第30話 ブレ:三日目 - 初戦

列車に揺られ、一晩。

私達はブレが起きてから三日目の朝を迎えた。

目が覚めて、私はまず最初に騒がしく聞こえてくる音に気が付いた。

「あ、そういえば電車に乗ってたんだっけか。」

「お、起きた? おはよう紅葉。」

斜め前に座る黒崎がそう朝の挨拶をしてくる。

挨拶されれば返すのが礼儀だ、私もそれに習って挨拶する。

「お、おはよう────。」

というか今気が付いた、私は昨夜男子の前で堂々と眠りについたらしい。

別に意識しているわけではないけど、言葉に表せない恥ずかしさが込み上げてくる。

寝顔をコイツに見られたのか────。

・・・まぁ、いっか。

考えるだけ無駄だった。

どうやら私の中で黒崎孝文という人間は既にそれを許容できる範疇にいたらしい。

彼の顔を見てみると、目の下にクマができていた。

「もしかして、寝てないの?」

そう気になっていたので聞いてみた。

「ん? まぁこういう時は基本どっちかが起きてるのがセオリーだろ?

 電車に乗った途端にいびきをかいて寝るもんだから、強制的に俺が起きていないといけなかったってわけよ。」

なんと、そんな事まで考えていなかった。

今は旅行中でもない。

この世界の外には危険が付き物であったことを忘れていた。

「ごめん・・・、今度は私が起きてるから寝てていいよ。」

「そう言われてもな────。もう日も登ってるし完全に眠気吹っ飛んでるよ。」

そういわれてしまってはこちらもどうしようもできない。

ちょっとした罪悪感で私はため息をついた。

「切符を拝見させていただいてもいいですか?」

すると、どこからともなく現れた運転手さんのような人が私たちが座る座席へとやってきた。

「え? 乗るときにお見せしたと思うんですけど・・・。」

そう私は電車に乗る前に一度切符を見せたうえで、乗車している。

それなのに乗った後に切符を見せるとはどういうことなんだろうか。

「実はですね、この列車に無断で乗車している方が居るらしく。

 その調査に出向いたまでですよ。」

なるほど、そういうことであれば納得がいく。

私は運転手さんに切符を見せる。

「・・・はい、問題ございません。

 ありがとうございました。」

そう言って、運転手さんは黒崎を見向きもせずにこの場から立ち去っていく。

「まぁ、そういう輩もいるか。」

「そうね、そもそも200万の切符買うようなバカみたいな人そういないでしょう。」

「うん、それ君の事ね。

 実際はおごってもらってたけど、というか200万おごってもらうっていうのもどうなのよ。」

「今更掘り返さないでよッ!! いつかお父さんにはちゃんと返します────。」

「・・・そうか、なら忘れないようにしなよ。」

「え? うん。」

黒崎は念を押すかのように、私にそう言ってくる。

私自身この借りは絶対忘れることはしないと心に誓った。

「今どの辺なんだろう。」

辺りの景色は山々が続いている。

さらに遠い景色には紅葉がチラついて見える。

でもまぁ、正直なんて言われてもここがどこなのか納得せざる終えないくらいに判断材料がない。

「さぁ? さっきまでは街とか見えてたけど別に名のあるようなシンボルが見えたわけでもないしな。

 俺もわからない。」

それもそうか。

確かに見慣れている風景ならまだしも見たこともない風景であればその場所がどこなのかなんてわからハズがない。

そういったのは基本的に言われて気が付くものだ。

「まもなく、京都駅、京都駅。」

すると、タイミングを見計らったようにそうアナウンスが流れてくる。

「「え!?」」

私と黒崎はほぼ同タイミングで声を上げる。

「京都駅って、結構都会にあるようなイメージなんだけどな。」

「確かにね、間違ったのかな。」

「てゆうかさ・・・。」

黒崎は改まって顔を上げる。

「この電車って本当に京都に向かってるのか?」

「あぁ────?」

黒崎はそんなことを聞いてくる。

いや、確かに京都行きとあの司会者的な奴は言っていた。

別にあそこで嘘をつく必要なないだろう。

誰かに操られてもしない限り────。

そんな懸念事項が湧き上がってくるところに、進行側、私の向く方角の前号車からおびただしい悪意の塊がこの号車にやってくるのが遠目で視えた。

「・・・」

「どうした? 紅葉。」

そして私はここへとやってくる悪意を完璧に知覚した。

体格がいい男性がこの場に似つかない黒一色のコートを身にまとい、やってきたのだ。

「黒崎・・・。」

私はこの後何が起こるのかを察知し、黒崎に呼びかける。

「黒崎ッ!! 逃げて!!!」

私が挙げたその声が合図となり、コートの男はこちらへと向かって跳躍した。

男に表立って掲げている武器などは見当たらない。

拳一つで襲い掛かってくる度胸。

それがあの男の持ち味なのだろうか。

私は斜め前に座っていた黒崎を飛び越え、やってくる男へと衝突する勢いで本気の悪意をぶつけた。

「零式、神楽(カグラ)!!」

この時使用した悪意は敵のものだ。

なんせ、相手は意図して行っていたのか悪意を隠しもせず、堂々とその悪意をこの号車全域にまき散らしていたのだ。

使えるものは使ってしまおう。

冬島さんから教わった霊術の初歩を用いて、それらの悪意を繋ぎ止める。

繋いでいった悪意は、私の手のひらへと一点に吸い寄せられるように集まっていく。

数日の鍛錬の末、"彼女"の今いる段階へと辿り着いた。

そうして私は手のひらに凝縮された"浄化された悪意"を押し込むように敵へと放ったのだった。

目前の男はその攻撃に一切の驚きもせずに、振りかぶった右の拳を私の悪意と衝突させた。

次の瞬間、突風が私たちのいる号車中に巻き起こる。

「んなぁッ────。」

後ろに居た黒崎は言葉を失っていた。

それもそうだろう屈強な男の拳に対するように私から放たれた一つの弾丸。

それらがもたらした影響はもはや人がなせる領域を軽く凌駕していた。

私はというとその衝撃に耐え切れず、後方へと吹っ飛んでいった。

「クッ────。」

致命傷ではないが、今の衝撃で与えられた痛みが全身を走る。

それほどの衝撃を受けたのなら、相手へのダメージも期待ができる、と敵の方へと目を向けた。

「嘘でしょ。」

一つの拳を突き出した先ほどの男は、余裕の表情でその場で仁王立ちしていた。

「弱っちいね、紅葉が泣くぜ?」

そうコートの男は声を漏らす。

「私も、紅葉っていうんだけどな、偶然かな。」

「いや? 必然だとも。 アンタを殺しに来た。

 理由はそうだな・・・、この世界を終わらせる為ってとこか。」

それだけ聞いて納得した。

つまり分かり切ったことだがあいつは敵だ。

それなら加減は無しで存分に戦える────。

仁王立ちから隙の無い構えに変え、どうやら相手も戦闘準備完了のようだ。

私もそれを見習って、"あいつを倒す"という自身から出てきた悪意を浄化し、洗練された悪意を周囲に纏わせた。

この瞬間、初めて命を奪い合う本当の"初戦"が始まった。

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