第4話 悪意の根源

入学式が始まるまでの約30分間の自由時間はあっという間に過ぎていった。


時刻は8時55分。


私達1年1組含めた1学年生徒全員は今、体育館の正面入り口前に待機していた。


周りの生徒たちは教室に居る時といたって変わらず、仲良くなった者どうしで会話をしている。


かくいう私はというと、特に喋る相手もいないのでただひたすらにボーッとしている。


すると見知った顔が手を振りながら近づいてきた。


「鹿野さん、どうも!」


先ほど、校門入り口で知り合った橘楓だ。


眼鏡を掛けており、整った制服の着こなしは優等生を表すかのような彼女の容姿は、

制服の着こなしを少し崩した私と比べると、少しばかり劣等感に包まれてしまった。


「どうも、橘さん。 2組の雰囲気はどんな感じですか?」


「そうですね、、至って普通のクラスでしょうかね。 外から見たところ、既にグループ分けがされているような気がしまして・・・。

私としては遅れて登場した身なわけで、中々グループにのめり込めない状態ですね・・・。」


やっぱり、そうなんだ。


『私も教室内で同じような状態です』と彼女に簡易的な報告だけ済まし、軽く雑談していると・・・、


「おーい、紅葉。」


と聞き飽きた呼びかけが聞こえてくる。


「なにかようですか? 黒崎さん。」


「そんな、他人口調で返されると、一歩後ずさってしまうんですけど。」


「他人もなにも、先ほど知り合ったばかりだし、簡単になれなれしくされても困っちゃうんですけど・・・。」


実をいうと先ほどの入学式までの約30分間の空白の時間。


こいつはさんざん私に話しかけてきたのだ。


『朝ごはん何食べたの?』や『休みの日は何してんの?』などなど。


その度に一問一答で返答していたのが問題だったのか、おそらく、いや既に彼の"友人"という関係に私はなってしまったらしい。


「まぁ、まぁ、そういわずにそろそろ入学式始まるから水島先生の所に集まってだって。」


彼はどれだけ伝えてこの場を去って行こうとする。


私も『ありがとう。』とだけ彼に伝えて、彼の背中を追うようにこの場を離れようかと思った時だった。


「こんにちは、黒崎さん。」


ふと、今まで一緒に居た彼女が彼に向かって挨拶をする。


しかし、声は届いているはずなのに、彼は挨拶に見向きもせず、その場を後にした。


「知り合いなの?」


ふと疑問に思ったので、彼女に質問してみる。


「いいえ? ただなんというんでしょうか、彼のような人間は珍しくてですね。

 つい、声を掛けてしまいました。」


そんなこともあるんだ、とだけ思い『それじゃあ』と別れの挨拶を彼女にして私もその場から立ち去ることにした・・・。


吹奏楽部の演奏と共に、体育館の正面入り口の扉が開かれる。


私達新入一年生達は、それを合図に二列になって、今流行りの楽曲が響く空間へと足を踏み入れた。


入ってすぐに見えるのは保護者の観覧席だろうか。


もちろん見覚えのある顔はない。


パパも残念ながら今日の入学式には参加していない。


そんなこと、昔は悲しかったが今となっては特に気にしていない。


パパは普段、"仕事"で忙しい。


ただ小学生の時、初めて、一度だけ授業参観に見に来てくれた時は凄く嬉しかった。


授業は図工で、丁度今の今まで作ってきた作品のお披露目会だった。


作品のテーマは自分の"きもち"を表すというテーマで、たしかその時初めて自分の気持ちというものを考えた。


そしてその時、私が描いた"きもち"。


私はその自信たっぷりの"きもち"をみんなにお披露目した。


今でも思い出す、その時からだった。


初めて自分が他人とは少しぶれていると気が付いたのは・・・。


私達新入一年生達は、目の前に引かれているレッドカーペットを歩いていき、先生の指示通り自分たちの席に着く。


吹奏楽部の演奏が鳴り止む。


すると、体育館の中央舞台の上に若い人物が不慣れな歩き方で登ってゆく。


トコトコ。


偶に『おっとっと』などという腑抜けた声を漏らしつつも、中央の演台にたどり着く。


そして目の前にあるマイクに向かって、一呼吸した後に。


「えー、皆さんこんにちは、学園長の浅峰徹です。 まずは新入生の皆さん、ご入学おめでとう。

君たちの入学を心より感謝しております。」


"彼"は浅峰徹と名乗る。


私は不思議なことだが"彼"を初めて見る。


なにせ学校のウェブページにすらその外見は映されていなかったのだ。


だから初めて"彼"を見て驚いた。


外見はまるで青年のようだ。


髪型は派手な赤髪で、服装は外見には少し見合わない高級なスーツを身にまとってはいるものの、

外見だけは完璧なビジネスマンのような雰囲気を醸し出していた。


「初めて私を目にする方もいらっしゃるかと思いますので、ご説明をさせていただきます。

私は姓の通り、この街の"守護者"などと呼ばれている浅峰一族のものでして、昨年度までの先代の12代目学長、浅峰悟の息子に当たります。」


後ろの席に位置する保護者の観覧席の方からはざわざわと話し声が聞こえてくる。


「外見が幼げに見えて、不安がる保護の方々もいらっしゃるでしょう。

しかしご安心ください、この浅峰徹、皆様方のご期待に沿えるよう全力でお勤めさせていただきますのでどうか、宜しくお願いいたします。」


それだけ言って、浅峰徹は舞台を降りて行った。


その後は、新任の教師一行の紹介があり、水島先生の紹介時には先輩の生徒たちからの歓声が上がっていた。


他には教育委員会の代表者の御礼だったり、浅峰市を拠点に置く議会委員の人の御礼だったりなどが長々と続いていった。


周りの生徒たちはうたた寝するものもいれば、近くの生徒同士でおしゃべりする者もいた。


私も段々と集中力が切れてきて、寝てしまおうかななんて考えていた時・・・。


体育館中の視点が、舞台に上がる人影に集まった。 無論私もだ。


「・・・2年、生徒会長の信条奏太朗です。 新入生一同の入学を心より感謝いたします。

皆様方が心地よい学校生活を迎えられるよう、日々精進してまいりますので宜しくお願いいたします。」


生徒会長はそれだけ短答に伝え、舞台を降りる。


正直びっくりした、今まさに強制力というものが働いたみたいに舞台に目を向ける以外の選択肢が存在しなかった。


生徒会長から"悪意"というものはない。


もし仮にアレで"悪意"を内に秘めているのであればそれは、強者ということだ。


それだけ身に染みる思いを今体感した・・・。


それ以降は特段目立った事もなく、すぐに入学式は終わった。


その後、すぐに自身の教室へと戻り、水島先生がやってくるのをただ待つ。


教室で先生を待っていること10分、ようやく廊下からこちらへとやってくる足音が聞こえる。


しかしその足音は少し不思議で、一人の足音ではなく複数人の足音が聞こえてくる。


ガララララー。


スライド式の教室のドアが開かれ、先生がやってきた。


しかし開いたドアは閉じようとせず、何かを待っているようだった。


「お待たせしましたー! 今から皆さんにプレゼントをお配りするので少しお待ちくださいね!」


そういうと廊下から黒ずくめのスーツを身にまとった大人たちが銀色のアタッシュケースを複数個持ちながら教室へと入ってくる。


見るからに怪しそうだった。


そして生憎と今やってきた彼らは、隠しきれていない"悪意"をまとっている。


既に黒く染まり切っていた教室が外部からやってきた染みよって濃さを増す。


彼らは各自持っていたアタッシュケースを各先頭の列の生徒たちの前で広げ、中のものを後ろへと配るように促す。


私の元にも中身のものがやってくる。


一つだけ手にもって、後のものは後ろに回す。


自然と気になって、隣人の顔を覗いてみる。


しかし目が合うことはなく、彼は窓の外の景色を眺めていた。


最後の列の人たちまで配り終わると、黒ずくめの大人たちは教室を去っていった。


すると水島先生が口を開く。


「はーい! というわけで今お配りしたのがプレゼントになりまーす! 皆開けてみて!」


配られたものは化粧箱のような形をしており、上のフタ箱を言われた通りに取る。


すると中身は表面に液晶が取り付けられている腕時計のようなものだった。


「それはアンプルウォッチといって、手首に装着するとみんなの学校生活をサポートしてくれる優れモノなの!」


そう新しいおもちゃを与えられた子供の様に興奮する水島先生は淡々と説明してゆく。


「さっそく皆手首につけてみて!」


私は少し躊躇した。


なぜならそんなことを言う水島先生から"悪意"が立ち始めたからだ。


周りの生徒たちは迷いなく手首につけてゆく。


私は不安になり、再び隣人の顔を覗いてみる。


しかし彼は先ほどと変わらず、窓の外を眺めていた。


私は諦めて、再び腕時計と向かい合おうとする。


すると・・・。


「嫌なら、、付けない方がいい・・・。」


隣人の声だった。


その声には"感情"が詰まっているような気がした。


私は・・・。


そう少し悩んでいると、水島先生がこちらへやってくる。


「どうしたの? 紅葉ちゃん。 早くつけちゃいなさいよ!」


そういって先生は腕時計を強引に私の手首に巻き付けてこようとする。


私は抵抗した。


しかし、ふと再び隣人の方を見てみると迷いなく腕時計を自分の手首に巻き付けていた。


私はその光景に呆気にとられてしまい、気が緩んだのか結局腕時計を付けられてしまった。


「はい! あら、似合ってるじゃないの! そのほうがいいわ。」


すると満足したのか、水島先生は教壇へとスタスタと戻ってゆく。


「はい、それじゃあ皆アンプルウォッチの液晶部分に触れてみて!」


腕時計を付けられてすぐに外してもよかったのだが、即効性のある"害"はなかったため、言われたとおり指示に従った。


すると、液晶が点滅し、少し経つと・・・。


『『『こんにちは、私はあなたの為だけのサポートAIです。 名前を付けていただけますか?』』』


「えぇ!? 時計が喋った!?」


私は驚いて、つい声を出してしまった。


しかし、驚いたのは私だけではなかったらしく、周りのクラスメイトも同じように声を上げ、驚いていた。


「その子達は、サポートAIといって、生きて学習している脳みたいなものと思っていいわよ!

皆の学校生活をサポートしてくれる良い子たちなんだからー! 早速皆その子達に名前を付けてあげてね!」


エーアイなどという聞きなれない言葉や生きている脳などと言われてもあまりイメージがわかない。


ペットみたいなものなのだろうか。


「ナイス────。」


私は昔家で飼っていた『ナイス』という愛犬の名前が咄嗟に浮かんだのか、うっかり声に出してしまっていた。


「ナイス ですね。 承知しました。 ピピピピ。 こんにちは、私はナイス。 あなたを為のサポートAIです。」


「あ、」


ついやってしまった、私はこれから既にこの世にはいないであろう愛犬の名前を呼び続けなくてはならないのか・・・。


周りの生徒たちも色々と自分の趣味にちなんだ名前などをこのエーアイに付けていっている。


キャプテン・スターだったり、メタルマンだったり。


アニメのキャラクターだろうか。


とにかくみんなの趣味嗜好が少しづつ分かってくる。


なんだろう、少しだけウキウキしてきたぞ。


隣人はなんと名付けたのか気になったので、彼の方を見てみる。


「ねぇ、なんて名前つけた・・・の。」


少しだけ衝撃を受けた、いや一周回って少しどころか凄く恥ずかしい。


「もみじ ですね。 承知しました。 ピピピピ。 こんにちは、私はもみじ。 あなたを為のサポートAIです。」


「「・・・」」


名付け親であろう隣人も硬直していた。


「いや、"紅葉"の名前を呼ぼうとしたら・・・。」


「はい、なんでしょう。」


「「・・・」」


「・・・わかったから、、学校では外しておいて・・・。」


そう隣人に促す。


すると今まで教壇でニマニマしていた水島先生が急に声色を変えて生徒全員に聞こえるように。


「あ、アンプルウォッチは四六時中外さないでね! 実はそれ、皆の命を守っているものでもあるの。

まぁ、"身体"に影響があるわけではないから心配しないで大丈夫よ! ただもし外した場合は"退学"になるわよ。」


あのアマはとんでもないルールを言いやがった。


これが"悪意"の根源だったのだろうか。

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