第六十六話
翌日。十一月三十日金曜の通学路。百井の誕生日当日。
今日は両手に荷物があるので温かい手袋を装備し、いつもの時間より早く家を出た。百井から貰ったのど飴は口慰みに丁度いい。
朝方の冷え込みはすっかり恒常化している。マフラーは必須。初雪もそろそろだろうし、明日には冬のイメージが強まる十二月に入ると思うと時間の経過を如実に感じる。
特に私の場合は、百井と一緒にいると時間が過ぎる速度を早く感じてしまう錯覚が影響しているに違いない。
そんな百井と言えば、本日の主役。おめでたい存在。
脇役の私のお役目は、百井の誕生日を祝うこと。
人の誕生日を祝うことは、前向きな気持ちにさせてくれて元気が湧いてくる。
その証拠に、肌のハリ、ツヤ。髪の指通り。発声。顔の血色。食欲。諸々の体調はすこぶる良好。
滞りなく百井を祝えれば今日の予定は無いも同然。テスト前だからそうとはいかないところが学生のつらいところだ。
いつもより早い時間帯に学校へ到着。もう百井は来ているだろうか。
百井は学校に早い時間に来ていることが多い。勉強は嫌いみたいだけど、学校生活に何かしら楽しいことを見出しているのかもしれない。一学期の頃に見受けられた学校をサボる様子も最近は無いし良い傾向だ。
「おはよう、白川さん」
なんてことを考えていると、後方から駆けてくる足音と共に百井がやって来た。早く登校した甲斐があった。
「おはよう」
そのまま百井と合流し、昇降口へ歩みを進める。
「今日は早いんだね」
「ふふっ、そりゃそうよ。この荷物を見なさい」
私は右手に持っていた紙袋を百井に見せる。
「もしかして、それが……」
「はい、誕生日おめでとう。少し重いから気を付けてね」
勿体振るものでもないので早速百井に誕生日プレゼントを手渡す。
「うわぁ……ありがとう」
百井は声を震わせて受け取った。手応え有り。さては米好きだな。
「中身はブランド米食べ比べセット」
「えっ、まさか高級嗜好品!?」
「安心して。そこら辺のギフトショップで買える代物だから」
私が出所を言うと、百井は神妙な顔から一転して口角を上げた。
「大事に大事に保管するね」
「それはいいけど、忘れずに食べなよ」
「あ、それとも神棚作っちゃおうかな~」
真っ当なことを言っても百井は顔をニコニコさせるばかりである。
一先ず肩の荷は下りた。あとは来る期末テストに集中するのみ。
けれども、なんだか納得がいかない。
百井は満足そうにしている。多分。つまりは私の気が済まない感覚が問題。目の良さなら人一倍の私ともあろうものが、適量を見極められないとでもいうのか。
今日は私が欲を出す日ではないのに、ここで止まればいいのに、現状維持でいいのに、他の友達と差をつけてしまうのに、しつこすぎるのに。
「実は誕生日プレゼントはもう一個あるの」
人の少ない昇降口で、私は納得のいかない気持ちに負けた。
「隙を生じぬ二段構え……って事?」
「ある意味保険かな」
私は鞄の中から自分でラッピングしたもう一つの誕生日プレゼントを取り出す。結局、物量作戦である。
「本当にあった」
「お米は他の友達にも同じ物を贈っててね。で、いざ渡してみて思ったんだけど、やっぱり手抜き感あるかな~って」
「私も他の連中にはそんな感じだから全然気にしないよ。白川さんが祝ってくれただけでも嬉しい」
百井は謙虚に語る。
そんな感じの百井に要望を伝えていなければ、私への誕生日プレゼントは毛利さんと同じくたこ焼き器になっていたということだろうか。
「こっちは私が使ってみて良かった物から選んだ物だけど」
「なっ……?」
「これ以上は荷物になるよね。過ぎたるはなんとか」
やり過ぎを察した私は、もう一つの誕生日プレゼントを鞄の中に仕舞おうとした。
「ちょっ、ちょっと待って」
「ん?」
「誕生日にやり過ぎというものは無いと思います」
「それ喧嘩の
「大丈夫、誕生日にも当てはまるから! あと、貰えるものは貰っておきたいっ。白川さんのチョイスも興味ある」
さっきの謙虚さはどこへやら。私の欲深さが移ったかな。百井は誕生日なので多少欲深さに身を任せても許される。
何より、自分が選んだ物に興味を持ってもらえることが嬉しい。
「ふぅん、そう。じゃあ、今回だけの出血大サービスってことで、はい」
「ありがとう」
「オマケを付けたのは百井だけだから他の人には内緒だよ」
「うんっ。開けて見てもいい?」
「存分に」
「……へぇ~、アルバムかぁ。可愛い」
百井は新品の黒いアルバムに目を輝かせる。思いの外、反応が良い。
「最近
「うーん、現像したことないなぁ、写真」
「だと思った。データも現像してみると見方が変わるよ」
「……沼りそうだけど、これを機にしてみようかな」
百井はラッピングを器用に元に戻し、自分の鞄に仕舞った。
百井だけを特別扱いするわけにはいかない。今後、他の友達の誕生日プレゼントは色を付けるべきか。
まあ、内緒にしておけばいっか。
「参考までに作ったアルバム見に行ってもいい?」
私より二段遅く階段を上る百井が言った。
「いいよ。十冊くらいあるから楽しみにしてて」
「そ、そんなに……好きなものの写真はいくらあってもいいよね」
「まあ、何に使うかは百井の自由だよ」
踊り場に先に着いた私は百井の方に振り向いて言った。
背にした窓から差し込む日差しは私の冷えた背中を温めて、血色の良い百井の顔をとても綺麗に照らしていた。
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