第19話 曖昧な定義

倒れこんだ黒崎を見送り、私は浅峰の元へ向かおうとすると後ろから声が掛けられたので反射的に振り向く。


「はぁ────、せっかく深く入り込んでたのに。

 余計なことしてくれちゃって────。この場合俺はありがとうっていうべきなの?」


「別に、私はあいつの悔しがる顔が見たいだけ。

 貴方にお礼を言われる筋合いなんてないから。」


「そうか・・・、俺は多分無実だ。」


声を掛けてきた黒崎は、よくわからないことを語り始めた。


「この一年間で俺がやってきたことはすべて俺自身の責任じゃない。

 何故なら俺自身が下した決断はその中に一つもないんだから。」


「なに? 懺悔かなにか?

 別に私は聖職者でもなんでもないんだけどな。」


「いや? 自分に言い聞かせてる。

 俺が最初に望んだことは間違いじゃないと思いたいんだ。」


「この一年間なにがあったのか覚えてるの?」


「覚えてる。っていう言い方は違うかな。

 どちらかといえば見覚えがあるという言い方の方が俺にはしっくりくる。

 確かに体験した思い出、だけどそのすべてが想像だったと思ってしまうほど浅はかな記憶だよ────。」


彼はそれだけ告白し、目を閉じた。


私はそれを確認してから再び振り向き、浅峰の元へと向かう。


「浅峰の元に向かうのか?」


すると再び後ろから声が掛けられる。


今度は振り向かない。


彼の問いかけが事実、間違いではないからだ。


私は静寂でその質問に返答した。


「俺も行くよ。」


「え?」


しかし、彼からの想定外の発言に私は驚き、再び振り向いてしまう。


「なんであんたも来るのよ、別に様なんかないでしょう?」


「確かに浅峰に要はないけど、これでもこれまでお世話になった人だ。

 見届けるくらいいいだろう?」


「お世話になった人って・・・、というか見届ける?」


「だって、殺すんだろ?」


「そんなことするわけないじゃん!

 私の事なんだと思ってるの!?」


「半分イカれたゴリラの女だろ?」


「仮に私がゴリラだとしても人殺しなんてしないわよ────!!」


口論の末、彼が付いてくることを渋々許可した私は浅峰の自室がある3階へと黒崎と共に向かった。

 

◇◇◇◇◇


「誰もいない・・・。」


3階に辿り着いた私たちは不自然なほど物静かな廊下を目の当たりにする。


「・・・」


「さっきから黙ってるけど、何か思う事でもあるの?」


3階に着いた時からやけに黙り込んでいる黒崎の様子を伺う。


「いや、別に。ただ妙だな。

 以前なら見張りの一人でも廊下に立たせていると思ったんだけどな。」

 何かあったのか。」


「何かあったと言えば、そりゃあったでしょうね。

 何せ、不法侵入者が居るんですから、ここに。

 それか楓たちが気を引いてくれてるのかも。」


「楓・・・、あの人も来ていたのか。」


「そうだけど。あ、そういえばあんた。

 私がここに来るのわかっていたような口ぶりだったけどなんでわかったの?」


「ん────。思い出せないな。

 少なくとも俺に指示を出していたのは浅峰だからあいつなら何か知ってるかもな。」


「何か知ってるかもって、それって私たちが今日ここに忍び込んでくることを!?」


「それは、わからない。

 てゆうかあんまり質問攻めしないでくれよ、さっきから周りの情報が一気に頭の中に入ってくるみたいで頭がパンクしそうなんだ・・・。

 ただ、そのことを事前に浅峰が知っていたとしたら・・・。」


私はそんな含みを込めた黒崎の言い方にピンとくる。


「楓達が危ない!」


途端、不安が体中を駆け巡る。


私は黒崎の事はお構いなしに、中央にあるとされている浅峰の部屋へと一気に走り出す。


そして丁度屋敷の中心に位置する浅峰の部屋と思われる一室の扉へと手を掛けた・・・。


「浅峰!!」


部屋に入ると思った通り浅峰はそこに居た。


そして教室とも見て取れる広さの部屋の中心には横たわる二つの影。


「楓! 会長!」


「まぁまぁ、心配なさらずに。気絶しているだけです。

 別に死んでもいませんし、酷いことは一切していませんから。」


私より少し遅れてやってきた黒崎が浅峰へと目を向ける。


「────浅峰。」


「おや、黒崎君。どうやら夢から覚めてしまったようですが、気分の方はどうでしょうか?」


「いや、別に頭が痛いくらいで他はなんともないよ。

 それより、廊下の見張りが居ないみたいだけど何かあったのか?」


「いえ特に何も。

 因みにいつも廊下に見張りは付けていませんよ? それは一体いつの記憶ですか? 黒崎君。」


「あぁ────、クソッ。

 なんか記憶が曖昧で気持ち悪いな。」


「それより紅葉君。

 君と話がしたかった、今日は来てくれて本当に嬉しいよ。

 良い物を見せられる。」


「私は話したくなんてない。

 今日ここであんたの悪事を全部暴く!」


「フ────、相変わらず腐った正義感ですね。

 君は本当に鹿野剛そっくりだよ。」


「なに?」


浅峰の口から急に関係のないはずだった人の名前を口にする。


「パパは関係ないでしょ、負け惜しみはよしてよ。

 もう諦めなさい。」


「その表面だけの正義・・・。

 本当の"悪"がなにかもしらず、自分にとって理解しがたいものを"悪"というのは止めてくれないかい?」


「何を言ってるの?」


「君はとんでもない偽善者だと言っているんだよ、鹿野紅葉。

 自己の決断で示された善悪の定義とは、自分自身が理解できるものか理解できないものかでしかない。

 故に、君の思う善悪とは"悪意"があるかどうかでしかない。

 "悪意"があるものは君にとって程度が見えている。しかし"悪意"が見えないものはその程度が見極められないでいる。そうだろう?

 事実君は"悪意"を持たない者たちにとっては最初にまず"疑い"から入る。それは君自身が理解できていないからなんだよ。」


身に覚えのない"事実"を告げていく浅峰。


図星だった。


それを聞くごとに段々と私の胸は締め付けられていく。


「本当の"悪"というものはね、人を蝕む"悪意"そのものなんだよ。

 あいつを殺したい、あいつが憎い、あいつに復讐をしたい、そんな考えこそ悪ではないかね?

 だが君はそれらの"悪意"が視えているというのになぜそれから目を背け続けた?

 君なら"悪意"を抑えられたかもしれない、消すこともできたかもしれない。

 それなのに君は何をしていた? ただ"悪意"から離れ続け何もしていないじゃないか。」


私は無意識のうちに歯を食いしばる。


何か言い返してやりたい。


しかし今そうしたらそれはすべて言い訳になってしまいそうだった。


だけど黙り込んだままじゃあいつに一敗食わされたみたいじゃない。


私はあいつの話を逸らすようにさっきの発言から気になったことを挙げる。


「なんで私が"視"えていることを知っているの。」


「?」


先ほどから私達の会話を静かに聞いていた黒崎が不思議と首を傾げる。


「それはね、"視"える別の君と私は友達だからだよ。」


「は?」


「紹介しよう。これが私の友達。

 一年前に黒崎孝文を殺した"鹿野紅葉"君だ────。」


あいつは訳の分からないことを口にしながら何もない宙へと手を添え、まるで鍵を開けるかのように添えた手を手首を軸に回した。


「「────!」」


すると先ほどまで何もなかった、なにも視えなかった手を翳した先の宙に"黒円"が現れる。


それはまるでブラックホールのようだ。


その円の中が黒く塗りつぶされていて何も視えない。


そして何かがその黒円の中から這い出てくる姿を目撃する。


「え────。」


その姿は"私"自身だった。


ただしその"私"は悪意を身にまとっていた。


「あれ? こっちじゃまだ生きてんだ。黒崎。

 こんな根性なしの"私"が居るとはね────。ガッカリだよ。」

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