第2話 峠からの景色は・・・
家を出てから30分程経つ。
自宅付近の周りは山々に囲まれており、学校へ向かうまで何度か小さい峠を越える必要がある。
そして今、この最後の峠を登り切れば、学校が見えてくるのだ。
「はぁ────。」
つい、溜息がこぼれてしまった。
ここまでの道中、タイヤが泥まみれのトラックや無人の路線バスなどが私の背中を追い越して行った。
その度に、『バス通学が良い』なんて考えが浮かぶ。
私の選んだ"選択肢"によってはバス通学も夢ではなかったのだが、生憎と私が選んだ"選択肢"はバス通学を夢に見る乙女ルートであった。
一週間前の事、居間のソファでゴロゴロとしていると、パパがこんなことを聞いてきた。
『お小遣いかバスの交通費どっちがいい?』
そして私はそんな意地悪な二択を急に迫られた挙句、前者を取ってしまったのだった。
今考えてみれば高校生になればアルバイトもできるし、お小遣いの心配は迂闊だったと反省している。
でもまぁ、アルバイトを始めればバスの交通費も出せるようになるだろう・・・。
峠を登りきる。
「わぁー、すごい綺麗。」
ここにたどり着くまで大体30分弱歩いた。
峠から見える景色は、その功績を称えるかのように私を祝福する。
フレームの端にはまだ緑が映るものの、ピントの合う中心はとても美しいものだった。
朝方に現れた霧は朝日によって浄化されるように、空へと消えてゆく。
遠くの空を眺めると、白い雲が"生きている事"を実感する。
中心に見える街は朝方ともあろうことか活気だっているように見える。
それは、とても"幻想"的な光景だ。
思わず見入ってしまう。
「・・・」
以前も目にした"幻想"的な光景。
まるで現実には起こりえないと、まるで魔法のようだと思わせる光景。
その光景は"経験"か。
いや、この光景は今の"体験"である。
まだ少しだけ寒い空気が私の手を冷やす。
それに"感覚"はある。
双方を囲む山々から聞こえる鳥の囀りも今"体験"していることを証明付ける。
既に数秒前となる"思い出"に浸る。
その時の感覚は既に存在しない。
あるのは今"手が冷たい"という感覚だけだ。
思い出は三次元ではない。
思い出は二次元だ、真っ平のキャンパスだ。
そこには感覚も感情も決して存在してはならない。
ただ、"アレ"だけは別物だった。
"アレ"は今であってもその時の感情、感覚が鮮明に思い出される。
あれは思い出というより"舞台"だ。
私はその舞台の傍観者だった。
目の前にチが見える。
チの感覚(におい)がする。
二人の命が"命(あい)"を奪い合うフンイキを目で感じる。
しかし互いに黒い歪な"悪意"は見えもしない。
私は今の彼らの感情は、絶対的な"悪意"としか見て取れない。
しかしなぜ。
彼らに"悪意"は漂わない。
"悪意"を持たざるして、"悪意"を漂わせない。
これは矛盾している。
彼らは互いに自分の"命"を賭け、相手の"命"を狩ろうとしている。
しかしなぜ。
彼らに黒い歪な"悪意"は漂わない。
何故。何故。
"命"を狩るという行為は"悪"ではないのか。
何故。何故。
誰かを傷つけるという行為は"悪"ではないのか。
黒く歪な"悪意"が一向に漂う気配はない。
では彼らは一体何を持ち、互いに"命"を奪い合うのか。
その時はそれが何かわからなかった。
わかったのは、"彼ら"がいなくなった次の日だった。
「・・・」
朝方からいやな"舞台"を見てしまった。
これがパパのいう心に毒というやつなのだろうか。
左手首に付いているお気に入りの腕時計の針を見る。
すると腕時計の針は7時30分を回っていた。
「まじか────!」
つい、声をあげてしまった。
なにせ、峠を登り切ってから20分くらい呆けていたことになる。
この峠から学校までは歩いて20分くらいなので、遅刻とまではいかないが中々にギリギリ登校である。
私は反射的に足を動かす。
つもりだったのだが、後ろからこの辺りには珍しい音が聞こえてきた。
反射的に足を止める。
自転車を漕ぐペダルの音だ。
反射的にその音が聞こえてくる後方へと警戒して、振り向こうとした。
するとタイミングが悪かったのか、振り向いた直後に自転車は私を追い抜いた。
「そんなトロトロ歩いてたら遅刻するぞ?」
そう一言つぶやいて・・・。
「は!?」
別に自転車が語りかけてきたわけではない。
そんなことあってたまるか。
今後もしも"モノ"が私に語りかけてきたのであれば、なぜか生理的に受け付けないので絶対ぶっ壊してやる。
しかし落ち着け、私。
今の語尾に(笑)が付いてるような感じがしたのは多分気のせいなのだ。
ただ今、"私"が知らない変な奴に多分煽られた。
なんかもう、イラっとした。
「自転車なんて卑怯だぞ────!」
言ってやった・・・。いや言ってしまった。そして行ってしまった。
後ろ姿を見てみると男の子だろうか、彼は自転車で気持ちよさそうにあとは下るだけの坂を滑走してゆく。
「いいな、なんか楽しそう・・・。」
こうして最初のアルバイトのお給料ではかっちょいい自転車を買うことを決意した私は彼の後を追うように坂を下ってゆく。
「? そういえば、こっち側に同年代みたいな子住んでたっけ。」
ふと、今まで歩いてきた道を振り向く。
「まぁ、いいか。」
そう、今はどうでもよい。
「私は走るぞー!」
気持ちを切り替えて、私は彼に負けじと気持ちよく坂を滑走し、学校へと向かった。
私の今日から通う高校は『私立浅峰高等学校』である。
この私が住む『浅峰市』にある『浅峰高校』である。
そしてこの『浅峰高校』の学園長を務めるのは『浅峰徹』である。
そして前述を聞けば言うまでもないが、この『浅峰高校』もとい『浅峰市』は『浅峰徹』のテリトリーだ。
テリトリーと聞くと聞こえは悪いが、『浅峰徹』はいうなればこの街一番のお偉いさん一家の一族ということだ。
パパが言うには『浅峰一族』は数百年も前から代々この土地を築き、護り、発展させていっている『神様』みたいな人達らしい。
その話を嫌そうに言うパパの顔は渋柿を食べた後みたいだが、とにかくそれだけ聞くと"凄い"人達なんだなとはイメージが付く。
そんな"凄い"人達が築くこの『浅峰市』にある『浅峰高校』は言うまでもなく、地元では人気の高校の一つでもある。
『文武両道』、この言葉がこれほどまでにちょうどよくお似合いの高校ははて、あるのだろうか。
日本全国の名門大学への進学率は高くもなく低すぎることもない。
また毎年開催される部活動のコンクールや大会などの成績も目立つこともあれば、目立たないときもある。
要は私から言わせれば普通の高校である、つまりちょうどよい。
しかし多くの学生たちからはその"普通"こそ求めていたものらしいく、今年度は受け付ける生徒の数が昨年より大幅に増加したらしい。
ある知人にその理由を聞いてみると、『普通である事こそ、求められることもなく、求めることもしない無難な生き方だ。』との事。
要は皆まだ子供のくせに社会に出た時のレッテルを気にしているらしい。
ちなみに私の志望動機はそんなものではなくて、単にあれでも一番近い高校がここでしたというだけの理由だ。
まぁ、なにはともあれこれももう選んでしまった一つの選択であり、もう戻ることはできないのだから・・・。
「着いた。」
そのつぶやきと同時に、学校の校門を通り抜け、無事学校の敷地を跨ぐ。
時刻は7時55分、想定より少し時間がかかってしまった。
「「初日から遅刻はなんとか避けられた。」」
「ですか?」
ん? ふと漏れた声に被せるように声が聞こえる。
そんでもってその声をかぶせてきた本人は、まるでなんていうかもわかっていたような口ぶりで『ですか?』などと付け足してきた。
まったく、さっきの自転車の男の子に続けてなんて災難な。
聞いたことがない声がした方へと顔を向ける。
すると・・・。
「私、人の考えてることわかっちゃうんですよねー。」
語尾に音符のマークが付くようなウキウキ感で眼鏡を掛けた女子生徒は言葉を返してくる。
「・・・」
暫しの沈黙。
私はついクセで、その女子生徒から"アレ"が出ていないかを確認してしまう。
「どうしました?」
女子生徒は心配そうに顔を覗き込んでくる。
女子生徒から"アレ"は出ていない・・・。
「もしもーし。」
返事がいないので再び声を掛けてくる。
女子生徒から"アレ"は出ていない・・・。
「あの!! 話しかけているんですけど!!」
女子生徒は見た目に似合わず、大声で声を掛けてくる。
あぁ、またやってしまった。
いい加減この目利きは信用が"もう"ないから辞めようと思っているのだが中々辞められない。
「あぁ、ごめんなさい。」
別に悪いことをしているつもりはなかったが、つい謝ってしまう。
「・・・まぁ、別にいいですけども。」
「・・・」
再び暫しの沈黙。
「「あの・・・」」
再び、声が被る。
しかし今回の"被り"は別に意図的な発言ではないと目の前の彼女がオドオドしていたのですぐわかった。
なので次はこちらから声を掛けることにした。
「わ、私、か、鹿野紅葉って言います! 一年生ですか?」
ついテンパってしまい、歯切れ歯切れの挨拶になってしまう。
そして自分と同じ赤色のリボンということから『同じ新入生?』みたいなことを本当は聞きたかったのだが、
それも『一年生ですか?』などという意味のわからない質問になってしまう。
「・・・」
目の前の彼女の顔色を覗く。
最後がいつだったかは忘れたが、本当に久しぶりに同い年ぐらいの子との会話だったのでちゃんと意図が伝わったか心配だ。
彼女は私が不安げにしていることを悟ったのかすぐに期待した答えが返ってくる。
「私、橘楓です! 私も同じ一年ですので、宜しくお願いしますね!」
『よ、よかった────。』
そう、心の中でつぶやいて深く安堵する。
「取り敢えず、行きましょうか!」
彼女は私の手を引っ張ってくれるかのように声を掛けてくれる。
「は、はい!」
断る理由はない。のですぐに二つ返事をし、彼女へとついていく。
恐らく新入生のクラス分け表が張り出されているであろう、昇降口へと向かう。
その途中、会話はあまりなかった。
たまに振り向く彼女と目と目が合うたびに愛想笑いしあう程度。
まぁ、気まずい。
趣味の話などすればいいのか、それとも中学生の頃の出来事か、まぁ後者の話はあくびが出るほどつまらないが。
昇降口に辿り着く。
予想通り、昇降口の扉には新入生のクラス分けの表が張り出されていた。
私は"ここ"に中学の同級生が誰もいないことは知っているので、自分の名前と先ほど聞いた彼女の名前だけを探す。
「あ────。」
新入生のクラスは全部で4クラスあるらしい。
1年1組、1年2組、1年3組、1年4組と。
私は1組だった。
そして彼女のクラスはというと・・・。
彼女のクラスは2組だった。
「クラス別々でしたね。トホホ。」
私は『トホホ』と悔しい思いをしている彼女に声を掛ける。
「そ、そうでしたね、でもまぁ、同じ学年なんだしどこかであったら宜しくお願いしますね!」
縁がなかったんだなと、少し後悔する────。
学校に入り、自分のクラスがある一年生のフロアへと向かう。
一年生のフロアは2階にあった、途中食堂のようなものも見つけたので昼時は廊下が込み合いそうだなと感想をぼやく。
私の1組へと辿り着いた。
生憎と彼女の2組とは教室が隣通しだった為、別れると同時に各教室に入る感じだ。
「そ、それじゃあまたどこかで!」
「は、はい!」
互いにそんなぎこちない別れの挨拶を口にして、教室へと入る。
ふと、吐き気がした。
目の前に広がる閉鎖的な空間はなぜか過去を思いだたせる。
しかし、それが嘔吐感の原因ではなかった。
目の前に広がる空間とは別に、黒ずんだとてもドス黒い歪な"悪意"が閉鎖的な空間を埋め尽くしていた。
誰の"悪意"かは知らない。
ただ、私はその光景を目の当たりにして確信した。
あぁ、私はこの教室で"崩壊"する。と
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