第6話 これまでの一年間
彗星の羅針盤-第2節
────内なる声がここに一つ。
あぁ、腹が立つ。腹が立つ。
あの忌々しい人間。
頭から足先まで全て残らず食い尽くしてやりたい。
あぁ、血が騒ぐ、血が騒ぐ。
愛した男を奪われた。
男はもう返ってはこない。
汝が"地獄"へと落としたのだ。
決して許しはせぬ、魂すらこの世に一片たりとも残しはせぬぞ。
その身も、その心も、すべてを刈り取って見せよう。
我が名は、■ ■ ■ ■。
汝を浄化する"■"の名である────。
◇◇◇◇◇
時が螺旋上に過ぎてゆく。
それは私の一生を懸けても戻ってこない、たった一度だけの"思い出"。
やってきた春の風に身を任せ、夏の夜へと駆けてゆく。
次に、夏の夜風に誘われて、秋の兆しを眺める。
すると秋の兆しは段々と冬の夜空を呼び寄せる。
そして冬の夜空は再び、春の風を身にまとう。
────私達が浅峰高校に入学してから一年が経つ。
ハプニングだらけの入学初日以来、ビックリするほど何もなく私は平和な日常を送っていた。
5月、高校に入ってから初めての学力試験。
私は、気合を入れて試験に臨んだのだが、結果はいたって普通でどの教科も平均点ラインだったのだが、
元々文系脳だった私は現代文や世界史の点数だけはそれなりに上々であった。
知人たちの戦績を聞いてみると、意外なことに黒崎も楓も中々の好成績であり、二人とも上から数えたほうが早いくらいだ。
楓は元々県外のレベルの高い高校を目指していたらしく、そもそも勉強は好きな方だという。
黒崎は特に勉強が好きなどといった理由はなく、単に『勉強ができて、損をすることはない』とのこと。
次は、7月・8月の夏休みだ。
家族で旅行、などはパパの都合上起こり得なかったのだが、その代わりに楓と二人で東京へ遊びに行ったのはいい思い出だった。
初めて訪れた東京は周りを見渡しても緑なんていう自然は一切なく、少し息苦しかった。
だけど不思議な出来事が時折起こったりして、退屈はしなかった。
そして夏休みが終わるとすぐに文化祭という、なんとも高校生らしいイベントが待ち構えていた。
クラスの文化祭での出し物は定番のお化け屋敷だった。
その他の出し物の候補としては、まさかのコスプレ喫茶などがあったのだが、女子生徒たちの厳しい圧力でなんとかお化け屋敷へと路線変更することとなった。
ちなみに楓のクラスは男子勢力に圧倒され、出し物はコスプレ喫茶になってしまっていた。
私も文化祭の途中、コスプレ喫茶を覗きに行ったのだが、楓がイメージ違いなコスプレしていて失礼だけどちょっと腹を抱えて笑ってしまった。
かくいう私たちのお化け屋敷は思ったより好評であり、3日間ある文化祭のうち最終日は本当にたくさんの人達がやってきてくれてとても記憶に残る文化祭であった。
そして10月、スポーツの秋ということで体育祭が始まる。
競技は多種多様であり、中でも記憶に残っているのは全校生参加の卓球大会-個人戦である。
文字の如く全生徒"強制"参加の卓球大会であった。
流石に全校生参加となると時間もかかるので、最初に8人組でリーグ戦を行い、そこで勝ち抜けた上位一名のみがトーナメントに出場できるというような流れになっている。
私は生憎卓球の経験はなかったのだが、元々体を動かすのが得意だった私は前日の卓球部直伝のトレーニングも相まって、見事トーナメントへの出場を決めた。
そして迎えるトーナメントの初試合。
対戦相手はなんと楓だった。
本当に頭部からビックリマークが飛び出すぐらい衝撃的だった。
これは偏見だけど、楓は勉強はできているけれど運動はからしきできない方とばかり思っていた。
互いに苦笑いしながら会釈だけして、私のサーブで試合が始まった。
正直言って激戦であり尚且つ接戦といってもいいだろう。
その証拠に私たちのラリーは、現役の卓球選手を思わせるような動きであったと、後に卓球部顧問が語っていたくらいだ。
結果は私の勝ちだった。
試合が終わった後、少し楓と気まずかったけど、互いに謙遜しあっていたらいつもの感じに戻れたので結果オーライだろう。
その後少し休憩して、二回戦目が始まる。
背中からの"親友(ライバル)"からの声援を糧に私は現卓球部員との互いに激しい戦いを繰り広げる・・・。
結果は私の敗北に終わった。
といっても完全敗北というわけでもなく、最後は互いに握手を交わしたくらいにはいい勝負ができたと思う。
実際に握手は交わしたわけだし・・・。
そんな感じで私達の体育祭は終わった。
ちなみに体育祭は全日黒崎は欠席(サボタージュ)であった。
体を動かすのは汗をかくから好きではないとのことらしい。
そこが体を動かすうえで一番良いところだと思うんだけどね。
そして迎えるのは冬休みである。
夏の様に楓と何処かに旅行などはしなかったものの、パパの他県への出張が重なる中で自宅がフリーになると気が合ったので、
そのタイミングを見計らって楓を家に招待して、沢山おしゃべりしたり、ゲームをしたりして遊んだ。
クリスマスも生憎、パパは出張中だったので例の如く楓を家に招待して、二人で楽しくクリスマスパーティーを開催した。
年越しはパパの実家がある北海道の田舎の山奥まで帰省し、嫌いな親戚達とともに渋々新年を迎えた。
年が明けたら三学期の始まった。
だけど三学期にこれといった目玉のイベントもなく、そのまま3年生の先輩たちの卒業式を迎えた。
特に部活動などにも所属していなかったので、お世話になった先輩も別にいなくて正直どうでもよかった。
そして卒業式が終わり、私の一年の長い旅が終わったのだ。
◇◇◇◇◇
────そして時は現在に至る。
私たちは今も、丁度一年前に配られたアンプルウォッチを肩身離さず手首に取り付けている。
アンプルウォッチが配られてからの一年間、とくにこれは私たちに悪影響を及ぼすこともなかった。
水島先生から湧き出るあの"悪意"は一体何だったのだろう────。
「ねぇー、もみじ? 話聞いてるの?」
親友が声をかけてくる。
思い出の"淵"を彷徨っていた私が浮上する。
「あぁ、ごめんごめん! なんか昔の事思い出しててさー。
一年でいろいろ"変わった"よね私達。」
自分で言っていても気が付きはしない"核心"に触れる。
時が経てば自ずと"変化"はやってくるものだ。
そんな当たり前の陰に姿を隠す"悪意"は見ず知らずの内に人生を汚染していた。
後に誰かが語る。
『アンプルウォッチ────。
それは"体験"を操作する思い出の特効薬である。』
私は一年前とは違う、変わり果てた親友の瞳を見る。
そしてその瞳に映る自分自身に対し、私は────、酷く落胆した。
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