第29話 ブレ:二日目④
「そこのおっさんのお買い上げねッ────!!
はーい、それではこれにてノア号の全席は埋まりッ!!
出発は1時間後の午前零時だから切符を持った人たちは"大事"にもっておくように────。」
司会者的な奴はそういって、電車の最後の切符が売れたと言って早々にこの場を後にしていった。
というか、あんな札束どこから出したんだよ、あの人。
私の父である鹿野剛はひょんなことから、ポケットマネーでとんでもない大金を払ってしまった。
全く、この世界の私には申し訳ないとしか思えない。
「ここに居るってことは、こっちのパパじゃないでしょ。」
目の前の父親は恐らくだが私達の世界の鹿野剛ではない。
そう、生まれてからずっとあの人と一緒に暮らしてきた私の目はごまかせなかったのだ。
「あ───、やっぱり気が付いたか。
というかパパは紅葉が思ったよりこの状況で冷静なのに驚いてるんだけどな・・・。」
「まぁ、それは色々と・・・。
ってゆうか、本当に良かったのそのお金。 こっちにはこっちでちゃんと私が居るんだからね!?」
「分かってるぅ、分かってるぅ。
そんな大声出さないでくれよ、紅葉は今も未来もずっとこんな感じなの?」
「今も未来も何も変わらないですみませんねッ────!!」
元の世界と合わせると・・・、何日ぶりだ?
ブレのせいでもう日付の感覚が狂ってしまっている。
でもまぁ、とにかく久しぶりの親子同士の会話だ。
黒崎は遠慮しているのか、少し離れたところで時間を持て余している。
色々と積もる話もあるのだが、私達はここにずっといるわけにはいかない。
「・・・これから何処に行くんだ?」
実に親らしいことを聞いてくるパパ。
「ちょっとね、友達を助けに。」
────伝えるのはそれだけでいい。
心配は掛けるだろうけど、それでもいいでしょ。
だって子供なんだから。
「そっか、付いていってあげたいけど、生憎と離れようとすると泣き出すお姫様みたいなやつが居るからな────。」
パパの変な例えについ赤面してしまう。
「ちょっと止めてよッ!? 恥ずかしいでしょ別にパパがどっか行ったって私泣かないしッ!!」
「はいはい、知ってるよ。
でもまぁ、パパはこっちのお前のそばに居るよ、父親だからな。」
「そう、────ありがとう。」
少しだけ寂しい。
けど、どこまでいってもその親目線だけは変わらない。
それがあったから今の私が居るともいえる。
そうして本当に色々な事があっていろいろな人が居て1人の私が居るのだと実感した。
「もうこっちの俺とは会えないだろうな、まぁどこ行っても頑張れよ。
パパは"いつでも"紅葉の味方だからな────」
そうパパが別れの挨拶のようなことを言おうとした時だった。
私目掛けてやってくる一本の槍を視界の端で捉えた。
「え────」
忘れていた。
今のこの世界では"奪い合い"が日常とかしていたことを。
その槍は間違いなく私の命を落とすことを目的とした幻影の投擲。
ここまで生きてきて16年間の内、何度目かの"諦め"。
その諦めが私の抵抗材料であった悪意すらも没収していってしまった。
そう終わりを受け入れようとしたとき、放たれていた槍は私に刺さる目前、何かに弾かれる。
「邪心をも払う正義の楯(イージス)」
その何処からともなく発せられた"幻想"の言霊は私を守護するかのように碧色の防壁を作り上げた。
「娘の旅立ちだってのに、邪魔しないでくれよな────。」
「パパ────?」
驚きのあまり絶句しかけるがそうしてしまえば、この先ずっと今の事は聞けないと思ってしまった。
「お────、その反応、もしかしてそっちの俺はまだ見せてなかったか。」
今日まで色々な不思議なものを見てきた。
最初は会長が扱った霊術、次に浅峰が創り上げた漆黒の出入口。
そしてブレ。
そのどれもがすべて非日常からの始まりであった。
しかし今、私の日常が非日常に変わったみたいだ。
今までパパだった人が、この時を経て変な力を持ったパパにランクアップしてしまった。
「詳しい話はそっちの俺に聞いてくれよな。
生憎ゆっくりはなす時間もなさそうだし。」
「紅葉ッ────!!」
その場で一時放心状態となっていた私に黒崎が掛け寄ってくる。
「くろさき・・・。」
「ボーっとすんなッ! 走るぞッ!!」
私は黒崎に手を引っ張られ、その場から離れていく。
背中には何やら武装した三人組の男達。
恐らく今私の命を狙った奴らだろう。
それを決定づける悪意が彼らから漏れていたら分かった。
そしてそれらを阻もうとしている一つの背中。
「お父さんッ────!!」
その背中は『任せろ』と言わんばかりに、片手でグットサインを見せてくる。
「頑張れよ────。 "また"いつかな。」
そう言ってお父さんは、目の前の武装した男達との戦闘を始めたのだった────。
◇◇◇◇◇
武装した男たちに襲われてから、数十分が経った。
あの場から逃げてきた私と黒崎は他の襲撃者に備え、電車が出発するまで近くの物陰に隠れていた。
「そんな心配しなくてもいいだろう。 あの人冬島さんと同じくらい強そうだったぜ?」
黒崎はそう言って別に私が心配押していないことに気を使ってくる。
「・・・別にそこは心配してないよ。」
「あ、そうなの? てっきり『私をかばって・・・』なんて思ってるのかと思った。」
「そんなこと思わないわよ、最初は驚いたけどあっさり受け入れちゃった。
ブレって今思えば、ことごとく私の中のいろんな常識が覆してるわね。」
「そうなのか、まぁそれが普通だろう。
誰しも、普通とは違うものと出逢ったときはそうなるはずさ。」
普通・・・か。
一体何が私の中の普通だったんだろう。
昔からずっと黒いモヤモヤが視えるし、今考えればそんな私の人生こそ普通じゃなかった気がする。
だけどそんな普通じゃない私をも変える普通じゃない現象。
この超常現象と呼ばれるブレは一体これまで、どれほどの人たちの普通を覆してきたのだろうか────。
会話が終わって少しの間、だんまりしていると駅のホームから妙に記憶に残るメロディが聞こえてくる。
「そろそろ出発するみたい、行きましょう。」
物陰から這い出た私を追って黒崎は何も疑問を持たず只々私に着いてきた。
駅のホームに辿り着くと、同じ列車に乗る人たちなのか地べたに座り込んだり、壁によりかかっている人たちが居る。
あと頭までスッポリと黒コートをかぶった人までとにかく変な人がたくさんいた。
「なんか、物騒な人たちだな。」
黒崎のその感想にも納得がいく。
その目の前に居る人たちは武装していた。
しかしそれもあくまで護身としてなのか、それとも敵を増やしたくないのか表に堂々と見えるようには出さずにいた。
また少し経つとやっと待ちに待った列車がやってくる。
ホーム内で停車したその列車にホーム内で居座っていた人たちが一斉に動き出し、列車の中に入り込んでいく。
それに続くように私たちは乗り込む前に"一枚"の切符を見せ、列車へと乗り込んだ。
列車の中は汚れており、内装としては普通の電車と何一つ変わらない。
8人くらいが座れる座席シートに、号車の両端に四人掛けの向かい合った座席がある形だ。
あまりにも庶民的で気が抜けてしまうほどだ。
本来であればこれが普通なのだが、ここまで怒涛のファンタジー展開だったのでそこからのこの電車はあまりにも拍子抜けであった。
私と黒崎は隅っこの四人掛けの座席に互いに向かい合って座る。
「「・・・」」
なんか、ここまで黒崎と向かい合うことがなかったのでなんか新鮮だった。
そしてすこしだけ気まずい。
「い、一列ずれるか。」
「そ、そうね、そうしましょう。」
黒崎の提案で一列ずれて、互いに斜め前に位置するように座りなおす。
私は窓際だ。
そして列車が秋野を出発する。
「ははッ」
出発直後だった。
窓際から見えたある景色に思わず笑ってしまう。
「? どうしたんだ?」
「なんでもないよ、私疲れたから寝るね。
着いたら起こして。」
「んだよ、緊張感無いな────。 ?」
そして私が何を見て笑ったのか気が付いたのか黒崎はなるほどねと頷いた。
本当、親バカなのか、なんなのか。
お父さんは先ほどあった武装した男たちを下敷きに、その上に立って堂々と手をこちらに振っていた。
「いいねぇ、親子。」
黒崎のその言葉を最後に、私のブレでの二日目は終わる。
そしてこの先、この列車の中で起こる一波乱を前に深く目を閉じた。
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