第六十七話
四月初旬。春というには少し肌寒い朝。
今日は県立
私は新入生の内の一人。着慣れない制服に身を包み、今後飽きるほど通ることになる通学路を行く。
これまで日陰者の人生を歩んできたが、人並には女子高生生活への淡い期待と確かな不安がある。
特に、スカート丈はこれでいいのだろうか。目下不安の真っ只中。
心をザワザワさせながらも何事もなく学校に着き、新入生を歓迎する鮮やかな装飾が施された校門を抜け、他の生徒に混じり昇降口へ向かう。
自分と同じ制服を着た生徒たちには安心感を抱く。道行く女子生徒のスカートを見た限り、丈を直す必要はなさそうだ。むしろまだ攻められる。
昇降口にはクラス分けのプリントが貼りつけられたボードが設置され、一喜一憂する同級生たちで犇めき合っていた。
あの集団に突入するのは息が詰まりそうなので、私は離れた位置から目を凝らす。
「見えるかな……あっ」
またやってしまった。
漫画のキャラに影響を受けて、高校入学を機に眼鏡からコンタクトレンズに変えたというのに、中々眼鏡を直す仕草が抜けない。
「ふふふ……見てたよ百井。コンタクトならその仕草はいらないな」
いつの間にか右隣に現れた茶髪の女子は毛利維織。
こいつとは中学からの付き合いだが、事あるごとにお得意のオカルト話で私を恐怖のどん底へと突き落とす闇の住人。まあ、そこそこ良いやつではある。
「しょうがないじゃん、ずっと眼鏡だったし……」
「高校デビューおめでとうってところかな?」
「う、うるさいっ……そんなことより、クラス分けはもう見たの?」
「うん、私は一組だったよ。ちなみに君は三組だ」
「別々のクラスになったんだ」
「ま、お互い元気にやろうじゃないか。それじゃあね~」
毛利はそう言い、悠然と下駄箱へ向かった。
自分のクラスが分かったとは言え、面子は気になる。
気を取り直して状況を見ていると、左隣に一人の女子生徒がやってきた。私と同じく集団から距離を取っているらしいが、有象無象に一々反応していると他の生徒から不審がられるので静観を決めようとした。
けれども、その女子生徒の佇まいは非現実的で、思わず私は目を奪われた。
髪はグレーがかった明るい色合い、後ろ髪の中ほどから毛先まで緩く巻かれたロングヘア。
顔立ちは周りの間抜けっ面な生徒と比べ物にならないほど凛々しく、切れ長の目に睨まれたら心臓を掴まれたと錯覚させる冷淡さもある。
これらの要素が相互作用して、あたかも儚げなお嬢様のような雰囲気を放っている。辛うじて私と同じ制服を着ていることや、似た背丈であることが身近な存在だと認識させた。
一度見たら忘れるはずがない風貌なのに、この女子生徒を入学試験の場や合格発表の日に見た覚えは無い。
「見て……白川さんよ……!」
「あれが……!」
思い出したくもない受験の記憶を辿っていると、周りの生徒たちは件の女子生徒を見ながら口々に「白川さん」と言った。当然聞き覚えは無い。
程なくして集団が捌けたので、とりあえずボードに近づいた。白川も同じく。
毛利の言っていた通りに、私のクラスは三組。面子を見た限り、同じ中学出身の見知った人が多くて一安心。
気掛かりなことは、中学ではウザがられていた檀歩美と同じクラスなこと。
ついでに「白川」の文字を探した。
(白川……同じクラスだ。
前向きな良い名前だと思うし、周りの生徒から一目置かれる存在であることも認めよう。
しかし、夢見るなかれ、同級生諸君。
ああいう手合いの内面は、邪心がどす黒く渦巻いていると相場が決まっている。
どうせ他人を足蹴にして自分を引き立たせることばかり考えている、つまらない性悪女に違いない。
そんなやつと同じクラスでは、この先一年間が思いやられる。
ちょっと顔が良いからって、私は騙されないぞ。と、澄ました様子でボードを眺める白川の綺麗な横顔に向かって密かに誓った。
(百井って人の名前、字面がかっこいいな……「夜凪」と書いてどう読むんだろう?)
当の白川は、百井の誓いや周りからの注目など露知らず、右隣にいる百井の名前を呑気にかっこいいと思うだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます