背後を射止めた。

手ごたえ十分、俗に言うクリティカルヒットってやつだ。

放たれた悪意は気合玉のような衝撃を放ち、敵を号車の端まで軽く吹っ飛ばした。

「うわぁ!?」

「ッ! しまったッ────!!」

しかし生憎と吹き飛ばした方向にはこの場の唯一の傍観者である黒崎孝文が居た。

相手の狙いが私である以上、黒崎自身への攻撃はあまり考慮していなかったのが原因だった。

なりふり構わずやってしまった。

吹っ飛ばした相手はその勢いを受け身で殺し、私の方へと振り返る。

黒崎への攻撃は無い、もはや意識の外に居るというのが正しいか。

相手の視界には私ただ一人────。

よかった、と軽く安堵し再び集中する。

素早さを生かし、巨漢の相手にターンを譲らせまいと私は追撃を仕掛けに行く。

しかしその追い打ちは叶わなかった。

ターン制であれば、私のターンが終わるのも必然。

攻撃ターンは今この時、相手へと移り変わった。

「準備運動終わりっと────。」

「なッ!?」

敵は右足を大きく掲げ、まるで力士の四股踏みかのようにその場に右足を叩き落としたのだ。

跳躍していたせいなのか、振動は感じなかったものの"視界"がブレた。

その事実だけで私は悟った。

相手の四股踏み、たったそれだけでこの電車丸ごと揺れたのだ。

そんなことあるのか、人一人の圧力ごときでこの巨大な電車が揺れるなんて。

そして男はその足を踏み落としたと同時にその場で踏み込んだ。

そう、陸上選手のスタートの様に力いっぱいに地を蹴ったのだ。

字の如くスタートダッシュ。

その勢いは最高加速に至るまでには行かないものの、この狭い空間内では十分なスピードだった。

「はやッ────」

大きなたっぱに合わせてあのスピード。

なんかバランス崩れてないか!?

その理解不能な相乗効果は案の定、私の目前までやってくるのに数秒とはかからなかった。

「クッ!」

私は咄嗟に身構える。

次に当たったら致命傷は避けられないと悟った攻撃を受け入れたのだ。

それほどまでに避けることが絶望的な迅速かつ正確な一撃が敵からやってくると感じ取った。

しかし男はそんな攻撃は来ず、一瞬にし目前の敵が私の視界から消えた。

いや、とらえ切れなかったというのが正しいか。

なんたって相手は瞬間に私の真横に陣取っていたのだから。

「え────。」

もはや防ぎようのない不可避の速攻────。

身構えることもできず、その男の攻撃を受けた。

横腹全域に衝撃が走る。

男の攻撃は拳ではなく、蹴りだ、そして恐らくフルスイングの。

その瞬間に痛いという感情は消し飛んだ。

人が感じてはいけないような事が今私の身体全身で感じている。

身体が悲鳴を上げているとはこういう事か。

身をもってそれを実感した。

それほどまでに強い衝撃、脳も震えているだろう。

またもや視界がブレる。

私はその蹴りを受け、丁度真横に位置していた両開きの自動ドアへと衝突する。

「────ンッ!!」

声にならない痛みが今になってやってきた。

そして衝突と同時に床へと倒れこむ。

圧倒的な力の差の前にそうせざる終えなかった。

これは私が自ら進んで倒れこんだわけじゃない。

私の相手は自身の力を利用して、私自身にそうさせるほどの状況を作ったのだ。

格が違う────。

────だけど、少しだけまだ私に勝てると思わせる要因があった。

コイツは確かに強い。

間違いなく私の数倍は強いだろう、コイツ自身何度も死地を踏みかけたことがあるはずだ。

それが故、絶対的経験値の差。

たかが、────経験値の差だ。

相手との強さの違いがそれだけで本当に良かった。

そしてもう一つ、私をあいつに勝てると思わせるたった一つの要因。

コイツは────、冬島さんより強くない。

その事実だけは身をもって今知った。

であれば勝てる、なんて夢ではない。

手を伸ばせば、勝利は掴みとれる。

男は倒れこんだ私を見下ろしているのか、その場から動かないでいる。

今は舐めてもらって結構。

見てろ、すぐにその余裕こいたツラ辞めさせてやる。

私は立ち上がる。

静寂の中、第二ラウンドが始まった。

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