第8話 お支払いは運命で

少しだけ息を整えた後、あいつの食べたいものだけ確認して、レジに向かい、アンプルウォッチに付与されている、今流行りの電子マネーでお会計を済ませる。


「?」


すると、不思議なことに今、電子マネーでお会計を済ませたはずが、その分の金額が残高から差し引かれていないことに気が付く。


「・・・あの、お会計ちゃんとできてますか?」


無料で得したなんて思うのも気が悪くなるので、一応店員さんに確認することにした。


「はい? しっかりとこちらで代金分頂戴していますが、どうかされましたか?」


「あ、いえ、私の電子マネーの残高から値段分引かれていなくて・・・。

 それでちゃんとお会計できたのかなーなんて。」


私はアンプルウォッチの残高が表示されている箇所を、店員さんに見えるようにかざす。


どれどれ、とアンプルウォッチを覗き込んでくる店員さん。


ちなみに余談だが、一年前までアンプルウォッチもこの地域では、物珍しく目立ってたのだが、

最近では町の人全員が認知する、浅峰高校生の印の一つだ。


「あぁー、本当ですねー。」


なんて店員さんは、至極どうでもよさそうな気の抜けた声でビックリする。


「でもまぁ、こちらとしては既に代金頂いておりますので、どうかお気になさらずにー。」


そういうなら仕方がない。


私は、結局『得した』と思わざる終えなく、ムズムズした感覚が心に残る────。


注文を終え、自分たちの席に戻ろうとすると、先ほどまで私が掛けていた座席は、既に日美子によって占領されていた。


やれやれと私は、彼女らの隣の座席が空いていたので、そちらに腰を落とすことにした。


ザワザワ。


時計の針は午後5時を過ぎる。


この時間になると駅前は、学校帰りの学生たちでよく賑わう。


それはこの喫茶店も例外ではない。


いまや店内も、学生で溢れかえっていた。


「んじゃー、そろそろうち行くわ。

 カエデっちも一緒にカラオケ行く?」


「いや、私はこの後用事があるから・・・。」


「そっか、んじゃ仕方ないかー。

 それじゃあ、また明日学校でね―! カエデっちー。」


「うん、じゃあね。」


だが今、その賑わいの一点が消えていった。


その場に残った彼女は、難が去った後の様にため息を吐き、隣の座席に座っていた私に話しかけてくる。


「もみじ、ごめんね。」


彼女はそれ以外、なにも言わなかった。


「気にしないでー、日美子の事はわかってるから。」


そう、わかっている。


この一年間で私は、日美子という人間が如何に外道かを理解している。


一年前の入学式の朝、教室を埋め尽くしていたあの"悪意"の出所は、間違いなく彼女なのだから。


以前の私なら、彼女のような"悪意"を湧き出す者に対しては、普段から"高圧的"な態度を取り、私自身から彼女を遠ざけようとする。


しかし、彼女の場合、ソレが叶わなかった。


何故なら、最初の彼女には"悪意"すら感じなかったのだから。


私の視る"悪意"は、要は人を示す根源の色・形なんだと思う。


善良な根源の持ち主であれば、この先未来永劫、根源に"悪意"という概念は干渉しないだろう。


なので基本的に、"悪意"が視えない人間はこの先も"悪意"が視えないのが決まりだと思っていた。


だが、彼女はその私自身の決めた条理を、蹴り破ってきた。


クラスにも段々と馴染めてきた去年の6月頃、日美子から突如、"悪意"が湧き出てきた。


その理由は、今も不明だがその時、私はそんな"例外"の出現に"再び"心が壊れかけた────。


「楓、そういえばこの後の用事って?」


「あー、ごめん、アレ嘘!

 もっともみじと遊んでたかったからさ! でも残念だな、この後台風来るっぽいんだよね。

 今日は早めに帰った方がいいかも。」


そんな天気予報だったっけか。


天気予報を調べてみようとすると、アンプルウォッチに手を掛ける。


「?」


すると、またしても不思議な事に、見慣れたアンプルウォッチのレイアウトに、違和感がある事に気が付く。


「こんな画面だったかなー。」


「どしたの? もみじ。」


「なんかさ、アンプルウォッチのレイアウトがこの前と違うような気がして・・・。」


どれどれと自分のアンプルウォッチと見比べながら、覗いてくる親友。


「あ、本当だー。 管理っていうアプリが追加されてんのかな?

 アップデートとかは来ていなかった気がするけど。

 なんだろうね、そのアプリ。」


私は、興味本位でその『管理』のアイコンを人差し指でタップする。


すると・・・。


「もみじ、このアプリを起動するには、パスワードが必要です。

 パスワードを入力してください。」


おしゃべりAIことナイスがそう報告してきた。


「パスワードって、なんのパスワード?」


「・・・」


普段は質問をすると、なんでも答えてくれるナイスが沈黙する。


「まぁ、いいか。

 この後台風来るんだもんね、早く帰りましょうか。」


"今"この場で『管理』が必要というわけでもない。


その"先"に踏み込むのは、後にすると決め、私は楓と共に長居していた喫茶店を出た。


その後、駅前で楓と分けれ、帰路につく。


家に帰ってくる。


まだパパは帰ってきていない。


ギシギシと階段を上り、自室に入る。


「ナイス。」


相棒とも呼べる存在の名を呼ぶ。


「さっきのパスワードの件だけど。」


先ほど、黙秘された件を再び掘り返す。


ナイス、人工知能は優秀だ、故に"ルール"を守ることも容易い。


「はい、『管理』の起動に伴うパスワードにつきましては、本日12時21分に届いているメールを参照してください。」


指示通り、該当する時間帯に届いているメールを開く。


そのメールの件名、空白。


送り主は、不明(Unknown)。


以下、本文。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


こちらの準備ができた。


鹿野紅葉。


次期にこちらから会いに行くー。


PW - ■ ■ ■ ■


補足事項:鹿野紅葉へ『管理者権限』を付与。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


このメールは、私をとある"舞台"へと招く招待状であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る