第10話 悪循羅刹②

土曜日、日曜日と休日は、本当に一瞬の瞬きで過ぎていった。


そして迎えた月曜日。


私はいつも通り午前6時に起床し、6時30分に家を出る。


その際、パパから『今週一週間は、出張で帰ってこれないから。』と言伝があった。


一年生の時に買った、マウンテンバイクで峠を越え、学校に向かう。


自身の教室に入ると、そこは以前となんら変わらない、黒い"悪意"が只々充満している。


それもそのはずで、それは一年前も今も変わらず"悪意"を出し続けている奴が、まだクラスに居るからだ。


その奴の名前は、佐々木日美子。


彼女は、普段の行いなどとは相反して、朝の登校時間はかなり早く、既に教室の傍らで仲良しグループで集まっていた。


私は、自分の席へと向かい、座る。


今、丁度7時30分なので、ホームルームまでまだ30分も時間がある。


私の親友がやってくるまで、ひたすらに待つこと10分。


「おはよー、もみじー。」


私の待ち人が、眠たそうにあくびをしながら、教室へと入ってくる。


「おはよう、楓。」


「おはよーう! カエデっち!!!」


すると、私の挨拶が上から相殺されるように、日美子が私より大きな声で楓に向かって挨拶する。


「あ、おはよ! 日美子!

 相変わらず、朝から元気だねー。」


「当たり前っしょ、朝からテンション上げないと、おちばの陰気にまじ飲み込まれそうになんだよねー。」


「へ、へぇー、そうなんだー。」


ちらっ、と私の顔を覗いてくる楓。


もちろん、日美子の皮肉は私に聞こえている、だけどそんな風に様子を伺われては、少し参ってしまう。


自分で言うのもなんなのだが、ああいった皮肉は聞く方も苦なのだ。


楓が気を使ってくれているのも、嬉しい反面、胸が苦しくなる。


楓もきっと同じ気持ちだ。


楓にそうさせない為にも、今日、日美子と"あの"ことについて話をするんだ。


日美子がもし仮に"黒"であった場合、私は容赦なく彼女と正面から戦える。


彼女が今までしてきたことが、想像したものであるのならその行為は"悪"だ。


そんなこと、人の人生を弄んでいるようにしか思えない・・・。


ただ私は、そうではないことも実は祈っている。


なぜなら、仮にそうであったとした場合、必然的に敵は"佐々木日美子"ではなく"学校全体"へと移り変わるのだから。


そうなったら、正直言って、一学生が対処できる範囲を優に超えている。


これはバカでもわかる。


"個人"と"組織"同士の戦いは負け戦に等しい。


個人でできることは限られている。


しかし組織の場合だと、個人という一人がもつ限界を容易く超えてくるものだと思う。


基本、11人対11人同士のサッカーで1人対11人では話にならないと同じだ。


その1人が"人"の限界を超えてでもいない限りは。


しかし生憎と、私は"悪意"が視えるだけの"普通"の人だ。


"人"を引退した覚えは一片たりともありはしない。


まぁ、引退しようとしてできることでもないけど。


チャイムがなり、水島先生が駆け足で教室へとやってくる。


「ひぃぃ~、あっぶなかったー。

 また遅刻するところだったわー。」


大人として遅刻するのはどうなのだろうか。


「はい、じゃあホームルーム始めますねー!

 日直の人ー、号令掛けて───」


本日、何度目かのチャイムが鳴る、学生の待ちに待つお昼の時間が始まる。


教室では、近くの席同士をくっつけて、自分たちの領土を拡大していく人たちもいれば、チャイムが鳴った直後に、購買・食堂へと全力疾走していく者もいた。


かくいう私は、そのどちらにも当てはまらない。


学校に来る途中、コンビニで購入したおにぎりとサンドイッチを自分の席で頂く。


ちなみに、先ほど楓がお昼を誘ってくれたのだが、例の如く日美子に食堂へと連れて行かれてしまった。


今思えば、2年生になってから不自然と楓との距離が開いている気がする。


先週の金曜日も、学校帰りは一緒ではなく、たまたま駅前で会ってその流れで喫茶店に入ったのだ。


できれば私の思い違いであってほしいところだ。


おにぎりとサンドイッチを食べ終わって、歯でも磨いて来ようと廊下に出ると、なにやら同階にある食堂が騒がしい。


好奇心に誘われて、食堂へと足を運ぶ。


するとそこには、昔の隣人、黒崎孝文がうめき声を出しながら、仰向けに倒れていた。


そして彼の目の前には"あいつ"がいた。


状況がいまいち掴めないでいるが、あいつの一声で全て把握する。


「さっきからジロジロと見やがって、気持ち悪いんだよ。

 てめぇー。」


汚らしい足で彼を踏みつける。


彼は一切抵抗しない、いや抵抗できないという表現が正しいだろうか。


とにかく苦しそうで、一歩たりともその場からは動けそうにない。


「黒崎!」


彼に声を掛けながら、近づく。


体が勝手に動いく。


そのことについて、私はなにも疑問を思わない。


文字通り、反射的に動いたのだ。


彼に掛けられている汚い足を力加減を忘れ、本気で蹴り飛ばす。


「グァッ!」


いつもまにか、周りは人だかりであふれかえっており、彼女は足を抱え、みっともなくその中心で横たわる。


彼の手に触れる。


その手は、とても冷たかった。


生きている人、独特の温かさを兼ね備えていないようだ。


「大丈夫?」


返事はない。


普通ではないこの状態を、この場で介抱することは私には技術的にできない。


果たして、保健室にいってどうにかなるのだろうか、とさえ思ってしまう。


そう思うと段々と、私の鼓動が早くなるのを感じる。


「何事だ。」


すると、威厳が顔を出すような、頼りになる声が聞こえる。


「会長────。」


そう、この学園の生徒会長、信条奏太朗がこの場に現れた。


会長は仰向けに倒れる彼の容態を一目見ると、やれやれといった顔つきでなぜかアンプルウォッチを操作する。


私にはなぜこの場で、アンプルウォッチを操作する必要があるのかわからない。


「会長、なにをやってるんですか。」


「少し待て、鹿野紅葉。」


私の"名前"を呼ぶ。


数秒して、アンプルウォッチを操作を止め、会長は彼の手に触れる。


「どうだ、動けるか。」


「あれ、・・・なんともないな。」


すると、黒崎は先ほどまで死人と同等の状態であったのに、何事もなかったように立ち上がった。


「・・・」


私は呆気にとられる。


「全員散れ・・・、この後は教室に戻るよう。」


会長はそういって、パンパンッと手を叩く。


それを合図に周りに集まっていた人だかりは、段々とこの場を引いていった。


その光景を見送った会長は、食堂から立ち去る間際、まだ横に横たわる日美子に対して何かをつぶやく。


「 ■ ■ ■ ■ ■ ■ 」


何を言ったのかはわからないが、その後、日美子の顔は青ざめていた────。


私も会長の後に続いて、黒崎と食堂を後にする。


一人、食堂に残された彼女は、ただ天井を見上げ、明日の"空"を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る