第12話 どこがノーリスクだ
午後6時、改装工事と唄われていた校舎内は誰もいない。
水滴の垂れる音が、廊下中に響いている。
身震いしたくなるこの気分は、緊張からくるものなのかそれともまた別の何かか。
「はぁー、なんでこんなことしてんだろ、私。」
ため息をつきながらも、私は悠々と歩を進める。
丁度30分前のこと。
私は目を見開き、とんでもないことを口走った会長に声を上げる。
「が、学校を崩壊させるってどういう意味ですか? 会長!」
「文字通りの意味だが、そうだな少しは説明が必要だな。
実は最近、他の管理者達の活動が度を越えていてな、街全体に悪影響を及ぼしている。
今までは、彼らの行動に目を瞑っていたが街に影響がでるとなると色々とまずいことになるんだ。
管理者を止めるのがこの際一番早い解決策ではあるのだが、それではまた管理者が現れていく一方だ。
それなら、彼らの巣でもこの学校を解体してしまえば全て解決だ。」
「それがうまくいった場合、もうこの学校はなくなるんですか?」
「あぁ、"解体"だからな、それにこれは街を守り生徒達を守るためでもある。
その先に俺が恨まれることがあったとしても、甘んじて受け入れよう。
背中に傷を持たずして、正義にはなれないものだ。」
正義であることだから仕方がないか、わたしはその言葉に酷く納得してしまう。
「それで、具体的にどのようなやり方で、まさかパンチキックで解体するわけではないですよね?」
「それは"奥の手"だ。
やり方に関していえば、物騒なことをするつもりはないから安心してくれ。
方法はいたって簡単でノーリスクだ。
言わずもがな管理者たちを率いて何かを企んでいるのは、浅峰学長その人だ。
であれば浅峰学長が握る秘密を暴露してしまえば、もうこの学校は事実上の解体だろう。」
「そ、そうですね────。」
「そうなんだ、しかし学長は中々尻尾を出さなくてな。
校長室にさえ忍び込めれば何かと情報は手に入るんだろうが生憎と一人では難しくてな、そこで紅葉君の出番だ。
俺が校長を引き留めておくうちに、校長室に忍び込んでくれ。」
「なるほど・・・、へぇ?」
それが30分前のやり取り。
今は目的地である学校の核心部を前に、息を飲む。
校長室は不自然な電子錠で閉ざされている。
「ナイス、これ開けられる?」
左手首の機器を電子錠へ翳す。
ガチャリ
施錠が解かれる音がした。
すると目の前の扉は独りでに開き始め、やがて全開に開かれる。
周囲に誰もいないことを確認し、中へ入る。
部屋の中は真っ暗で先ほどまで暗闇に慣れていた私の目でさえ、まだシルエットを把握できない。
手探りで部屋の端を見つけそのまま壁に沿って歩いてゆく。
「ふぅ────。」
先ほどから一定間隔で早く波打つ鼓動の余韻なのか自然と息がこぼれた。
目が段々と暗闇に慣れてきたころ壁を伝っていた指先になにか違和感を抱く。
両手でその違和感を確認すると一瞬冷えるような感覚を受け取り、それが金属の類だと認識する。
がむしゃらにその金属を手でまさぐると取っ手のようなものを見つけ、反射的にその取っ手を手前に引いて開ける。
するとその中身は書類なのか、紙の媒体が溢れてしまうほど格納されていた。
その中から一枚を抜き取り、目を通す。
「・・・やっぱり暗くてなにも見えないな。ナイス、明かりで照らせたりする?」
意志ある機器にそう指示するとノータイムで手元が照らされる。
再び紙に目を通す。
「学校案内のお知らせ・・・、違う。」
手にした紙を元あった場所へ仕舞い、その隣から再び一枚取り出す。
「これも違う、これも、これも、これも。」
その工程を繰り返す。
すると、やがて赤い封蝋に止められた分厚い封筒にたどり着く。
既に開けられたことがあるのか、封蝋はその役割を終えていた。
中身には数枚の用紙が入っており、まとめて取り出す。
「なんか、極秘情報っぽいなこれ、あ、黒崎の名前だ。」
見知った名前を見つけずらずらと黙読していく。
「平行世界? 依り代? なにこれポエム? 全然わかんないや。」
見慣れない言葉が羅列されており、理解するのを諦める。
封筒を元あった場所へ戻してから手元の明かりで照らしながら部屋の中の散策を再び始める。
「うわぁ! ビックリしたー、やっぱり校長室ってみんなこうなのかな・・・。」
偶々明かりで照らされた先は歴代校長の写真だった。
「昼間に見るとなんとも思わないけど夜見るとこんなに怖いなんて・・・。
ん? うわぁー、設立当初から浅峰の人たちが継いでるとは聞いていたけど全員おんなじ人みたいだな。」
見上げる高さに飾られている歴代校長の写真は全員がどこからともなく同じ雰囲気を漂わせており、それは同一人物かと思わせるほどだ。
「────2代目校長、浅峰学・・・。
どんな人だったんだろう。」
棚に飾られている数々の記念品のほとんどにその名前が刻まれている。
一つの記念品に手を掛ける。
ゴトッ
すると突然"なにか"が外れるような音がする。
それを合図にガタゴトガタゴトと歯車やらが物音を立て目の前の棚が形を変えてゆく。
そして現れたのは下にある"なにか"へと通じる階段だった。
奥には一切明かりが映らず中が見えない。
冷たい冷気がその穴からやってくる。
私は間髪入れずにその闇へと歩みを進めた・・・。
階段を降り始めてから10分経つ。
未だこの闇には終わりが見えず今自分が降りているのかさえ分からなくなる。
やっと階段が終わりまたしばらく平坦な道を進む。
中はやはり暗く手首から照らされるほんの数メートル手前までしか認知することができない。
やがて終点に辿り着く。
そこは一つの空間のようだった。
風の動きを一切感じさせない行き止まり。
冷気を浴び続けた身体が自然と震えを許諾する。
周りを見渡すと吊るされた人のシルエットを視界が捉える。
一瞬、ゾッとするがそれが動かないことをわかるとつゆしらず心が落ち着いていく。
しかし今度は先ほどとは違う人のシルエットが視界に飛び込んでくる。
「ハァ────、ハァ────、」
無意識に呼吸が乱れはじめる。
先ほどから見える人は魂のない人形だ、人間とはもう呼べない。
使い捨ての銃弾の様にシンがまるでない。なにもない無抜けの殻。
背後から"感じる"足音にも気が付かない。
それは自身の心が既に死んでいるからか、それともそもそも心が存在しないか。
「紅葉君、その腐りきった正義感。君は本当にお父さんに似ているね。」
不意に聞こえてきた声に振り向くこともできず、後ろからの強い衝撃に耐えられず私は意識を失った。
◇◇◇◇◇
和式の生徒会室を出てから合うべき人物の元へと向かう。
「校長、今から少しお話があります。」
「ん? なにかな、会長。
というか君、まだ学校に残っていたんだね、帰りが遅くならないようにと各担任に連絡をお願いしたんだけど。」
午後六時。
信条奏太朗は自分にしかできない役割を全うする。
「それはすみません。どうしても本日中にやっておきたかったことがありまして。」
「ほうほう、それは興味深い。
名のある信条家の次男がそこまでしてやっておきたかったこととは気になりますね。」
「茶化すのは止してください。
それより校長、今日は午前中学校にはいらっしゃらなかったようですが、何をされていたんですか?」
「近所の小学校の入学式に軽く顔出しをしてきましたよ。
これでもこの学園の校長でもあり、この街の"領主"でもあるわけですからね。」
「そうですか、それを叔父が聞いたらさぞ喜ぶでしょうね。
ところで今は何を?
今日は教師陣も含め今はほとんどが既に学校を出ているものかと思いましたが。」
「それはさきほども言ったように私、この学園の校長ですから。
学校に牙を向く輩をそのままにしておくつもりはありませんよ。」
「では、時間稼ぎもここまでで結構ですよ。
私は戻ります。
奏太朗君、あなたはまだ若い。
私からすれば赤ん坊のようです、ですから歩む道を間違えないでください。
まだ、戻れます。
どうか、慎重にお考えを。それでは。」
校長はそういって全てを見透かしたかのうように背を向け、何処かへ消えてゆく。
「まっ、待て・・・!」
「信条君、あなたの家の秘密を世間に知らしめてもいいんですよ?」
伸ばした手は男へは届かず、元あった場所へと戻ってゆく。
「慎重な決断ですね、あなたはいつか強くなれる。」
それだけ残し、浅峰は気配すらも消していった。
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