第26話 ブレ:二日目①

ブレが起こってから二日目の朝。

私は今、廃工場のど真ん中でとある1人から強力な悪意を向けられていた。

「はぁ────、はぁ────。」

「悪意でいちいち動揺するな、悪意を扱うには相手以上の悪意で上から飲み込むしかないんだぞ?」

丁度数十分前の事。

廃工場内の肌寒い空気に耐え切れず、自然と私達は目を覚ました。

「はわぁ────、おはようさん皆。」

冬島さんは眠たそうにあくびをしており、他のみんなも眠たそうだ。

「寒すぎてほとんど眠れなかったんですけど・・・。」

私が手で自分の冷え切った体を擦っていると、黒崎が渋い顔をしながら『それな。』と同感してきた。

こいつこんな表情豊かだったっけか?

「今日はホテルに泊まりましょうよ・・・。」

楓がそう冬島さんに相談しているのが横目に写る。

「皆お金あるの?」

「「「・・・」」」

絶句。こっちは学生だぜ? 大の大人が一子供を外で寝かせるってどうなのよ。

「いや、俺財布とか持ってきてないんだって。

 といっても仮に財布があってもあまり出歩くのはお勧めしないけどな。」

冬島さんは希望一つない現実を私たちに叩きつけてきた。

「それより、早速やっていきますか。

 奏太朗、他の2人連れて周りでも見張っていてくれ。それと出来れば今日の夕飯もなんとかしておいてくれよ。」

「・・・見張りはいいですけど、夕飯とかは期待しないでください。」

そう言って会長は楓と黒崎を連れて、廃工場を後にした。

そして中に残った冬島さんと私。

「あまり見せたいもんじゃないだろう?」

冬島さんがそう知ったような口ぶりをする。

「なんのことかさっぱりですけど、少なくとも黒崎は私が普通じゃないことはわかってますけどね。

 ただ楓は、何もしらない────。」

「そうか、それじゃあなんとか無事に帰らないとな。」

「はい────。」

「よし、それじゃあやるか。」

冬島さんの雰囲気がガラッと変わる。

その原因はあの人から湧き出る悪意が原因だ。

私はその悪意を前にして、一歩後ずさる。

「はぁ────、はぁ────。」

「悪意でいちいち動揺するな、悪意を扱うには相手以上の悪意で上から飲み込むしかないんだぞ?」

そんなことを言う冬島さんには未だに悪意が沸き立っている。

「ふ、冬島さん、これって私の持つ心意の鍛錬なんじゃ・・・。」

「ん? そうだよ?

 だからいまやってるだろう。」

当たり前、というように冬島さんはその場で悪意を沸き立たせ続けている。

「さて、紅葉。

 君はこの悪意をどうしたい? その答えが君の心意だ。」

そういって、冬島さんは悪意を徐々に大きく、黒くしていく。

────足が竦む。

これは恐怖からきたものではない、迫力に気圧されたのだ。

今まで"悪"と思っていた悪意とは時には"善"をも飲み込む凄さがあったのだから。

殺意を帯びた"悪意"を視た時がある。

それは黒く、アメーバみたいな不規則で歪な悪意だった。

だが今冬島さんから沸き立つ悪意は、『嫌い』などという一感情で成り立つものではない。

これは『野望』だ。

とても大きな『野望』、その辺の悪なんてお構いなしに飲み込んでいくほど巨大な悪意。

「怖いか────?」

その答えは知っている。

怖くはない。

ただその悪意にひるんでいただけだ、だけどそれももう終わり。

なんだかうずうずしてくる。

あぁ、なんだ。

"彼女"はしっかり私だったじゃないか。

普段の私が気が付いていなかっただけ。

私はいつでも"悪意祓い(エインセル)"だった。

内に眠る偽善が段々と駆けあがってくる。

それは自分自身から湧き上がる悪意をも浄化する勢いでやってくる。

「は────、は────。」

心の核から漏れ出る光。

今もなお全身を覆わんとする悪意をその光が徐々に浄化する。

白と黒の絵具がグチャリと混ざり合う。

その先にあるのは灰色と知らずして、その光は悪意を取り込んでいく。

そしてその光は足先から指先まで徐々に染みわたる────。

今ここで私の偽りの"正義感"が解放された。

「来たか────。」

察するように目の前の男が身構える。

もっと怖気づいてみろ、強大な悪意を前にして私の軸はぶっ壊れた。

そして気が付いた。

今まで無意識のうちに自分が悪意を扱っていたこと。

"悪意"のまま悪意を使っていたこと。

それは効率的だ、どの機器も通さない無線電波の様。

しかし"悪意"のまま悪意を放つようではそれはまるで悪人だ。

『自分が悪人になるのは嫌だ。』

私は偽善者だった。

私は、自分の為に誰かを助けるし、世界を仕方なく救う。

だけど、私はそんな自分が大好きだ。

あぁ、"彼女"同様に、腐りきっている。

ここに到達するのがもう少し早かったのなら、私もああなっていただろう。

今、私は偽善を堂々と掲げ、"正義"を名乗ろう────。

「はは、狂ってるな。」

目の前の狂人が笑う。

「お互い様ですけどね────。」

この時を経て、私の考えは変わった。

今も目の前にある巨大な悪意を前に、悪意の持つ『野望』に出逢った。

ちっぽけな悪意はどこまでも卑劣だ。

殺すとかウザイとか、もうみんな恥ずかしくないか。

そんなくだらない感情で人を変えるのは止そう。

やるならもっと大きく、大胆にだ。

あんな悪意を視てしまったからかな。

私の中の悪意の定義すら"正義感"は浄化していった。

「おー、見える見える。

 それが悪意の元か────。」

悪意を浄化した途端、私の周りには悪意の根本となる真っ黒な円形の"素"が旋廻している。

「これは・・・。」

その真っ黒な球体は私自身も初めて見るものだった。

「はぁ、本当に心意と体質がかみ合いすぎてないか?

 悪意が視える体質に合わさって、その悪意を別の何かに変える心意って・・・。」

「・・・それはたぶん、悪意を視ていたからそうなったんだと思います。」

昔から視ていた悪意。

それすら視えていなかったらそもそも正義感なんて生まれないだろう。

だから、悪意が視えて初めて私に偽善という名の正義感が染みついたのだ。

そして、いつの間にか"悪意"は私という人間を創る上で欠かせない何かになっていたのだ。

「よし、それじゃあ始めるか。」

冬島は腰をスッと落とし、構えを取る。

私はそれを見るや、未だ周りを旋廻する悪意を視る。

すると、私の『視る』という行動を読み取り、悪意自らが視界に収まってくる。

この"悪意"は私の意のままに操れる。

この時、私は完全に悪意を乗り越え、飲み込んだ。

お手玉を巧みに操るピエロの様に悪意を操作する。

「お手柔らかにッ────!!」

私は旋廻する悪意を手中に携え、地を蹴った。

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