第7話 嫌な奴
今までとは一層変わった私が、親友の瞳の中に映りこむ。
瞳の中の私に『はじめまして。』と声を掛ければ、同じ声が返ってくるだろう。
しかし、何処か自分とは違う"何か"を彼女は持っている気がした。
なのであれは私ではないと拒否をする自分もいた。
先ほどから彼女の顔は一切見えない。
彼女の目も勿論見えない。
彼女の口も、鼻も見えない。
しかし、私の眼は、彼女は私自身であると断定させてようとしてくる。
「もみじってさー、稀に変なところあるよねー。」
気が付くと、今まで私を映していた瞳と、いつの間にか目が合っていた。
思えばさっきからずっと、彼女と目が合っていた様な気もするのだが、さっきの私の目に"彼女"は映っていなかったという訳か。
「そうかなー、あんまり自覚はないけど、楓が言うならそうなのかな。」
変なところとは、どんなところなのか凄くモヤモヤする。
なぜならこの一年間、彼女と付き合い初めてからそんなことを言われたのは、初めてだったからだ。
だけど今はその懸念は隅っこに置いておくことにしよう。
そんなことより、今のこのやり取りの間、ふと彼女の容姿を見ていて疑問に思ったことがある。
「楓、そういえばさ、その髪・・・。
いつ染めたの?」
そう、なにを隠そう今の彼女、橘楓の容姿は一年前のおしとやかな雰囲気とは裏腹、シャイで強気なギャルのような雰囲気を漂わせている。
「あ、これねー、春休み中に日美子に誘われて、美容室に行ったんだけどさー、そこで思い切って染めちゃったの!」
「・・・あー、日美子と前から仲良かったんだっけ?」
日美子とは、一年生の時のクラスメイトだ。
ちなみに今は、その日美子含めて私と楓ともども二年で同じクラスになっている。
しかし楓と日美子のクラスは、春休みが明けるまで違っていたので、接点などないと思っていたのだが・・・。
「実はそうなんだよねー、去年の冬休み前ぐらいからずっとそんな感じでさー。」
結構、いいや、かなり前の事だなー。
別に気にはしないが、そんな前からのことにも気が付けなかった自分が少しだけ腹立たしい。
だけど、去年の冬休み前からか・・・。
今思えば、その時期辺りから楓が少し変わっていった気がする。
楓は、全く興味がなかったファッションやメイクなど色々と趣味趣向を広げていき、今となってもはや、スクールカースト最上位に位置しているだろう。
そんな輝かしい彼女とは裏腹に、私とくれば教室の隅っこで、呆けいているだけのスクールカースト最下位だ。
そのスクールカーストの最上位と最下位が、こうして一緒に居るということは、学年全体で"超常現象"なんて言われているらしい。
しかし、一年前までは同じように笑って、肩を並べて歩いていた彼女が、こうも変わってしまうと少し考えてしまうものだ。
プレッシャーとは少し違う、また別のなにか。
それは"妬み"なのか、それとも"嫌気"なのか。
どちらにせよ、それらは全て"悪意"でしかない。
これまで散々"悪意"に遊ばれてきたのに、ここで自分自身が"悪意"に取りつかれるなんて死んでも御免だ。
「もみじー? どうかしたの?」
「・・・いやー? なんでもないよ!!?」
仕舞った、つい彼女に対して向く自分の感情が"悪意"ではないのかと考え始めたら、彼女に対して後ろめたさを感じてしまい、
さらにそれを誤魔化す為に、普段よりテンションが上がってしまった。
「ふふ、やっぱりもみじって変だね。」
なんかこう、子供を寝かしつける様な、微笑ましい顔で笑われた。
「なにか手助けしてほしい時が来たら、遠慮なく私に言ってね。」
その一言に彼女の"全て"が現れていた気がする。
この一年間で橘楓という間違いなく"違う"人間へと変化した。
だが例え、少し、外見が変わろうとも、少し、言葉使いが乱暴になろうとも彼女の"心"は昔からブレていないのだと思えた。
すると、なぜか心のモヤモヤは段々と薄れていった────。
現在の日時は金曜日の午後十五時。
私たちは後輩たち新入生の入学式を終え、駅前の喫茶店でダラダラと時間を持て余していた。
「そろそろ行こっか。」
今日はもう三時間もここで話しっぱなしだ。
この場は切り上げてようと、私は椅子から立ち上がる。
それに賛同するように楓も立ち上がろうとすると────。
「あれれぇー? カエデっちじゃん! こんな"辛気臭い"所でどしたの?」
"悪意"を泡立たせながら、私の嫌いな人がやってきた。
「日美子じゃん! そっちこそどうしたの? 皆とカラオケ行くって言ってなかったっけ?」
楓はさっきとはもっと別人のような態度に急変し、日美子に寄り添っていく。
私はその光景を見て、苦虫を嚙み潰したような顔つきになってしまう。
私の"■ ■"を奪った女。
無性に許せない。
「ーん? あ、おちばも居るんだ。 ならちょうどいいや。
実はこの後男子たちと待ち合わせしてるんだけどさ、それまで時間あるからここで暇つぶしていくわ────!
だから・・・おちば、なんか奢れよ。」
私の名前は落ち葉じゃない。
鹿野紅葉だ。
絶対にその呼びかけに振り向きたくない。
だけど、視界に映るもう一人の彼女の"顔"を見てしまうとそんなことはできない。
「いーよ、なに食べたいの?」
できるだけ"■ ■"を出さないようにして、問いかける。
「は? なに上から奢ってやるみたいな雰囲気だしてんだよ、
私がおちばに奢らせてやってるんだよ、勘違いすんな!」
こいつは急に、私の胸ぐらを掴みにかかってくる。
"■ ■"だ、こいつの"■ ■"が見えている。
そろそろおみせの中からあふれだしてしまいそうだ。
大好きな"■ ■"を変えた元凶。
いっそこいつを"■ ■"か────。
慣れた手つきで、彼女からにじみ出る"■ ■"を握りつぶす。
グチャリ────と音がして、握りつぶした拳を広げ────
「もみじー!」
ぼやけていた視界が、鮮明によみがえる。
「あー、」
私がたった今、一歩踏み間違えそうになるのを楓が止めてくれた。
「日美子、今日は私が奢ったげるよ!」
それだけは・・・、駄目だ。
彼女にそんなことをさせてはいけない。
動け────、私。
彼女のあんな、"飾られた"顔は見たくない。
後悔なんてしたくない。
起きてしまったら、もう取り返せない。
このままでは、なにもかも"あいつ"に取られてしまう。
そうなったら、一生、私は"今"までの彼女と出逢うことはできない。
"形"だけでいいんだ。
この際、中身が見えても問題はない。
私の心が既に黒ずんでいることは、彼女にはお見通しなのだから・・・。
黒色に覆いつくされた世界で、私は、黒を吸う。
そして、吐く。
その吐いた息は黒くはない。
吸った黒は既に内側で"浄化"されている。
その先に、何にでも起こりうる"浄化"された"ソレ"は私の背中を押した。
「か、カエデ。
大丈夫、大丈夫だから・・・。
ヒミコさん、わたしに奢らせてください────。」
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