第27話 ブレ:二日目②
ドサッと私は溜まった疲れを取る為、廃工場内で腰を下ろした。
「つっかれた────。」
時刻は午後四時。
丁度夕日が顔を出しそうな時間帯である。
そう、私はここまで今日はずっと冬島さんと対峙していた。
恐らく30戦以上したが未だに私は冬島さんに一度たりとも勝てていない。
「おいおい、バテるの早くないか? 若さが泣くぞ?」
「おっさんのクセに疲れを知らないんですかね────!? おっさんッ!!」
「おっさん、おっさんうるさいんだけど・・・。
これでも君のパパと同い年だぜ?」
「はいはい、分かりましたよ。」
全く、この人ときたら今日ずっとこんな感じだ。
一切息切れもしないし、冬島さんが勝つたんびに『ザコ、ザーコ!!』なんて大人げなく煽ってくるんだ。
こっちはそんなちんけな煽りでも連敗の傷はそう浅くはない、なんで結構腹立つ。
「でも、いい感じだな。
結構あの"技"も様になってきてるぞ?」
「・・・まだ見よう見まねですよ、決定打には欠けます。
もう少し練度をあげて────。」
「いや、練度は関係ないって言ってるだろ?
心意を使いこなすのはセンスと才能なんだから。
今できなかったら、この先ずっとできなくなるぞ?」
「・・・ッ」
冬島さんの助言に私は静かに歯を食いしばる。
だって、そんな言い方まるで努力は実を結ばないって言ってる様だ。
それは嫌だ。
私はセンスと才能で確定するような未来を望んではいない。
だけど、冬島さんの言葉をありのまま受け入れたい甘い自分が居るのも事実。
こんなに誰かに負けるのは生まれて初めてなんだ。
今は絶対に超えられないであろう壁を目の前に私はその事実を受け入れたいのだ。
けど、私はそんな背を向ける自分があまり好きじゃない。
だって惨めだ。
見ていて恥ずかしくなる。
「・・・紅葉、お前なにと戦ってるんだ?」
「え?」
急に口を開いた冬島さんの言葉に私は目を丸くする。
「今は冬島さんと戦ってるんですよね?」
聞かれたことをありのまま話す。
「え? お前は無言で黙り込んでいるときも俺と戦ってるのか?
そんな意識されるとおっさんでも照れちゃうぜ?」
冬島さんが何を伝えたいのかがさっぱり汲み取れない。
「いやだからさ、そんわけないじゃん。
今紅葉は自分と戦ってるんだろ? そんでさ紅葉はそれに負けたくないと必死に考えているわけよ。」
「・・・私と戦ってる────?」
確かに相手は別の世界の"鹿野紅葉"だ、そういう意味でならそうなのかもしれない。
ただこの人は私が"考えている"といった。
「もしかして、『自分には負けたくないッ!!』なんて気持ちで頑張ってるわけ?」
冬島さんは私の心の声を表現するかのように裏声でそう心を読み取ってこようとする。
事実、冬島さんの予想は当たっている。
私は自分には負けたくない。
勿論相手にも負けたくないけど。
この世界で"私"自身にすら負けたら私はこの世界の最下層まで真っ逆さまに堕落する。
そう思っていた。
「なんで自分を他人の様に思うんだよ・・・。
それじゃあ自分が報われないだろうが、むしろ自分には甘えてけよ。
自分の負けを知る奴は"自分"だけなんだからな、なんでも自分と共有しろ。
恥ずかしくともなんともないだろう? だって自分はお前の全て知ってるんだからな。
自分がどう考えて、どう行動するかまで自分と自分で決めろ。」
この時、私の中に一つの価値観が芽生えた。
『自分には負けていい』そう言われた気がした。
何故?
『自分は私のすべてを知っているから』。
────経験も敗北も全て自分の共同資産だった。
恥ずかしがる相手を間違えていた。
私は私自身に背を向ける。
そしてその背中を私が支える。
今、自分とは違う何かであった自分が融合しあった気がした。
もう私のすべてを受け止めた。
あとのレールは"自分"と進んでいく。
その道を阻むやつらは誰であろうと"私達"が許さない。
「もう一戦・・・、お願いします。」
"私達"は立ち上がり、目の前の壁に向かってぶち当たっていく。
「ん、どうぞ────。」
その同意に反応するように、私はさっきと変わらない辺りを旋廻する悪意を全力で相手にぶつけた────。
◇◇◇◇◇
「つっっっかれたッ────!!」
本来であれば薄暗い廃工場内は冬島さんのトリックで少しだけ光が照らされている。
その秘密基地のような空間の中心で私は大の字になって倒れこむ。
「お疲れさん、今日で大分進展があったな。
明日にはもう彼女とやりあえるか?」
「そうですね・・・、確かにすごい成長だ。
今の紅葉君なら彼女とも互角以上に戦えるかもしれませんね。」
冬島さんが私を労っていると、隅っこから私達の戦闘を眺めていた会長がそう言ってくる。
時刻は六時過ぎ、会長と一緒に少し前に廃工場内に戻ってきた楓、黒崎の二人は会長の指示の元、外に薪を取りに行ってくれているようだ。
その為、この場には冬島さんと会長、それと私の3人しかいない。
というか薪って・・・、キャンプでもしてるのかな私達。
「あの"技"の威力は十分として、あとは基本戦法だな。
あの"悪意"の使い方は結構決まってきてる。 もう少しスムーズに"変換"出来るようになれば隙も減るだろうな。」
「あぁ、学校で始めてみた時は驚いたが、まさか人の悪意が視える、とはな。
しかもそれをまた上手く扱うことができる"心意"、ポテンシャルとしては十分すぎるほどだ。」
「ははぁ────。」
なんだか不思議な気分だ。
今までパパ以外に誰にも言ってなかった"悪意"の事を信じてくれる人がここに二人もいる。
子供の頃、誰に行っても信じてもらえなかった"悪意"。
それが今、誰かに信じてもらえている。
私はそれだけでもこの場に居た意味があったと思った。
「今日はこれで終わりにしよう、明日は・・・」
冬島さんがそう言って、この場を閉じようとした時だった。
「・・・なんか来たな────。」
何かを察したのか、冬島さんは突然廃工場を飛び出していった。
その数分後、黒崎が廃工場内へとせわしく駆けてきて、一緒に居た楓が浅峰によって攫われたことが明かされた。
◇◇◇◇◇
数分前の出来事。
会長の指示のもと、黒崎と橘は近くの森で焚き火用の薪を集めていた。
「全く、おれら今キャンプしてんのかよ。
そう思わない?」
「・・・」
黒崎が話しかけても彼女は一向に返事をしない。
「あのさー、ここまできて一切俺たち同士の会話がないってヤバくない?
紅葉が居なくなった時だけじゃん、目の色変えて俺に話しかけてきたの。
俺なんかした?」
「・・・うるさい。」
「はい、そうですか。
聞こえていてよかった・・・、ん? なんだ。」
ふと、黒崎は辺りの異変に気が付いた。
それは彼女も例外ではなかった。
「・・・!!」
次の瞬間、黒崎が紫色のどんよりしたオーラによって包まれる。
「な、んだ、コレ。」
黒崎の視界には何も視えない。
「無防備になるのを狙っていたよ、黒崎君。」
「あ、あさみね・・・。」
なんと目の前に現れたのは浅峰徹であった。
「な、んのようだ・・・よ。」
「いや、何。 勿論君を探しに来たんだよ。」
そう浅峰が言うと、黒崎は段々と意識が落ちてしまいそうな感覚に陥る。
呼吸ができないのだ。
やば、落ちる・・・。
「黒崎────!」
黒崎の抵抗が終わる時だった、黒崎の体は何かの衝撃を受け、包まれていたオーラから解放される。
「ん────、ハぁッ!!」
止まっていた呼吸器官が、再稼働し始める。
そしてその代償に、黒崎を助けた彼女が代わりにオーラに包まれる。
「チッ」
浅峰が似合わず舌打ちをする。
「・・・冬島さんが感づいてやってきていますね、到着に残り数秒でしょうか。
今彼と戦う気はありません、これだけ差し上げます。
明後日、そこで待っています。
それでは・・・。」
「楓ちゃ────。」
初めて彼女の名前を読んだとき、彼女はもう近くにはいなかった。
そして本当に数秒後、ジェット機のようなスピードで冬島がやってきた。
「どこ?」
「わからないです、ただ"ここ"に来いって。」
黒崎は浅峰に渡されたものを冬島へ見せる。
すると冬島は『先に行ってる』とだけ言って、何処かへと向かってしまう。
冬島を見送って黒崎は再び、浅峰に渡されたものを見る。
それは京都への旅のしおりであった。
「・・・京都。」
黒崎はそのパンプレットを握りこみ、紅葉達へと決戦の地への"チケット"を私に行った────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます