第11話 悪循羅刹③
仰向けになり、オレンジ色に染まる空を見上げている。
未だに、手足を動かすことができない。
「死ね! 死ね! 死ね!」
そう聞こえてくるのは、片耳だけだ。
既に血だらけで腫れ切った右耳からは、なにも音を拾わない。
日美子は少し疲れているのか、その場で息を荒げ、肩で息をしている状態。
因みにまだ"悪意"が湧き出ており、この先もこれが続くのだろうか、と気が抜ける。
すると彼女は、最初に私の目元を抉った刃物を再び取り出し、逆手に持って近づいてくる。
「先ほど、忠告したはずだ───。
目立ちすぎるな、とな・・・。」
まだ生きている"左耳"が、どこからか聞こえてくる音を拾う。
「!? かい・・・ッ」
カラン
コンクリートが彼女の持っていた落下したナイフと重なりあい、音を放つ。
突然、何が起こったのか、日美子はうつ伏せに倒れこむ。
終わったのかな。
私は、ゆっくりと瞳を閉じた───。
カァカァとカラスの鳴き声が、両耳から聞こえてくる。
それと同時に、瞼の外側から虹彩を刺激してくる光。
その刺激に耐えられず、私は瞼を解く。
「んあぁ? ここ、何処だろう。」
私は、目が覚めると畳の上に横たわっていた。
自らがここに横たわった覚えはない、すると一体だれがここへ運んできてくれたのだろうか。
重い腰を上げ、態勢を起こし、辺りを見渡す。
どうやら壁の構造を見るに、ここは学校にある一室のようだ。
「こんな部屋があったんだ───。」
部屋の中を散策する。
壁際に沿って置かれている棚の上には、この一室を訪れる者の趣味なのか、和風じみた茶碗などが置かれている。
今思えば、この部屋はいい意味で"異質"だ。
部屋の半分は畳で敷き詰められており、壁には掛け軸など掛けられている。
そしてなんだか、心が落ち着く。
貯めこんでいた息を最後まで吐ききって、貯めていた分だけ再び空気を吸う。
「ス────、ハ────。」
ガラララ────
この一室にある、たった一つだけの引き戸が開かれる。
「もう、起きたのか。」
入り口の方へ、視線を向けるとそこに居たのは、生徒会長の信条奏太朗であった。
「か、会長? 会長がここまで連れてきてくれたんですか?」
「・・・」
私の問いかけに、会長は返事をしない。
「顔の傷はすまない、外側の傷は、俺では完全に修復できなくてな。」
会長の一言で、今まで忘れていたことを思い出した。
「そういえば・・・、ちっとも痛いところがない。」
「・・・中身は内出血だらけ、おまけに腕の骨も折られていたな。」
腕を折られたのは、あまり覚えていないがそうか。
私は、かなり外側と内側ともに酷い状態だったようだ。
────ふと、視界に鏡が映りこんだ。
そこに映る私の目元には、深い傷が住みついていた。
「・・・」
「お茶でも飲むか?」
「はい、頂きます。」
会長は、慣れた手つきでお茶を淹れ、『熱いぞ』と忠告だけして、私に茶碗を手渡ししてくれた。
「日美子の件だが、なにがあった。」
私は、今までの日美子との出来事をすべて包み隠さず、会長に話した。
普段ここまで心の内を、自分から人に伝えることはないのだが今の会長には、私にそうさせるだけの安心感があった。
「そうか、そんなことが・・・。
生徒会長として、謝罪させてほしい。 今日まで気づいてやれなくて、本当にすまなかった。」
会長は、身分関わらず深々と頭を下げる。
「い、いや、止めてくださいよ、会長が悪いわけではないんですし。」
「そんなことはない。
俺は生徒会長だ、生徒達の中の"会長"なんだ。
同じまだ学生という身分ではあるが、それでも生徒の上に立つ以上、それらを守り、導いていく義務がある。
よって、今回の件は鹿野紅葉という生徒を守れなかった、生徒会長である俺の責任なんだ。」
そうか、この人はしっかりと"心"を持っている人なんだ。
なんて悔しい。
私に"悪意"ではなく、"善意"が視えていたのなら、この人は一体どれほど輝かしいのだろうか。
「・・・そう、なんですね。
それじゃあ、私はこの辺で失礼しますね。」
長居しても申し訳ないので、忘れ物がないかだけチェックし、この部屋を出ようとする。
「待ってくれないか、紅葉。
実は遠かれ近かれ、俺から君に会いに行こうと思っていたんだ。
少し話がある、まだ時間は大丈夫か?」
『会いに行こう』なんて、他の誰かから言われたら少しゾッとするとが、会長が言うとなんとも思わない。
別にこの後用事はないので、引き戸に掛けていた手を離す。
会長は『少し長くなる』といって、どこからかパイプ椅子を広げ、向かい合うように並べる。
「座ってくれ。」
「は、はい。」
言われた通り、会長と向かい合うパイプ椅子に腰を掛ける。
「"管理"の個人アプリは見てみたか?」
その質問に私はどう答えていいかわからない。
何故なら、あれは本来、一生徒が見ていいものではないからだ。
しかし、会長の口ぶりを見るにそう聞いたのは訳があるようだった。
「・・・なに、見ていたからといって、どうもしない。
そもそもあれを見せようと"調整"したのは俺自身だからだ。
安心してほしい、とは言わない。 だが俺は敵ではないということだけは信じてほしい。」
「な、なんであんなものを・・・、私に見せたんですか?」
この際、安心だとか敵ではないからとか、心底どうでもよくなってついそう聞いてしまう。
「理由は勿論ある、だが、それには順を追って説明しなければならない。
紅葉、正直に答えてほしい。 "アレ"を見てどう思った。」
"アレ"を見てどう思った、か。
正直に言ってしまえば、意味がわからなかった。
"アレ"がなんであるかもはっきり言って、まだ明確にはなっていない。
あくまで私の"考察"の上で、今日の行動があったといっても過言ではない。
ので、その真偽はハッキリさせておきたい。
「正直言うと、よくわかりませんでした。
なので、あれがなにか教えてください。」
会長は『そうか』と、呟き一呼吸入れる。
「あれは、要は"人"の設計書だ。
"管理者"達は、生徒たちを操作してあの設計書通りの"人"を作っているんだ。
これがこの浅峰高校ではもう何十年も前から続いている。」
飛んでもないことを今この人は言ったが、そんなことより突っ込みたくなることがあった。
「ちょ、ちょっと待ってください!
"管理者"達、って言いましたか!? 私以外にもやっぱりいるんですか?」
「あぁ、"管理者"は複数人存在している。
かくいう俺もその一人であって、日美子もその管理者"だった"。
ちなみに、今までの管理者は3年に俺含め2人、2年には紅葉、日美子を除いてあと4人、1年にはだれもいないのが現状だ。」
会長が管理者ではないかとは、実は食堂での一見で少し疑っていた。
手慣れた手つきで、アンプルウォッチを操作し、魔法を使ったかのように瀕死の黒崎を"蘇らせた"のだから。
アンプルウォッチの力には先ほどの日美子との邂逅で理解した。
私が途中、手も足は愚か体さえ突然動かせなくなった自体、あれは恐らくアンプルウォッチによって引き起こされた一種の攻撃だ。
食堂での黒崎がされた攻撃もそれだったに違いない。
そしてその攻撃を行った人物である日美子が必然と管理者としての候補と上がるのは当然だ。
アンプルウォッチを使うものが誰しもあんなことができるようにしてしまえば、管理者側が倒れていく可能性も十分にあり得る。
「・・・あの、会長はどうして管理者になったんですか?」
「俺か? 俺は生徒会長になった時、成り行きでそのことを伝えられ、管理者にならざる終えなかった。
勿論その事実を知ったときは、かなり動揺したが実際生徒たちになにか害があるわけではないと思い、"今日"まで目を瞑っていた。」
会長の口からそのことを聞けて、心が安堵する。
私は、次の疑問点を投げかける。
「・・・私を管理者にしたのは、会長なんですよね? それはなんで私だったんですか?」
これが私の中では最重要ポイントだ。
ハッキリ言うと突然、管理者だと言われてから"良いこと"があまり起きていない。
私にとって"管理者"とは、間違いなく"不運"を呼びつけている元凶の一つなのだ。
「そうだな、それも話さなければならないのだが、すまない。
俺の口からは説明できないんだ。
だが、なにもランダムに紅葉が選ばれたわけではない、しっかりとした前提があるうえで君に"助け"を求めた。」
「助け? 助けって、会長が私にですか? 私、会長ができないことなんてできないですけど。」
そういうと、会長は少し微笑んで、私の自虐を否定する。
「違うぞ、紅葉。
俺の代わりに紅葉がなにかをするわけじゃない。」
「え、えぇーと、つまり?」
「個人と組織では、戦い方が変わってくるものだ。
生憎と、今の敵は"組織"だ。
個人対組織での戦いの結果はやらずとも見えている。」
そういって、会長は私達の"敵"が何であるかを示し、宣言する。
「俺はこの"学校"を完膚なきまでに"崩壊"させる。
だから紅葉、君にはその手助けをしてもらいだい。」
なんて、生徒会長ともあろう人が、あるまじき発言をした。
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