第七十四話
のほほんとした気持ちにさせる陽気の中、田んぼに面した国道を南下。途中の老朽化が目立つ錆びついた橋を渡った先の交差点で信号待ち。
赤信号をぼんやりと見ていると、鶴について事前に調べていたことを思い出した。
「鶴の頭が赤いってことは知ってるよね」
私はバッグを漁りながら百井に言った。
「タンチョウとかそうなんだっけ」
「頭をアップで写した画像あるよ」
引っ張り出した携帯電話を操作して、百井の顔の前に画面を持っていく。
「……うわっ、きっ……ラズベリーみたい……」
「皮膚なんだって、この赤いの」
「つまりハゲ……あ、つるっぱげってそういうこと?」
「冴えてるね」
そんなことを話しているうちに信号は変わり、横断歩道を渡ると、遠くの方に目的地の道の駅が見えた。
未代木沼から徒歩十五分、道の駅「和みの里 けやき」に到着。いかにもそれっぽい田舎臭い名前。
数年前に営業を開始したばかりで、まだまだ小綺麗な木造の建物が軒を連ね、そこそこの賑わいを見せている。駐車場の隣の芝生では数頭のヤギが囲いの中で雑草を
特に目につくものは、クリスマスフェアの一環として店の入り口に設置されたオーナメントが飾り付けられたクリスマスツリー。他にも建物の壁にイルミネーションのLEDが見受けられる。日中なので光が彩る景観を見られないことが残念だ。
「あー、疲れた……」
「意外と体力無いよね、白川さん」
「歩きっぱなしだったじゃん……あれ? これってさ、うちの学校にあったやつだよね」
クリスマスツリーの隣には見覚えのある鰐とロケットが合体した妙ちきりんなオブジェが展示されていた。見まごう事なき我が校の美術部が作った怪作。
「ほんとだ。美術部が言ってた道の駅ってここのことか」
「うわぁ、なんか変な気分」
自分が通う学校の生徒が作った奇天烈な物が大衆の目につく場所に晒され……もとい、展示されているとは、変わった感覚がある。芸術的価値があるとは思えないし、うちの学校とこの道の駅は癒着でもしているのだろうか。
「確かに浮いてるよね、『スチュパリデスの鳥』」
「……嘘でしょ」
丸太の台に乗せられたキャプションボードには「題名 スチュパリデスの鳥」と記されていた。
それを見て私の美術部に対する軽視は一転して、深い敗北感へと変わった。
居心地が悪かったタイツをトイレで履き直した後、フードコートへ。そこで私は竜田揚げ定食としそ巻きを注文。百井は国産豚を使用したポークカレーセットを注文。お昼時を過ぎていたから日当たりが良い席の確保は容易だった。
本来であれば竜田揚げの衣の触感や柚子胡椒の風味に期待して気分は高揚するはずだったけど、私の気分は沈んでいた。
「ありえない……この私の審美眼が……」
「そこまで落ち込むこと?」
木製のテーブルを挟んで向かいに座る百井はそう言い、スプーンを口に運ぶ。
「だってスチュパリデスの鳥と言えば、ギリシャ神話のヘラクレスに退治された体が青銅でできた怪鳥だよ」
「そうなの……芸術家かなんかの名前だと思ってた」
「なのに、表のあれは鰐とロケットが合体した悲しきクリーチャーにしか見えない……」
「鰐? 言われてみると頭は鰐感あったかも。まあ、言ったもん勝ちのところはあると思うよ」
「どうあれ、私は美術部の意図を汲めていなかったどころか、想像力で上を行かれてしまった。くぅ……」
私は忸怩たる思いに耐えかねてお茶を呷った。
「鳥……青銅……イメージとしてはこんな感じ?」
百井は何かを書き上げたメモ用紙をこちらに寄越した。
そこには無機質ながらも生物感が損なわれていない鳥の絵が描かれていた。
「そうそう、スチュパリデスの鳥と言えばこういうイメージだよ。というか絵上手だね」
「絵にはちょっと自信あるかな、なんて」
百井は得意げに言った。
上手、と言うには些か語弊があった。どこか見覚えのある画風に親しみが持てたと言ったほうが正しい。
本日の目的だった鶴の代わりにはならないけど、百井の個性が出力された鳥の絵に値打ちを見出せた。
「このメモ用紙貰っていい?」
「うん、どうぞ」
「ついでにサイン貰ってもいいすか?」
「サイン? 無いよ、私にサインなんて……」
百井は目を泳がせた。
「自分のサインを練習する時期くらいあったでしょ」
「そんな中二病みたいな時期無かったからっ」
「ふふっ、何言ってんの。私はあるよサイン」
「馬鹿な……白川さんともあろう人が、そんな無駄な時間を過ごして……」
頭を抱える百井をよそに私はバッグからペンを取り出し、手指の準備運動がてらのペン回しをしてからメモ用紙の裏に自分のサインをサラッと書いた。
「ほら」
「って、ただの筆記体?」
「そりゃそうよ。ハートか猫の絵でも付け足したほうがいいかな?」
「いや、余計な味付けは不要だと思う……」
「百井も書いてみてよ、筆記体。書けないならいいけど」
「な、舐めないでよ」
百井はメモ用紙の裏にぎこちなくペンを走らせた。
そして百井が恐る恐る返してきたメモ用紙には、こちゃこちゃした神官文字のようなものが書かれていた。
「この筆跡は……生半可な技術では真似できないね」
「うう、フォローになってない……」
「しそ巻きあげるから元気出しな」
私は百井にしそ巻きの皿を勧めた。揚げたしそは最強なので、あまりあげたくはない。
「ありがとう……ん、うまっ。お返しに、カレー一口食べてみる?」
百井はカレーを指差した。
カレーの食べ方は、混ぜずにルーとライスを均等に食べる方式のようだ。
「……カレーねぇ」
「あ、少し食べちゃってるけど……」
どうやら百井は私が断ると思ってしまったらしい。
「一口くらいなら貰おうかな。今日の夜ご飯は豪勢な予定だから、お昼ご飯は控えめにするつもりだったの」
「どうりでいつもより品数が少ないと思った。そこまでするってことは、もしかして……お寿司?」
「正解」
「よしっ……! じゃあ、スプーン貰ってくる……」
「別にいいよ。百井のスプーン貸して」
私が言うと、百井は混迷に満ちた顔をした。
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