第14話 ファンタジーリテラシー
ひょっとこ仮面、通称"御曹司"がその素顔を表す。
「ケガはないか、紅葉君。」
仮面の内側から発せられたその声は、ついさっきまで聞いていた声だった。
「会長!? ひょっとこ仮面って会長だったんですか!?」
「ひょっとこ仮面・・・、あ、あぁ、まぁそういう事になるな。」
辺りの静かな森林には似つかない程、あまりの驚きでつい大声で声を荒げてしまった。
普段のしゃきっとした学生服でならまだしも、今の会長の服装は"忍者"その者のようだ。
全身は黒色で統一されており、ところどころに見え隠れする帯が和服を連想させる。
履物は草履のようなものを履いていて、地下室で見せていたあの機敏さがこの草履で実現されていると思うと、会長の身体能力の高さが伺える。
「会長、普段からそんな恰好してるんですか?」
「そんなことはない、これはいわゆる戦闘服というものだな。これは滅多に着ることはない。
ただ和服という意味でなら、学校の制服以外は全て和服といっても過言ではないな。」
────そうなんだ。
ギャップ萌えというやつか、月明りに照らされる会長の姿は少しだけ見惚れてしまう。
「どうかしたか?」
「い、いえ! お構いなく!
それで・・・、会長、学校でのことなんですが────。」
色々と状況が掴めてきたので、本題に入ろうと話を切り出す。
「そのことなんだが、外では話辛い。
実はこのお寺は俺の実家でな、紅葉君さえ良ければ中で話でもしないか?」
断る理由もないので、良いですよとだけ頷いて会長の背中に付いていく────。
◇◇◇◇◇
中央にあるお寺の真横に位置している庶民的な民家へ足を踏み入れる。
「うわー、なんか庶民的────。」
つい感想が漏れてしまっていた。
「俺の部屋は二階に上がってすぐ右手の部屋だ、お茶でも用意するから先に行っていてくれないか。」
言われるがまま、二階へと歩を進める。
「あれ? 君誰?」
二階に上がると知らない人に声を掛けられた。
会長の家族かなにかだろうか。
「ど、どうも、浅峰高校二年の鹿野といいます。」
「鹿野・・・? あぁ、はいはい。
奏の後輩ね、どうぞ宜しく。」
「あ、あの、会長のどちら様でしょうか?」
「奏の兄貴、俺は倫太郎ね。」
会長にお兄ちゃんなんていたんだ。
「「・・・」」
それ以外に聞きたいこともなく、只々沈黙が流れてくる。
気まずいので、倫太郎さんの容姿を観察することにする。
倫太郎さんは会長のお兄ちゃんというだけあって、誠実・・・なんて印象とは真逆で寝起きなのか寝巻のような格好でだらしない雰囲気だ。
しかしぶかぶかの寝巻からでもわかるほど体格はしっかりしており、弱弱しさの欠片は微塵もない。
またボソッとした声から垣間見える異常なほどの落ち着き。
一つ一つの言霊に重みを感じる。
「おにいちゃん!? まだ家出てなかったのかよ!? 出張って言ってなかったっけ!?」
するとお茶を準備してきてくれた会長が普段の印象とは相反する落ち着きようのない様子でやってくる。
「お、そうだな、そろそろ家出る時間だな。
下で飯でも食ったら行くわ・・・、それじゃあまたね、紅葉。」
倫太郎さんはまた、と言って、一階へダラダラと降りていった。
「すまんな、紅葉君。
お兄ちゃ・・・、兄上はなにか無礼を働いていなかったか?」
あ、会長、倫太郎さんの事好きなんだな。
「いえ、何も。
それより倫太郎さんはおいくつなんですか? あまり年が離れている感じがしませんけど。」
「兄上は今年で28だな、今はこの地域を中心に心理療法士をやっている。
まぁ、カウンセラーってやつだな。」
あれで? と聞き替えしたかったのだがそうすると会長がしょんぼりしてしまいそうな気がしたので我慢した。
「・・・待たせて済まなかったな、廊下は冷える。
お茶を入れてきたから、部屋で落ち着いて話そう────。」
◇◇◇◇◇
会長の部屋に招待され、中に入る。
「うわー、なんか質素────。」
ついまたまた感想が漏れてしまっていた。
なんというか無駄がない、床は畳で部屋の端にローテーブルがあるだけだ。
会長は押し入れから座布団を二枚抜き取って、部屋の中心に置く。
「遠慮なく、座ってくれ。」
私はそこに置かれた座布団の上に慣れない正座を組む。
その正面に会長も座り、正座をする。
「「・・・」」
カルタ取り大会の決勝戦のようななんだか重い雰囲気。
「・・・紅葉君にアレを見せてしまった以上、説明をしなくてはいけない。」
会長は改まって、アレとやらについて説明をしてくれるらしい。
正直今日は色々なことがあって、なにがアレなのかがいまいち検討つかないでいる。
「今から説明するのは、霊術についてとそれらを扱う霊術者についてだ。」
そんな普段から聞きなれない言葉を言われても中々理解できないが、ひとまず相槌だけうち話を進めてもらうことにする。
「地下でのあの一件、君の目から見れば恐らく異常な光景だっただろう。
まずその異常な光景の原因が"霊術"によって起こされた現象の一つだ。」
会長の言う異常な光景、確かにあの地下で起こった一件は誰の目から見ても異常であった。
とある男から繰り出される形のある"悪意"。
そしてとあるひょっとこ仮面から飛び散る蒼い閃光。
まるで映画のワンシーンを切り取ったような光景であった。
それらすべてがその"霊術"というものが引き起こした現象であるという事なんだろうか。
「あの、霊術っていうのはいわゆる魔術? に似たようなものって思っていていいですかね?」
漫画やアニメの知識だけでなんとか食いついてみる。
「察しがいいな、まさにその系統と思ってもらって構わない。
現にこの霊術は魔術などと同じ、人為能力と呼ばれるものに該当する。
人為能力というものは、工程を踏めば誰しもが扱うことができる生命の知恵が生み出した手段の一つだ。
誰でも扱うことはできるが、練度や試行回数によってその術の幅が段々と広がっていく。」
なるほど、なんとなく分かってきた。
要は決められた印を順番で結べば、火やら水やら雷やら風やらが誰でも出せるというやつか。
しかし、それが実際に実在するとは────。
まぁ、自分自身他人の"悪意"を可視化しているという点ではそういった類のものが実在するのはなんらおかしいことではないのか。
「? あまり驚かないな、もう少し驚くものだと思っていたが・・・。」
「あぁ、いいんです! 私ってこう見えて中二病というか、なんでそういうのも簡単に受け入れられる準備はできてました!」
「そ、そうか。それでは話を続けるぞ。
今話したのはそういった"力"の話だ。そして次はそれを扱う者達についてだ。
それらは今まで君が知らなかったように、世間には周知されていないまさに異物のような存在だ。
霊術者に関していえば、人口は国内でもこの信条家を含めても20人いるかいないかだろう。
それくらい霊術者は珍しい人種ということだ。」
人口が少ない・・・、誰でも扱えるというのにどうしてなんだろうか。
「霊術者が他の人為能力と比べて人口が少ないのは訳があるんだ。
それは先ず、霊術者の大半がこの浅峰市に存在しているということ、そして霊術というものは時に超常すら招き入れるほどのポテンシャルを秘めているということ。
そしてこの街の領主は浅峰徹・・・。これだけ聞けば少しはわかってくるだろう?」
なるほど、とりあえず話は見えてきた。
「もしかして、校長も霊術者で浅峰徹は霊術事態をあまり広めたくない派? ということですかね。
それで力を持った者たちは自分の手の届く範囲に置いておいて、力が広まらないように監視をしている?」
会長から教えてもらった情報を元に仮説を作りあげる。
仮にソレが事実だとしたら浅峰徹の徹底ぶりは大したものだ。
浅峰市は地方都市ではあるもののそれなりに発展しており、常に町中に目を見張るのは骨が折れるだろう。
「そうだな、大体はその認識で間違っていない。
だが一つ、学長が霊術を広めたくない理由なんだが、そこが恐らく学校に根付く管理者達に関係しているだろうと読んでいるんだ。
それで本日その調査に出向いたわけなんだが、君は拉致、俺は脅され、で散々な結果に終わってしまった、惨敗だ。」
そこで管理者が出てくるわけか、私はもしかして相当大きな厄介毎に巻き込まれた可能性がある。
そして先の校長室での出来事だ。
そういえば、校長室での出来事を会長に詳しく説明していなかった気がする。
「会長、そういえば校長室で平行世界? だとか書かれていた資料があったんですけどなにか関係はありますか?」
霊術という存在が事実となっている今なら平行世界などといった架空のイフルートの存在がほのめかされていてもなんら疑問は浮かばない。
「平行世界・・・、平行して並び進む別の世界か。
霊術の類でそれに関係する話は聞いたことがない、いや別次元との邂逅など人為能力で起こせる現象を遥かに上回っている・・・。
だが確か、小さい頃に書庫で"臨界術"という名の別次元とつながりを持たせる術を見た覚えがあるな。
しかし実際にその術を試してみようとしたところを父上に止められたのをよく覚えている。」
「危険、ということですか。
それなら危険な事を企んでいる可能性がある校長にもいよいよ黒星が見えてきましたね。」
「あぁ、そうだな。
平行世界と繋がって何をするつもりかは知らないが、それが危険と分かればそれを見て見ぬふりはできない。」
浅峰徹が危険人物ということは今日身をもってわかった。
浅峰徹が悪であるのなら、戦うしかない。
どちらにせよ、明日に"いつもどおり"は待っていない。
やるなら今夜だ。
「会長、そうと決まれば・・・。」
「よし、今夜終わらせよう。
浅峰徹に接触し、企んでいる悪事を阻止する。」
「はい!」
私は冷めきったお茶を喉に通して、慣れない正座で痺れきった足を治すように立ち上がった。
◇◇◇◇◇
私達は会長の自室を後にして一階の玄関へと向かう。
その時、会長からこんな事を聞かれた。
「紅葉君、学校でのことなんだが、"アレ"はどうやったんだ?」
"アレ"とはなにを言っているのだろうか。
「螺旋階段から地上に戻ったとき、警備隊に発砲されただろ。
正直、俺はその時君は守れない。と思ってしまったんだ。
だが、発砲された弾丸が君に直撃しようとした時だ、その弾丸はいつの間にか無くなっていた。そしてあの場に居た警備隊も全滅。
あれは一種の超常現象だった。 霊術を知っていた俺ですら目を疑ったんだ。」
あぁ、"アレ"のことか。
それなら申し訳ないが、会長にも言えない。
中学生の頃、"悪意"が視えることを友達に話してみたら、異常者と思われそれ以降は嫌な思い出だらけだ。
そして唯一そのことを真剣に受け取てくれたパパでさえ、周りの誰にもそのことを言ってはいけない。と念を押されたくらいだ。
「? なんのことでしたっけ?」
私は分かりやすい嘘を吐いた。
誰でも嘘だとわかってしまう簡単な嘘。
恐らく今私にはかすかな"悪意"が沸き立っているだろう。
そんな分かりやすい嘘を吐いたのは、会長に気付いてほしかったからかもしれない。
会長なら視える"悪意"がなんなのか分かっているかもしれない。
そんな考えが先ほどの会話で何度も頭を過ぎった。
そのたびにその思考を嚙み切った。
そんな希望を抱くのは止めろ、と頭の中でつぶやく者がいる。
真の理解者は"自分自身"だと語る自分がいる。
一体いつまでこんな思考に囚われているのだろうか────。
私は玄関で靴を履き、信条家を出る。
後に続くように会長も出てくる。
「兄上は、もういないか・・・。」
そんなさみしそうな声を会長があげている。
「何処に向かうんでしたっけ?」
今晩の目的地を問う。
「浅峰邸だ────、直接学長に会いに行くぞ。」
────私達はお寺を背に向け、浅峰邸へと向かう。
「あのさ────、2人でなにしてんの? もみじ。」
そんな中、突如背後から気の抜けた声が聞こえてきた。
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