第13話 悪意を浄化する心

気が付くと私は冷たい地べたに寝転んでいた。


酷く目眩がするし、身が震えている。


「ここ、どこだろう。」


辺りを見渡すとここは先ほどまでいた地下室ではない。


一方は鉄格子になっており、それ以外の三方は分厚い壁で覆われている。


ここは牢屋だ。


理由はわからないが私は何者かに囚われてしまったらしい。


生憎と手足の自由は利いているため、立ち上がり鉄格子から少し身を出して牢屋の外を覗く。


おーい、と声を上げるが誰からも返ってくる返事はない。


私はどうしたものかと頭を悩ませる。


少し経つと遠くからゲラゲラと男同士の話し声が駆け足と共に近づいてくる。


男二人組は、やがて鉄格子越しに悪意をまき散らしながらその姿を現した。


「おーい、生きてっか? もしもーし!」


乱暴に鉄格子をノックする男。


「おいまじかよ! めちゃくちゃ可愛いじゃあねーか!? トシ君、こいつ何やらかしたんだよ。」


「んなもん知るかよ、"人払い"に干渉して気絶、んで気が付いたらここに居たってのが落ちだろ。

 まったく災難なこった、どうしてこんな日に限って巻き込まれちまうのかねー。」


「巻き込まれ体質ってやつか!?」


「うるせーぞ! テツ、黙っとけ!」


一言一言が癇に障る声。


思わず耳を塞ぎたくなる。


しかしその音を打ち消すかのように、突如轟音がこの空間に鳴り響く。


「なんだ!?」


テツと呼ばれる男の一人が驚きの声を上げた。


かくいう私も驚かない、なんてことはなく轟音の鳴り響く方へと鉄格子越しに覗き込む。


そこには、"ひょっとこ"のお面を被り、黒衣に身を包んだ男が一人立っていた。


すぐにそのひょっとこが轟音を響かせたことを理解する。


「御曹司か! なんのつもりだ!!」


トシと呼ばれる男は、ひょっとこの彼の事を言っているのかその名を"御曹司"と呼ぶ。


ひょっとこはその呼びかけには何も答えない。


────始まりは一瞬だった。


ひょっとこは地を蹴り、敵意を持って男たちに接近する。


その機先を制するように男たちによって生み出された"悪意"が放出される。


私が瞬きをする暇もなく、三つの影は戦闘を開始した。


「テツ! 下がってろ・・・!」


背後に立つもう一人の男に呼びかけながら、トシは前方へ跳躍する。


間髪入れずに着々と距離を詰めてくる奇人。


ひょっとこは一足でトシへの距離を詰め、懐に潜り込むように屈み、天井へと叩き上げた。


「軽いな。」


手ごたえを感じなかったのか、相手の実力に呆れたのか。


ひょっとこは落ち着いた声で敵にそうつぶやいた。


「グフッ・・・!」


トシはその呟きに反応すら出来ぬまま、只々上空へと体を浮かせる。


これが男たちにとって想定外の事態であることは明らかだった。


トシを沈め、その背中に隠れていたテツへと一直線に疾走する"御曹司"。


その胴体を串刺しにせんとテツから撃ち出される鋭い"悪意"。


この場合の"悪意"とは、彼ら私ら人間が持ち得る心の源。魂へさえ干渉しうる霊術の技の一種。


霊術には零式から十式まで段位が存在し、その段位毎に多種多様な技が存在している。


テツの場合、自身の内側に眠る"心意"へと霊術で干渉し、外側へと言葉通り"形"を変え放出する"溌(はつ)"と呼ばれている技の一種。


彼の段位は二式であって技の質としては下の中に位置する。


そんなテツから繰り出される溌(はつ)は、今も停止することをせんとする御曹司へと向かう。


それは人の持ち得る心の体現化。


人がこの世に生まれ、今まで生き抗い続けてきた人間の根源。


時には他人にすら伝染しうる自分自身の"エゴ"。


それをこの世界では"心意"と呼ぶ。


だが、それはひょっとこのテツを上回る六式段位の霊術でいとも簡単に弾かれる。


放たれた心意は全て"悪意"。


その悪意の雨を受けながらも、御曹司は姿勢を崩さずに敵へと迫る。


「クソ・・・!」


男の"悪意"が漏れる。


撃ち切った"悪意"は全て、やってくる難敵によって容易く乗り越えられゆく。


蒼い閃光が火花を散らし、御曹司の洗練された霊術が繰り出される。


テツはそれを防ぎきれず、もろ"魂"に衝撃を受ける。


その衝撃は自分自身のコンセプトすら書き換えられ、魂にまで響き渡る。


「ガァッ、ァ────。」


声に出せない苦しみが沸き立ってゆく。


受けた衝撃に身を任せ、御曹司の霊術はテツを魂ごと貫いた。


────戦闘は一瞬で終わった。


先ほどまで騒ぎ立てていた2人の影は既にない。


その場に残るのはひょっとこのこの人のみ。


「動けるか・・・。」


彼はこの一連の出来事をただ眺めていただけの私にそう語りかけてくる。


「は、はい!」


ひょっとこは私を封じ込めていた牢屋へと近づき、軽く手刀で鉄格子の鉄を切断する。


「行くぞ────。」


解放された牢屋から出たことを確認すると彼はすぐさま先ほど自分がやってきた道を戻ってゆく。


その背中を見失いそうになったとき、ひょっとこは振り向き軽いアクションで手招きをする。


ついてこい、という意味なのだろうか。


当てのない私は怪しげなひょっとこについていかざる終えなかった。


◇◇◇◇◇


螺旋階段を駆けあがる。


目前に居るのは一人の御曹司。


私は彼の速さにがむしゃらにしがみつきながら必死に走った。


上に上昇していくにつれ段々と警報が鳴り響いてゆく。


一体ここはどこで上でなにが起こっているのだろうと胸騒ぎが起こる。


「そろそろだ────、上に着いたら絶対に立ち止まるな。」


それだけ警告し、黒衣に包まれた狩人は前方に現れた扉を蒼い閃光でぶち破る。


その破壊音は警報と相まって、辺りの"廊下"を不穏な空気で包み込む。


「ここ学校!?」


なんと今まで私は学校の地下に居たらしい。


なぜ学校に地下があるのかなどは後で考えることした。


「いたぞ! 侵入者だー!」


廊下の端に陰ながら人の姿を捉える。彼らは騒ぎ立てながら周知にその事実を伝えんとする。


それと同時に"発砲音"も聞こえてくる。


彼らは手に銃身を携えていた。完全に武装し私達を排除するといった"悪意"を持ちそれらは撃ってきた。


背後からの襲撃の為、先を行く御曹司の援護(カバー)はない。


『あ、死んだ────。』


違う、それは間違っている。


私はまだ死ぬわけにはいかない、第一そんな程度では死ぬはずがない。


向けられる"悪意"にはもう慣れた。


その程度の感情を向けられたところで何も変わらないし、何も起きない。


────校舎裏での殺人鬼との歪な邂逅。


ついさっきの出来事だ。


今向かってくる"悪意"なんかより酷い"悪意"を視た────。


飛んでくる、私にだけ視える"悪意"に触れた。


程度の知れている"悪意"を前に私の体は既に慣れていた。


昔みたいに向けられてくる悪意を慣れた手つきで、握りこむ。


普通、発射された弾丸を手で受け止めようものなら、受け止めた手は愚かその先の胴体をも貫き、生き物として生命が終わりを迎えるだろう。


そう、それが普通であれば。


だが私は弾丸を"悪意"として受け入れた。


"悪意"は感情だ。形もなければ影も存在しない。


その時点で弾丸は形も影も、そのあらゆる存在を失った。


グチャリ。


これは私が"死んだ"音ではない。


私はこの音と共に、握りつぶした"悪意"を浄化した。


浄化した悪意はどこへ行くこともない。


感情を向けたその先に跳ね返る壁などないのだから。


私の手のひらに集約した悪意は行き場を失った感情の様にただ周りを漂う。


この時、正真正銘。私自身にその悪意らが纏わりついてくる。


それらが私の"悪意"に反応したからだ。


"悪意"は"悪意"を引き寄せる。


それは"悪役"が"悪意"を持つのと同じくらい自然な事だ。


────であれば私はこの場では"悪役"なのか。


────それは、違う。


私は確かに今、"悪意"を纏った。 しかしその"悪意"を向ける矛先は"善"なのか。


────それは・・・、違う。


私が"悪意"を向ける対象は、"悪意"を纏っている。


"悪意"同士が互いに衝突する時。 どちらが善であるか悪であるかの天秤は放棄される。


この場合『どちらの"悪意"が正しいのか』、これがこの場においての優劣。


では"悪意"の正しさとはなにか。


決まっている、それはどちらがより強い"悪意"を生み出すか────、だっ!


『排除する』という悪意が飛んでくる、私はそれを『殺す』という悪意で上書きした。


その結果が、私に"悪意"を纏わせたのだ。


「これでも・・・くらえ────!」


既に私の支配下にある悪意達を手に取るように操作し、彼らに向けて撃ち返す。


その悪意は弾丸の様に、形を持ち、飛んで行く。


その弾丸は"誰にでも"見えている。


本来、私にしか視えない"悪意"、私はそれを浄化して別の何かに作り変えたのだ。


なに、難しくはない。


元の悪意が感情である以上、それは形、影も持たない。


形も影もないそれに形と影を付けるのは容易だ。それは私の心で変換できる。


黒い弾丸は速度を上げ、元あった場所へと戻ってゆく。


まぁ、それが再び彼らの"悪意"に成り下がることはないのだが────。


形を持った悪意は、彼らの魂を貫いてゆく。


しかしそれで彼らの命が尽きることはない。


魂に"生命"という概念は存在しない、であれば終わることもない。


だけど、彼らの目覚めは少しさきの事になるだろうけど────。


────悪意をぶつけ合う射撃戦は終わった。


先ほどまで慌ただしかった廊下は少しだけ落ち着きを取り戻す。


「はやくいきましょう────!」


先に居た御曹司に向かって声を掛ける。


「・・・あ、あぁ。」


◇◇◇◇◇


午後九時。


夜の学校は何者かの砦に変えられており、既に私の見知っていた場所ではなくなっていた。


私達はなんとか学校を後にし、とあるお寺に辿り着いた。


辿り着いた、といってもこのひょっとこ仮面に流れでついてきただけなのだが。


「あの、助けていただいてありがとうございました。」


今更過ぎる感謝の言葉をひょっとこ仮面にかける。


「いや、あれは俺の罪滅ぼしでもある────。」


そういってひょっとこは自身の仮面を取り外し、素顔を明らかにした。

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