第六十八話 澄んだ年越し

 十二月中旬。期末テストの返却が終わったある日の放課後。今日は以前から予定していた樋渡と桂木さんとテストの合計点を競う日取り。

 天下を分ける決戦の舞台は、あまり入ったことの無い五組。

 教室に残った生徒たちが冬休みの予定などで沸き立つ中、白黒つけるために教卓を囲む私と樋渡と桂木さん。そして何故かついてきた百井が私の右隣に構える。

「ふっふっふ……今日こそ私の手で引導を渡してやるぞ白川」

 腕を組み不敵に笑う樋渡は気迫に満ちていた。

「それ毎回言ってない?」

「私が勝つまで言い続けると思え」

「いつになることやら」

「宿命のライバルって感じ……」

 百井は静かに言った。

「ちょっと。私もいることを忘れないでください」

 桂木さんは不機嫌そうに言った。

「お前なんか眼中に無いね。鎧袖一触に蹴散らしてやんよ!」

「許さない……風紀委員会の名に懸けて後悔させてあげます……」

「ヤバいよ樋渡さん……!」

「た、確かに。目がガチだ」

「樋渡が煽るからだよ」

「後悔させてあげますよ、白川さん!」

 桂木さんは急にギュッとした視線を向けてきた。なんで私に矛先が向くのか。

 どうやら先ほどバイトに向かった神長が、「この面子なら、しぃちゃんに賭けるね」と私だけに激励のようなプレッシャーをかけたことが気になっているようだ。いい迷惑である。

「それでは百井さん。立会人を頼んます」

「厳粛で公正な審判を」

「お、応っ!」

 合計点を比べるだけなので審判は必要ない。

 そんなことよりも、この教卓一帯が教室に残る生徒から注目を集めていることが不思議だった。放課後の喧噪に勝るほどの大騒ぎはしていない。

 となると、原因は私を隔てて黒板側にいる百井の気がする。

 忘れかけていたけど、百井の美貌は天地を揺るがす。おかげで数多の視線が私に突き刺さっている。

 今月はクリスマスもあることだし、誰かしらと懇ろになろうと躍起になった挙句、百井に狙いを定めた人が多いのかもしれない。お目が高い。


 当然、勝負は一瞬で決した。

「そんなバカな……」

 結果を知った桂木さんは膝から崩れ落ちた。

「くっ……白川に負けた」

 一位は私。二位が樋渡、少し差をつけて桂木さんが三位となる。

 今回のテストでは、百井との勉強会を参考にして山を張った結果、運良く的中した箇所が多かった。

「やったぜ、いえーい」

「い、いえーい」

 勝利の立役者と言ってもいい百井のハイタッチはぎこちなく、私の腕時計のベルトに指の腹が当たっていた。

「白川さんならともかく、樋渡さんにも負けるなんて……!」

「私を甘く見たなお嬢ちゃん。頭良さそうなつらは飾りか~?」

「ぐぬぬ……」

「そういえば、負けた人たちはトップの人に飲み物を奢る約束だったよね」

「そんな約束してましたっけ……?」

「えっ、私に言われても……」

 私が睨みを利かせると、百井は口を噤んだ。

「お前~、出まかせ言ってるなぁ?」

「やれやれ。負け惜しみで素っ惚けたい気持ちはわかるよ」

「何をー! こいつぅ!」

「うわっ、ちょっとやめてよぉ。っていうか軽っ」

 樋渡が背中に飛び乗ってきたので、そのままおんぶしてクルクルと回ってあげた。

「ええっと、細かいのあったかしら……」

「いいなぁ……」

「口開いてますよ百井さん」


 下駄箱へ向かう私の手にはホットのミルクティーが二本。

「ふふっ、儲けちゃった」

「……いつの間にあんな約束してたんだか」

「いや、してないよ。はい、口止め料」

 私は片方のミルクティーを百井に手渡した。

「あ、ありがとう……スリリングなことするね」

「戯れにしては、ちょっと質が悪いとは思ってる」

「二人とも怒ってなかったし、いいんじゃない。多分」

 百井はそう言い、ミルクティーを軽く振った。

「樋渡とは中学の時に、よく奢りを賭けてタイムを競ったりしてたんだよ」

「水泳部だったんだよね、樋渡さん。やっぱりライバルって感じ」

「そうかなぁ。私は奢ったことないけどね」

「あー……。でも桂木はマズかったんじゃない? なんかピュアっぽいよ」

「平気でしょ。再戦申し込まれたし……何だろ? あれ」

 下駄箱に着いたところ、中庭では人だかりができていた。

 中心にいるのは緊張した様子の男子生徒と決まりが悪そうな女子生徒。

「どっかの飼い犬が侵入してきたとか?」

「ん-……もしかして告白じゃない?」

「えー!?」

 驚きが隠せない百井に負けないほど、私もあまりの非現実に度肝を抜かれている。それをバレないように格好つけることに精一杯。

 多様な告白方法が存在する昨今、今回の事例は物珍しい。騒動が終わるまで暫し見物としゃれこんだ。


「珍しいものが見れた」

 昇降口を出て真っ先に感じた風の冷たさは、先の男子生徒が齎した一種の清々しさが強めている気がした。この清々しさは寒いとも言う。

「見事な撃沈だったね」

「告白に踏み切る勇気に限れば見るところがある」

「でも土下座は周りの同情を引くパフォーマンスに見えちゃったな。独り善がりっていうか」

「クリスマスが近いから浮足立ったのかもね」

「そんな白川さんは、クリスマスの予定とかは……あるの?」

 百井に痛いところを突かれた。

「無い。なので、家族と過ごすかな」

「素敵だね。私もそうだけど」

「ちなみにイブも予定は無い」

「き、奇遇、私もそうだよっ。だったら、どこか遊びに行かない? イブに!」

 百井は必死な感じで言った。

 こんな百井を放っておくとは世はどうなっている。私の知らぬ間に肉食動物は数を減らしてしまったのか。

「独り身同士で傷の舐め合いでもしようってのかい。暇だろうから受けて立とう」

「ちょっと引っかかるけど、やったぁ!」

 恋愛は駆け引きがどうのこうのとテレビで言っていた。この近辺にはそういうことを重んじる人が多く分布するのかもしれない。

 けれども、頭でっかちに考えて様子見ばかりしていると、私のような緊迫感の無い人間に暇つぶしの予定を入れられてしまう。

「まあ、どこも混むと思うけどね」

「言われてみればそうだ……毎年渋滞が半端ないってニュース見る……」

「混むところを避けるなら、ちょうどいい。以前から温めてた計画を実行に移す時だね」

「計画って?」

「鶴を見に行こう」

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