第5話 プレゼンツ

急な話過ぎて、先ほどまでキャッキャッと騒いでいた生徒たちはシン、となる。


それと同時に不安や心配が入り乱れる声が上がる。


「ただ、先生も言うのが少し遅れちゃったので今外した生徒は退学にはなるけれど、退学後のサポートは"うち"の方でしてあげるわ。

だけど、今日以降にアンプルウォッチを外してしまった場合、問答無用で退学処分になってその後のサポートも"うち"では一切しません。」


未だに学校側の目的は不明だ、しかしわかることがあるとすれば学校側は生徒側が時計を"捨てる"者はいないと思い込んでいる。というところだ。


なぜなら、この"タイミング"。


明日から新しい学校生活が待っているこの"タイミング"で、それを捨てられるものなど果たしているのだろうか。


仮にこの場で"時計"を捨てるものがいたとすればそれは・・・。


ガチャリ────。


物音がした。


その物音はすぐになにか分かった。


それは時計を"捨てた"音だ。


「なるほど、あなたはその時計を外すのね、宮本君」


そう先生が生徒の名前を呼ぶ。


それに反応するように他の生徒たちも"宮本"と呼ばれる生徒の方へ視線を向ける。


「はい、俺普段時計とか付けないし、それに腕時計つけるとなんかむずむずするんですよね。」


「そう、わかりました、それなら・・・残念だけど宮本君は退学よ。」


「ほーい。」


そんな緊張感もない返事で"宮本君"は教室を去っていった。


その"宮本君"と入れ替わるような形で生徒会長の信条先輩がやってきて、廊下越しから教室の様子を伺ってきた。


「ほかにいないかしら・・・」


私は時計を外すか頭を悩ませていた。


なぜなら先ず、今のところこの"時計"には害はないということが分かっている。


それにこれは"拘束具"の類でもない。


はっきり言ってしまえば、デメリットは四六時中つけていないといけないということだけだ。


外した場合は間違いなく学校に連絡が入るような仕組みになっているだろう。


私は恐らくこの"時計"を3年間付け続けなくてはならない。


痛くもなけらば怖い物でもない。


ただずっと付けていればいい、それだけ。


「居ないわね・・・、それじゃあ以降にアンプルウォッチを外したものは即退学になります。

ので皆注意してねー! はい! ロングホームルーム終わり! 解散! 皆明日学校でねー!」


水島先生は生徒全員に時計を外す意思がないことを悟ると、注意喚起だけ行い、嵐の様に教室を去って行ってしまった。


いつの間にか先ほどまで廊下から教室を眺めていた信条先輩の姿もなくなっている。


「・・・」


教室内は少しの沈黙。


一人の生徒が立ち上がる。


それに流されるように他の生徒たちもぞろぞろと教室を出ていき、帰宅していく。


中には友人達とあつまって時計で遊んでいるものも居たりした。


私もそろそろ変えるかと腰を上げようとすると、教室の外からこちらに向けて手を振る人物が居た。


「鹿野さーん。」


橘さんだ、どうやら左手首に時計を付けているのをみると、おそらく他のクラスでも先ほどと同じようなことが起こっていたのだろう。


私も手を振り返し、机の横にかかっていたリュックをもって席から立ち上がる。


その際、隣人の様子を伺ってみると彼はまだ窓の外を眺めていた・・・。


昇降口前で上履きから外靴に履き替える。


「へー、そちらのクラスには外す人も居たんですねー。」


「そうなんだよね、なんか手がむずむずするからって言ってて今思えば少し笑っちゃうけど、凄いなーって思ったよ。」


時刻は12時10分頃、私たちは先ほどまでクラス内で起こっていた出来事を報告しあっていた。


「鹿野さん、あ、あの、お昼どうするんですか?」


すこし遠慮しがちに彼女がそう聞いてくる。


特にお昼をどうするも決めていないので、少し悩んでから・・・。


「お昼は自宅で食べようかなー。なんて今考えてました。」


そう答える。


「あ、あのよかったら一緒にお昼でもしませんか?

実は駅前に新しくできた喫茶店があるらしく、なかなか一人では行けず困ってまして、、、」


なんだ、そんなことか。


であればお誘いを断る必要はない。


「あ、はい! 勿論いいですよ! 一緒に行きましょう・・・!」


時刻は6時を回る。


駅前の出来たばかりの喫茶店へ向かって、サンドイッチの定食を食べてから流れで本屋に行き、その後カラオケ、雑貨屋・・・と色々とはしごしているうちにこの結果である。


「今日は楽しかったね! また明日からも宜しく!」


「うん、それじゃあね!」


二人の距離はこの数時間ですっかり縮まっていった。


今となっては互いに名前を言い合うくらいだ。


私は楓ちゃんに手を振りながら駅とは反対方向にある自宅へと足を向けた。


暗い山道を街灯を頼りに歩いてゆく。


自宅が見えてくる。


家は既に明かりが灯っており、珍しくパパにしては早いお帰りだ。


私は玄関の扉に手を掛けて、押し開こうとする。


すると・・・。


「あれ? 開かない。」


鍵がかかっているのかと思い、インターホンを鳴らす。


「パパ? 玄関鍵閉まってるけど、帰ってきてるから開けてー。」


そうマイク越しに居るであろう人物に向かって声を掛ける。


「あー、その声は学校初日から遊びまくっている方でしょうか? もしもーし。」


無性にムカッとしたが、そういえばと思い、朝のやり取りを思い出す。


自分自身もこんなに遊び惚けるとは、思っていなかったのでこれはやってしまった。


まさか楓ちゃんみたいな友達ができるとは思ってなかったのだ、これは完全にこちら側の失態だ。


「ごめんなさい、パパ。 仲いい友達ができちゃってつい・・・。」


そう、つい弱気になってしまう。


「夕飯は・・・、食べた?」


夕飯までは食べてはいない、その旨を伝える。


それを聞いて嬉しかったのか、向こうの声はインターホン越しに絶たれ、スタスタと玄関に向かってくる足音が聞こえた。


ガチャリ────。


玄関の扉が豪快に、そして勢いよく開く。


「よろしい、それではパパ特製のカレードリアを御馳走しよう!」


「・・・」


もう、この際夕飯はなんだっていい。


私は『ありがとう』とだけ伝えて、家に上がる。


夕食を終え、居間にいるパパに『お休み』とだけ伝えて自室へと向かう。


時刻は9時30分。


今日は久しぶりに歩き回ったせいか、足が悲鳴を上げていた。


ベットに向かってダイブする。


「はぁー。 疲れた。」


左手首にある腕時計を眺める。


夕食中、パパからさすがに『それ何?』尋ねられた。


口外禁止という決まりがあったのであまり深くは触れず、『学校からもらった』とだけ伝えてその場はやり過ごした。


配られて以来、ずっとこの時計は付けっぱなしだ。


しかし、この時計はなにも悪いことばかりではなかった。


楓ちゃんと色々遊びまわっているときの事だ。


新しくできたという駅前の喫茶店に向かう途中、スマートフォンではその喫茶店の情報がわからなくお店の住所がわからなかった。


そんな中、困っていると、ナイス(AI)が私たちの会話を聞いていたらしく、お店の情報をどこからともなく入手してきてなんとかその喫茶店に辿り着いたのだ。


それとこの時計は最近流行りだしている電子マネーというものも兼ね備えおり、支払いの時がとても便利だった。


とにかくこれは時代の進化を感じた一品であった。


私はそのまま今日の思い出に浸りながら、スヤスヤと夢の世界に落ちていく。


その途端、光を灯しながらアンプルウォッチが起動する。


今私には意識はない。


液晶には『06:00』と記され、その光を閉ざした。 

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