第八十三話
年が明けて二日。初詣当日の午前中。天気は風が少し強いみたいだが、日差しはあるし、年始に相応しいご機嫌な感じ。
久しぶりの白川さんとの対面に備えて優雅に朝風呂。新年早々、失礼があってはいけないので、体の隅々まで泡を滑らせる。
飽きるほど見てきた自分の体をこう思うのも悲しいが、なんとも面白みのない体型だ。
やはり印象に残る体型とは、白川さんの
熱い湯に肩まで浸かり、学校の更衣室などで立ち会った白川さんの着替えに思いを馳せる。
数度に渡って、私は見てしまったんです。白川さんの、お腹を。
今も鮮明に記憶されている白川さんのお腹は、過去の水泳部での研鑽を思わせキュッと引き締まっていた。それでいて柔らかな膨らみを描く腹直筋が内臓の存在を感じさせ、あたかも美術館に飾られている大理石の彫刻作品のよう。
「え、お姉ちゃんお風呂入ってんの?」
おっといけない。半裸の白川さんを脳内に降臨させていたら、脱衣所から無垢なる妹の声が。長風呂になる前に風呂から出なければ。
体の水分を拭いた後、普段はケチって使用を控えているちょっとお高めのスキンケア用品を惜しげもなく使う。それはもうバシャバシャと。いやあ、あまりの優雅っぷりに自分が怖くなる。
昼食はお雑煮を食らい英気を養う。丸餅、旨し。
昨日のうちに緑青蛇へ初詣に出掛けた両親と夜宵の話を聞く限り、白川さんの予想に違わず混雑していたらしい。付近の道路は、警察の指導の下で本来禁止されている路上駐車が解禁されていたほどだとか。これは去年もだったかも。この様子では今日も混雑しているのか、それとも空いているのやら。
どっちにしろ、白川さんがいれば、デカさだけが取り柄の神社も御利益倍増の超パワースポットに早変わり。今日初詣の人は運が良いぞ。
化粧を終え、いざ出陣の時。約一週間ぶりの外出。
外の空気は冷たく、吸い込むと家に引っ込みたい気分になる。
しかし、今年の私は、去年までの私とは一味違う――こっちは見た初夢が違うんだ。
緑青蛇神社に到着。徒歩約十分。
通りの道路には車が一列にズラッと並び、歩道も多くの人が行き来し、防寒着を着込んだ警察官が誘導していた。二日目だが賑わっているようだ。境内とは別の敷地に屋台が密集し、風が運んできた香ばしい香りが食欲を刺激する。
一礼して鳥居をくぐり、待ち合わせ場所の境内に聳え立つ御神木へ向かう。時間にはまだ余裕があるが、早く着いていることに越したことはない。
鳥居から石畳の道に沿って進むと本殿の方に着く。お参りの列はそこそこで、息苦しさはなさそうだ。私は途中から道を逸れて御神木へ。
私の方が到着が早かったらしく、御神木の周りに白川さんは見当たらない。付近のベンチでは他の参拝客たちが屋台で買った粉ものなどを食べている。
「おい、あれ見ろよっ……!」
参拝客たちに紛れて白川さんを待っていると、石畳の方から僅かにどよめきが起こった。喧嘩かな?
雑木林越しに聞き耳を立ててみたら、石畳側の人たちは「なんだ、あのお嬢様は……!?」みたいなことを口々に呟いていた。喧嘩ではないみたいだが、何がお嬢様だよ。うちの学校の生徒会長じゃあるまいし。
野次馬根性で呑気に構えて石畳の方へ戻ってみると、人混みの向こう側に張り詰めた空気を感じた。
そして私は、お嬢様と呼ぶに相応しい存在を観測してしまった。
(し、白川さん……!?)
神聖な場所にそぐわない禍々しい威圧感を放つ白川さんが石畳を練り歩いていた。その堂々たる歩みに、道行く人たちは自ずと道を開ける。すごい、モーゼの海割りみたい……!
完全防寒装備で目元くらいしか肌が出ておらず、ぱっと見では白川さんとはわからないが、いくら着込もうと溢れ出る優雅さは隠せない。ああいう上品なコートも持ってたんだぁ。
まあ、バージョンアップした私なら、いつにも増して迫力のある白川さんを前にしても気圧されない。
待ち合わせの約束をしたのは誰でもない、この私だッ!
「白川さ~ん、こっち~……」
人混み越しに、白川さんに向けて手を振る。
私に気付いた白川さんは歩みを早めた。
「百井。あけおめ~」
合流した白川さんに先ほどから発していた禍々しい威圧感は無く、挨拶は気が抜けていた。
「あけおめっ。いや~、結構寒いね」
「そうだね」
「それに今日の白川さん、なんかお嬢様みたい」
「お嬢様……?」
白川さんはキリッと目を細めた。
やばい、初っ端から地雷踏んじゃったかも。何を頭に浮かんだことをそのまましゃべっているんだ。今年の私は去年までの私とは一味違うのに……でも、そんなこと考えてる場合じゃ……。
「別に悪いとかそういうのじゃなくて……えっと……」
「正解。今日のコンセプトはまさしくお嬢様」
そう言って白川さんはおもむろにマフラーを解き、大人っぽくメイクされた顔を露にした。
そして、いつも以上に巻かれている髪の毛に手を添えてファサッと風に靡かせた。気軽にやっていい仕草じゃないよ、それ。殺傷力が高すぎる。
白川さんは「ううっ、寒っ」と言い、すぐにマフラーを巻きなおした。
「イメチェン? 心機一転的な」
「そんなわけないじゃん。私が何故こんな意味不明なことになってるのかというと……」
「それは私がお答えします」
何者かが私の耳元でそう囁いた。
「何奴!? あ、雨宮さん」
「あけおめです。先ほどから気配を消していました」
私の背後から現れた人は美容師の雨宮さん。老若男女問わず人気を博す腕利きっぷりで、母親と夜宵も担当してもらっている。
露店で買ったと思われる達磨も、この人が持つとカジュアルなファッションの一部に見えてしまう。
「あれ? 百井って由良里さんと知り合いなんだ」
「うん」
(えっ、待って。下の名前で呼んでるの?)
「百井さんのお宅はお得意様なんですよ」
「ふぅん。まさか同じ美容院に通っていたとはね。スモールワールド」
「話を戻しますと、お嬢の今回のメイクやコーデは、お嬢のお姉さまからの依頼です。いわばお年玉替わりです」
「お年玉替わり?」
(それに今お嬢って言った?)
「お姉ちゃんが『これが私からのお年玉だ』とか言って由良里さんに無茶振りしてさ。お休みの中すみません」
「いえ。私もお嬢を玩具に……お姉さまから技術を評価していただき光栄です」
「ただでさえ別格な白川さんの魅力が存分に引き立っています……!」
私が言うと、白川さんは呆れ果て、雨宮さんはまんざらでもない顔をした。ありがとう、白川さんのお姉さん。
「あと、ここに来るの久々だから道案内してもらったの」
「店に飾る達磨を買うついでです。それでは私はここで。今後ともご贔屓に」
雨宮さんは人混みの中へ溶けるように消えた。人の行き来があるとは言え、いつの間にか私の背後を取っていたりと、あのフットワークは只者ではない。
「さて、初詣開始だ。手を洗う場所はどこだっけ?」
私の左隣を歩く白川さんは言った。
「道通りに行ったところにあるよ……というか、なんで雨宮さんに『お嬢』って呼ばれてるの?」
雨宮さんはアホな私にも丁寧な言葉使いで接してくれるが、常識の範疇に収まっている程度だと思う。
それを逸脱する白川さんへの小慣れたお嬢呼び。そんなの漫画とかでしか見たことないし、気にならないはずがない。
白川さんは「どうでもよくない?」とでも言いたげな顔をした後、サラッとこう言った。
「それは、うちの家系がヤクザの家系だからだよ」
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