第七十七話

 品定めをそこそこにして会計を済ます。地場産品売り場の土臭さにもすっかり慣れた。

「流石に買い占めなかったんだね、しそ巻き」

 同じく会計を済ませた百井はそう言い、自分の財布をバッグにしまった。

「私と家族の分が買えれば十分だし」

「クリスマスプレゼントってわけだ。親孝行だね」

「できれば、ず~っと貰う側でいたいんだけどなぁ」

 私の嘆きに百井は深く頷く。

 そんなこんなで、いつの間にか午後四時過ぎ。

 大事な予定がある私のこともあり、本日はこのあたりでお開きとなる。さらば、最果てのオアシス擬き。

 施設の窓から見える白んだ空の様子から、日中の陽気は既に失われていることが察せられる。揺れている植木も風の強さを予感させた。

 吹きさらしの駐車場のバス停で突っ立っていると骨身に応えそうなので、施設内の休憩所でバスを待つことになった。


 休憩所へ繋がる通路を百井と歩いていると、温かみのある音楽が聞こえてきた。どうやら中央ホールでアマチュアバンドの演奏が始まったらしい。鼻をかんだティッシュ程度の興味でも、聞こえてくる音色につい聞き耳を立てて腕前を測りたくなる。

 その傲慢さゆえに、私と百井の会話は控えめになる……はずだったけど、百井は演奏そっちのけで私が持つしそ巻きが入ったビニール袋を見て、何かを推し量るような表情で口を開く。

「四つ買ったってことは、四人家族?」

「うん。姉がいる」

 我が家の猫も含めたら五人家族である。

「お姉さんいるんだ」

「仙台の大学に通ってて一人暮らししてるんだ。今は冬休みだから帰ってきてる」

「へぇ〜……どんな人? 天上人?」

 百井の突飛な言動に思わず転びそうになった。

「何言ってんの」

「だって、ねえ? 白川さんのお姉さんなら貴いお方に違いないもん」

 百井はしみじみと語る。姉の暮らしぶりを知っている私からは到底出ない印象だ。

「うち、一般家庭なんですけど」

「あ、そうだよね」

「まあ、私とは似ても似つかないかな。出来の良い姉を持つと不出来な妹は苦労するものなんだよ?」

「ふーん……白川さんって進路決まってる?」

 百井は急にげんなりすることを言った。

 こういう話題はどんな時でも胃がキュッとする。特に今は愛しき冬休み。学業に関する一切の事柄は脳裏から遠ざけたいのにな。

「漠然とね。お姉ちゃんと同じ大学に進学しようかなって。でも、親からは都内の大学を勧められてる」

「都内ならかなり頑張らないとだね」

 私としては頑張りたくないから、姉が悩みに悩み抜いて踏み固めた轍を進もうとしている。一度きりの人生だけど、身の丈に合った道を選ぶ決断も重要だと思う。受験に対する不安を払拭をできない限り、この考えが揺らぐことはない。

「百井はどうなのよ?」

「私? えっと……流れに身を任せてなすがまま~……みたいな。高校もなんとなくで決めたんだよね」

「そう」

「うう、自分が情けない……幼稚園の頃くらいから決めてる人だっているのに……」

 百井は荷物を持つ手で器用に頭を抱えた。

「そういう人は一握りでしょ。控えめに評しても全く参考にならない」

「うん……深く考えない方がいいよね。焦っても良いこと無いし」

 百井はそう言い、決意を新たに、って感じの精悍な横顔を私に見せた。

 言っていることは部分的に同意できる。進路選択を今のうちから必要以上に取り組んでも熱意は空振る。どうせ状況や環境は目まぐるしく変わる。まさに諸行無常。

 しかし、私は行き当たりばったりを真っ正面から肯定したわけではない。コネや縁故などの後ろ盾も無く人生を揺蕩うつもりなのか。

 その是非を見極めるために歩きながら百井の顔を覗き込む。余裕のある表情から一転、たじろいだ様子になり、眼鏡の奥の瞳は逃げ場を求めて挙動不審に揺れる。随分と脆い自信のようだ。

「ふぅん」

「な、なに……?」

「やはり、勉学に難ありの相が出ている」

「……人相占い? 当たってると言えば当たってるけど」

 人相占いができなくても百井の期末テストの点数が桂木さんと同程度なことは知っているので、勉学が疎かになっていると結論づけることは容易。点数が全てではないと思うけど、良き順位であることに越したことはない。

「少しくらい焦ったほうがちょうど良いかもね」

「学年三位に言われると、嫌でも危機感が湧くよ……」

 こんな嫌味っぽく諭さなくても、百井は周りの人の助けを借りて自立した人間へ成長を遂げるだろう。それこそ、進路にあれやこれやと言う役目は百井の親や進路担当の教員が請け負うはず。

 でも、ちょっと踏み込んで小言を言ってみたい気持ちがあった。百井が破滅一直線の危険な道のりを歩むことの方が心苦しい。

 それなら多少割りを食ってでも忠告した方がましだと思った。

 

 その日の夜。

 上等な鰤の握りの味を思い出しながらソファーに体を預けて風呂の順番を待つ。姉が入っているからしばらくの間、風呂が空くことはない。

 一緒に部屋に入ってきた我が家の猫は、にゃあにゃあと鳴きながらテーブルの脚に頭を擦りつけてから軽やかにソファーへ飛び乗ってきた。手が届く位置で丸くなったので毛並みを楽しみボーっとする。

 ふと、カーテンの閉め忘れに今さら気づく。今日は歩き回って疲れているから中々体が起こせない。とりあえず姿勢はそのまま、窓の外に広がる夜の帳を眺める。

 そして、明滅する薄ぼんやりとした光を見つけた。位置的には市内の公園の高台に聳えるロケット。去年から今の時期になるとイルミネーションが飾り付けられているらしく、ここからでも煌めきが確認できる。家族と寿司を食べたことだし、ようやくクリスマスって感じがしてきた。

 回りくどい認識の深まり方をしていると眠気がさし、うつらうつらとしていると、いつの間にかソファーから降りていた我が家の猫がテーブルに置いたバッグをしきりに嗅いでいる様子が目に入った。転んだ百井を受け止めるために投げ飛ばした拍子で汚れがついてしまったか。

 流石に気になるので、仕方なく体を起こしてバッグを取り上げる。

 バッグを見る限り汚れは見当たらない。中でハンドクリームが漏れていたかもしれないので中身を確認。特に異常は無い。

 我が家の猫に尋ねてもどこ吹く風で、今度はベッドで丸くなっていた。まあ、異常が無いなら無いでそれでいい。

 収納する前に再確認していると、バッグの内ポケットに何かを発見。それはメモ用紙、百井が描いたスチュパリデスの鳥の絵。満足感から貰っていたことをすっかり忘れていた。

 考えようによっては、百井からのクリスマスプレゼントと言える。私は何も贈っていないけど……。

 このメモ用紙と言えば、百井のサイン。裏面で私のサインと並ぶ百井の筆跡は名状しがたくて、つい独り言ちる。

「変な字」

 こんなメモ用紙をクリスマスプレゼントだと思っている私も、かなり変だ。

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