第18話 黒崎孝文は疲れている③
あ────、一年ぶりに思い出した。
俺の思い出ってこんなに黒かったっけ。
虚無に解き放たれた私の悪意があいつの感情を少しばかり叩き起こした。
「何か、思い出した?」
「嫌な思い出だ────、もう俺は何も考えたくない。
このままにさせてくれ・・・。」
「断る!!」
一歩後ずさる彼に追い打ちを仕掛けるように接近し、再び悪意を浴びせる────。
◇◇◇◇◇
「君はどうやら自分が壊れることを望んでいるようだね。」
浅峰邸の客間で対面のソファーに掛けながら目の前の男、浅峰"学"はそう語る。
「別に死にたい訳じゃない。
俺は、ただ楽がしたいだけなんだ。俺の責任とか俺の問題とかもうどうでも良い。
もういっそ、何か別の存在に生まれ変わりたい。」
「そうですか────。
やはり、少し勿体ない気もしますがね。しかし望むというのなら喜んで貴方の手綱を握ってあげましょう。
もう貴方は自分自身を心配する必要はありません、言われた通り生きていれば許されるんですから。」
一年前、浅峰高校の入学式当日。
『とある女子生徒と接点を持ち、友好的な関係になってください。
その彼女は中学時代のとあるトラウマを抱えているので、自身が友好的であるということを示せば、すぐに彼女は心を開くでしょう。』
「なんでこの女子生徒なんだ?」
『黒崎君、君が疑問を抱く必要はもうないんだよ?
大丈夫、君がそうしたとしても誰も君を責めたりなんかしないから。』
その女子生徒の名は、鹿野紅葉。
勿論見たことも話したこともない全くの赤の他人だ。
しかし妙に幼馴染の彼女と雰囲気が似ている気がする。
紅葉の自宅を事前に浅峰から聞かされた俺は、入学式の初日。
紅葉が家を出るタイミングを見計らって、まず彼女にとっての印象的な出会い方を"模索"する。
「全く、これじゃあストーカーじゃないか。」
しかしどうしたものか、学校で自然と出逢うのが一番違和感ない。
だけどそれでは学校の友達という関係で終わってしまう可能性がある。
それでは恐らく浅峰の言う友好的な関係とやらにはなれないだろう。
それであれば、学校以外でなにか印象に残る出逢い。
いっそ、自転車で轢いてみるか────。
そんな馬鹿げた手段を"考え"ついた途端、すぐさま実行に移した。
近くの住居から早そうな自転車を盗み、峠を登る彼女を追いかける。
居た、あいつか。
全く、友好的な関係になる必要があるというのに、いきなりその相手を轢こうとするとかどうかしてる。
ただ、今はそれでいい。
彼女の頭の片隅にでも入り込めればそれはいくらでも叶う。
峠の頂上で彼女は立ち止まっていた。
何やってんだ、本気で轢いちまうぞ。
轢く、といってもそんなことはしたことがないので少し、ほんの少しだけ躊躇はあった。
しかしその悲しい背中を見ていたらその気も段々と失せてきた。
結局、彼女を追い越すタイミングで声を掛けただけで終わった。
学校に着くと昇降口にクラス分けの張り紙が張ってあった。
あいつと同じクラス・・・、浅峰が操作したのか。
教室に少し遅れてやってくる彼女は怯えているようだった。
おいおい、大丈夫かよ。
トラウマって、一体なにがあったんだよ。
自分の席まで彼女がやってくると、席には座らずそのまま立ち尽くしていた。
本当になんなんだよ、コイツ不思議ちゃんかよ。
彼女の顔を横目で見張るとその目は黒一色で染まったように死んでいた。
心配になったので、本日二回目の"言葉"を口にした。
「おーい、紅葉。」
そう何度も続けて呼んでいるのだが、彼女は一向に振り向かない。
あまり自分で選んだ言葉は言いたくないんだけどな。
「あの、さっきから名前読んでるんですけどね────。」
するとやっと彼女は気が付いたのか、眠りから覚めたように瞳を開け一瞬俺と目が合った。
どうやらもう少しだけ"アドリブ"が必要なみたいだ────。
入学式が始まる前、しらない女子生徒に話しかけられたのだがそれは"シナリオ"にはないので無視をした。
入学式が終わり、教室へと戻る。
そしたら事前に浅峰から話を聞かされていたアンプルウォッチと呼ばれる物が生徒たちに配られていく。
アンプルウォッチは"管理者"の目の届かないところで道を示す案内人の立ち位置らしい。
付けたその人本人たちが興味を持ちそうな"モノ"や好きな"モノ"へと自動的な誘導をしてくれる。
例えば医者になる能力を持つ生徒が居たとする。
だけど彼は今医者にも興味がなければ、勉強も不得意だ。
しかしそんな彼の唯一の趣味はアニメ鑑賞。
彼は休みの日になれば朝から晩までアニメを見るほどアツい人物だ。
そんな彼を医者へと向かわせる手段をアンプルウォッチは計算し、誘導していく。
今後彼が医者に興味を持つきっかけとなる"医療モノのアニメ"をアンプルウォッチを通して、彼が愛用するウェブサイトに載る広告を利用し目に留まらせ、深堀させていく。
そうやって、管理者が居なくとも自動的にアンプルウォッチが事実上の管理者としてこの学校を征服していく、といった算段らしい。
その人自身の感情でそうやって惹かれていくのなら別に悪くはないだろうと最初は思っていた。
しかしそれを考えていけば考えていくほど本来自分が通るべき道へはたどり着けないんだ。
それが良くないことなのか良いことなのか俺には分からなかったが、俺はこの時、正真正銘最後の本心で彼女に語りかけた。
「嫌なら、、付けない方がいい・・・。」
どちらが良いかなんて分かりっこない。
だけど、俺は彼女が進んでいく本来の道の先に居る"彼女の姿"が少しだけ見てみたかった。
ただそれだけ。
しかし結局"苦手"な人の手によって、彼女は時計を付けてしまった。
はぁ────、神様は最後の俺の願いも聞いてくれないのか。
まぁ、俺の願いなんて聞いてくれないか。
俺はもうちゃんと見ることはできないであろう、窓から射す光を見つめながら考えるのを止めた────。
『鹿野紅葉に橘楓と付き合う時間を与えるな────。』
「・・・」
『鹿野紅葉が佐々木日美子へと目を向かせないよう調整しろ────。』
「・・・・・・」
『鹿野紅葉が信条奏太朗と接触しないようにしろ────。』
「・・・・・・・・・」
『佐々木日美子に憎まれ、鹿野紅葉に違和感を抱かせろ。』
「────────────────────────」
『鹿野紅葉と接触しろ────。』
「」
────そういえば、なんでここに居るんだっけ。
「はあぁ────!」
目の前で自分のエゴを貫く、かつて期待していた女の子が一人。
イッテー。
なんで俺殴られてんだよ、ちょっとだけイラついてきたぞ・・・?
もう一度、腰の入ったパンチが飛んでくる。
うわ、当たったらすげー痛そう。
俺は自分の"頭"で手を動かし、その拳を・・・。
「はあぁ────はぁぁぁ────!」
あ、ちょっ、思ったよりはや・・・
すげー、イッタイ。
俺は廊下の天井を見上げながら、大の字になって倒れこんだ。
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