第25話 ブレ:一日目⑤
私と冬島さんは学校から場所を変え、町はずれの廃工場へとやってきた。
「心意といっても、『心意』っていう能力ではないんだよ。」
「はぁ────。」
冬島さんは廃工場にやってきてからずっとその『心意』というものの説明を続けている。
要約すると、『心意』というものには様々な種類があるらしい。
一つ目は『感情』、二つ目は『気持ち』、そして三つ目が『思考』だ。
まず一つ目の『感情』。
『感情』というのはプルチックの感情の輪で要素分けされているらしく、要は『感情』の心意というのはプルチックの感情の輪
の中の八つある基本感情のそれぞれに分類されていくようだ。
怒り、恐れ、期待、驚き、喜び、悲しみ、信頼、嫌悪。
私の聞いた限りではゲームのバフ、デバフのようなものだとと思っている。
怒りの感情が乗っているときは、攻撃性が強くなり身体能力などが向上されるケースもあるらしい。
また悲しみの感情の場合だと、身体能力が低下してしまうなんてもろデバフといっていいだろう。
感情というだけあって、自身でのコントロールはかなり難しいらしい。
次は『気持ち』の心意。
これは人の心情が基礎となっているものらしい。
そして『感情』の心意との違いは、瞬間的な『感情』とは違い、『気持ち』の心意は永続的なバフ、デバフのようなものらしい。
疲れたと思ったときに、身体的に負荷がかかっているというのが一番わかりやすいだろう。
勿論簡単に疲れが取れるハズもなく、そういう意味での永続的なバフ、デバフということだ。
そして最後。
これは冬島さんが心意の説明をする中でもっともイメージしやすかった。
『思考』の心意。
説明を聞いて、私はすぐに頭の中でイメージができた。
それは要は個人の『考え方』そのものだという。
かつて、ヒトラーが政治を上手く回したいという考えの元、反ユダヤを利用してユダヤ人を虐殺した。
これはヒトラーの考えの根本にある『願望』が結果、ユダヤ人を虐殺するという行動を起こしたのだ。
『思考』の心意とはまさに人の『考え』が生んだ結果が力となるらしい。
そして基本的に心意とは『思考』の心意を指しているらしく、この『思考』の心意こそが特質能力と呼ばれているのだという。
また人の数だけ考えがある様に『思考』の心意にも人の数だけ種類が存在しており、同じ心意を持っているやつは見たことがないと冬島さんは補足していた。
ただ、それも平行世界を含めると変わってくるという・・・。
「まぁ、なんとなくわかりました。」
「そうかそうか、良かった。」
数時間の冬島さんからの説明はやっと幕を下ろした。
日は既に沈み切っており、廃工場内には月明りが射す予感がした。
「さて、今日はそろそろお開きにしますか。
明日から本格的に紅葉の心意を磨いていくからな。」
「あ、は────」
冬島さんの宣言に返事をしようとしたとき、廃工場の物陰からザッと物音がする。
辺りは案の定、薄暗くて近くに居る冬島さんでも顔が視えるのがやっとだ。
「冬島さ────」
私は咄嗟に近づいてくる危険を冬島さんに知らせようと声を挙げようとしたのだが、それは遅かった。
視界を照らす蒼い閃光────。
その光には見覚えがあった。
光が目の前に居るであろう冬島さんに向かっていった。
「ん? なんだ?」
緊張感のない声が聞こえてきた。
「危ないです!」
私は冬島さんへ危険を知らせるとともに、蒼い閃光の持ち主へと標的が敵ではないことを知らせようとする。
まずい、このままじゃ攻撃が当たってしまう。
次の瞬間、蒼い閃光が冬島さんの胴体を貫いた────。
いや、そうではなかった。
蒼い閃光は手ごたえを感じないまま、冬島さんの真横を通過したのだった。
「遅いな。」
再び緊張感のない声が聞こえてくる、その声は油断から来るものなのか、それとも相手を軽視しているのか。
答えは後者であった。
迫ってくる蒼い閃光を避けた冬島さんは再び迫ってくる攻撃もいとも簡単に躱していっている。
まるで遊んでいるようだ。
「クッ! 六式羅刹・真ッ!!」
蒼い閃光が黄色い稲妻を纏い、これでもかと渾身の一撃を冬島さんを目掛けて放射する。
しかしその攻撃は次に起こる現象でかき消された。
「心意解放────。」
辺り一面に広がる暗闇が瞬く間に冬島さんの元へ集まっていく。
それによって私の視界は真っ黒になって、何も見えなくなる。
いいや、違う。
これは見えていないわけではない、黒色しか見えない。
冬島さんの一言によって、辺りの"暗闇"という要素が冬島さん自身によってかき消されていっているのだ。
先ほどまで"薄暗い"という空間でしかなかった廃工場内から"薄暗い"という要素を取り除いた場合、それは虚無となる。
文字通り、何もない。暗黒空間である。
「・・・!! 何も視えない!!」
これが冬島さんの持つ心意なのだろうか。
そんな答えを探っているうちに視界は元の薄暗い廃工場を映していた。
そしてまだ顔はハッキリとは見えないが、倒れている人物が一人とその前で立っている冬島さん。
冬島さんは何やらその場で手を動かし、天井目掛けて手をスナップし何かを飛ばしたようだ。
すると次の瞬間、先ほどまで薄暗かった廃工場には、火の灯火が照らされまるで夜の秘密基地の様な雰囲気を漂わせた。
その火の光に照らされ、倒れている人物が明かされる。
「会長ー!」
そう、浅峰高校生徒会会長の信条奏太朗であった。
「もみじ────!」
するとどこからか聞き覚えのある声も聞こえてくる。
そして駆け寄ってくる少女の後ろにも見覚えのある人物が居た。
「楓!! それと黒崎!」
「ついで、みたいな扱いが前々から変わんねーな!?」
黒崎という男は、少し前と変わらないようだ。
「急に走っていっちゃって、心配したんだからねッ!!
この街タダでさえ知らない土地だし、会長は道迷うしでほんと大変だったんだから!!
けど黒崎君が偶々この街しってたらしくて色々もみじが行きそうな場所探し回ったらやっとここで見つけたって感じだったんだよね。」
私はこんな廃工場に来るようなイメージなんだろうか・・・。
しかし黒崎がこの街を知ってるんだ。子供の頃住んでいたのだろうか。
「おー、何だ知り合いか。ってなんだ奏太朗かよッ!!」
冬島さんは私達のやり取りを見てそう思ったのか、それと同時に目の前で倒れている会長を見て驚いていた。
そして目の前で倒れている会長も今自分が誰と一戦交わっていたかを理解する。
「冬島さんッ!? 何してらっしゃるんですか!?」
「いや、それこっちのセリフね。
急に人殺しに来るとか、倫太郎はなに教えてんのよ・・・。」
「お、俺はてっきり、紅葉君が見知らぬ誰かに連行されてしまったのかと・・・。」
いくらなんでもそんな何回も連行されてたまるか。
ピーチ姫だってもっとスローペースなんですけど。
「んなことあるかよ、相変わらず創造力豊かだなー奏太朗。
元気してたか?」
「はい、おかげさまで。
兄がいつもお世話になってます。」
冬島さんが会長を知っているのは会話をしていて気が付いたが、会長側も知っているとは。
それに二人の会話を聞いていると顔見知り程度の中でもなさそうに思えてきた。
「あの、どういうご関係なんです? 二人は。」
「冬島さんは兄の職場の上司だな。俺も何度かお世話になっている。」
「え? 倫太郎さんの職場の上司? でも冬島さんってカルマ?の人なんですよね?」
「え!?」
会長は私が冬島さんがカルマという組織の人間であることを知っているのに驚いたのか、一歩後ずさって目を見開いた。
そして様子を伺うように会長は冬島さんに目を向ける。
「え? なに、お前隠してたのかよ。
別に良くないか?」
「んなッ!!」
会長は再び後ずさる、先ほどから開いた口がふさがっていない。
「そこまで紅葉君が知ってしまってはブレが終わった後もう普通の生活には戻れなくなってしまうじゃないですかッ!!!!」
会長は今度は冬島さんに踏み込んでそう声を荒げる。
「まぁ、そういう細かいこと気にすんな。
それにほら、他の友達もこれ聞いちゃってるしね。」
「あがッ!!」
冬島さん、もう会長を困らせないでください・・・。
「あー、別に俺たちのことはお構いなく。」
多分そういう問題じゃないのだろうが、黒崎は楓含めてそう答える。
「はい、というわけでこの話終わりね。
飯にしよう。金はないからその辺のカエルで────。」
「「「「嫌ですッ!!」」」」
冬島さんの提案にそのほか四人が一斉に拒否をした。
結局夕飯は何も食べないことになり、そのまま各自地べたで就寝となった。
『紅葉君、すまなかったな色々隠していたりして。」
会長から就寝前にそう言われた。
どうやら会長もブレの解決方法などは知っていたらしいがあえて私には言わなかったそうだ。
別に会長が気に病む必要はない。
私の決心はついた。
これは本当の私の押し付け合いなのだ。
だからあの"自分"を否定したっていい。
私は彼女を自分の手で殺める。
そして一つの"鹿野紅葉"を終わらせるのだ────。
そう決意して、ブレの一日目が終わった。
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