第七十八話
白川さんとのクリスマスイブデートもとい、未代木沼散策は名残惜しくも終わりを迎え、午後五時頃に帰宅。
今日の散策を総括すれば、鶴は見つからなかったが不都合なく終わった。当初の超常現象への恐れも頼もしい白川さんの存在もあって払拭された。
それどころか白川さんの髪の毛に触っちゃったし、「あーん」もできて期待以上の出来事の連続。これまでクリスマス近辺の日にちに何の予定も無かった日々を過ごしてきた私からすれば、遥かに色づいた一日を過ごせて現実を疑ってしまう。
でも、私ばかりが良い思いをして、何かと手を焼いてくれた白川さんは楽しめていたのかな。今日一日表情の変化があまり見られなかった。白川さん的にはいつものことなんだが。
強いて言うなら、私の昔話を聞いている時は微笑んでいたように見えた。自分でもちゃんちゃらおかしいと思う昔話で白川さんを一笑させられたなら、幼かった私も報われる。
「しそ巻きおいしい~」
リビングで夜宵とお土産のしそ巻きをつまみ、年末で仕事が立て込んでいる父と母の帰宅を待つ。夜宵も今日は外出をしていて、テニス部員が企画したお茶会なる胡乱な催し物に参加していたらしい。
「へえ、生島先生ってまだいるんだ」
「そんなことよりもさぁ。お姉ちゃん、白川さんと遊んできたんでしょ。楽しかった?」
「まあまあかな。うん」
内心では今日の一連の出来事を思い出して踊ってしまいそうな気分だが、妹の手前、姉の威厳を保つためにも自重する。
「イブなのによく遊べたね。白川さんって彼氏いないの?」
「いないらしいよ」
「え~、不思議。ああいう美人には彼氏がいて当たり前なのにね」
夜宵が言うこの世の風潮は私も周知している。
けれども、誰にでも当てはまるものでないことを証明する存在こそ、他でもない白川さんその人である。
「人には色々と事情や考えがあるの。余計な詮索はしない」
「私の見立てだとね多分、白川さんは自立した人間なんだよ。学校でよく言われるじゃん、自立した人間を目指して日々を過ごしなさぁ~いって。実践できてる人ってかっこいいなぁ~」
夜宵は緩い声で敬意を語る。中二の妹からすれば、冴えない姉より優れた年上の方が尊敬に値するだろうし、憧れる気持ちもわからんでもない。
確かに白川さんは他人に頼る必要が無い完璧超人に見える。事実、態度が素っ気ない程度で、それはもう非の打ち所がない。
しかし、私は白川さんの脆さみたいなものを数度目の当たりにしている。弱みとかではなく、人間なら誰しもが抱える悩みの発露であり、むしろ愛嬌のある強さ。白川さんのそういうところがズルいと思うし、人間性を感じられて更に興味が増す。
「まあ、白川さんがフリーだなんて、世界の損失……人間は贅沢で愚か」
「というか、なんで白川さんのことをさん付けで呼んでるの? クラスメイトだよね?」
「ああ、うん。なんとなく、ね」
私と白川さんは、まだまだ浅い付き合いなので別にさん付けで呼んでも不思議じゃない。
尤も、クラスメイトに限れば、同じ中学を卒業した面子が多いこともあり呼び方は呼び捨てが基本となる。初顔合わせだった人も気のいい人が多く、今となっては気兼ねなく呼び捨て。
その中で私の「白川さん」呼びは
時は四月に遡る。
入学式から数週間後。私は陰なる本性は懐に隠してこそと思い、対面を保つことを第一に学校生活を過ごしていた。この不毛な努力を悪くないと感じ、そこそこ学校生活を楽しめていたことは幸運だ。
そんな環境の変化にも慣れた頃のある日の放課後。
自分の席でメモを用意しながらさりげなく教室を見回す。クラスメイトは部活に行ったり健気に勉強したり駄弁ったりと多種多様な行動が見受けられる。
特にやりたいことがない私は帰宅部。よく知らないが、この学校は帰宅部が許容されている。その分、生徒は何かしらの委員会に所属しなければならない。暇そうなものを吟味しているうちに、あれよあれよと良さげな委員会の枠は埋まってしまい、結局毎月の活動が約束されて多忙な新聞委員会に所属してしまった。
厄介なことに今日は新聞委員会の委員長、郷右近先輩から取材を命じられている。
一年生が学校新聞『雁舞新聞』で取り上げるネタを集める古い風習があるとのことだが、本当かどうか怪しい。ちなみに今回の哀れな標的は司書の先生。何かと耳聡いクラスメイトの乙部に情報を貰おうと思ったが、こちらはこちらで放送部が忙しそうだった。
直接取材となるが、下らない風習だと思うと気が進まない。でも、やらないと帰れなさそうだしなぁ。
話しかけてきたクラスメイトたちの相手を丁寧にこなして、頃合いを見て席を立ち、一番後ろの席で綺麗な髪の毛先を弄んでいる白川の背後を通る。部活には入っていないようだが、退屈そうな様子でもハイソな雰囲気が冴えわたっている。
あの子は自らの美貌に物を言わせてクラスに淫らな支配体制を敷くと思っていたが、その気配は一切なく大人しい。一人でいることは多いので実は人見知りなのかと思えばそんなこともなく、普通にクラスメイトと会話している。
これが何とも不思議なもので、明らかな壁を感じるのに声音や言葉選びが的確で絶妙な距離感を保っている。これこそクラスを牛耳るための人心掌握術なのかもしれないから油断ならない。
現状、普段の佇まいや授業態度を見る限り、髪色を除いて真面目な優等生と言える。
これに関して言えば、私がフィクションに影響されて非現実的なクラスメイトが奇妙な出来事を引き起こして退屈な日常を吹き飛ばす浪漫を勝手に期待していただけだった。
毛利や乙部から聞いた話によると、ママチャリでジャックナイフができるとか、入学式では新入生代表として挨拶する予定だったが蹴ったとか、水の上を走れるとか、数々の疑わしい逸話が湧いて出る程度にはポテンシャルがあるらしい。
一方、溢れんばかりの存在感から、大多数の生徒は畏怖と崇拝の念を集めて「白川さん」と呼んでいる。
私は会話したことないが、呼ぶなら他の生徒と同じく「白川さん」だろう。呼び捨ては心の中だけに留まる。私にとって無害な存在であれば特に関わりを持つ必要のない一クラスメイトでしかない。関わりを持つ必要がないというより、持てないが正しい。
そもそも私とは生きている次元が違う気がする。顔が綺麗で勉強ができて運動もできる。友達が少なそうなところ以外、欠点が見当たらない。正直、存在が面白くない。目の毒だ。
しかし、つい目で追ってしまう。
それほど白川は目立つ。ただそれだけの理由に過ぎない。
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