第六十二話

 百井と期末テストについて話しながら銀杏の葉で黄色く彩られた歩道を歩く。百井は愚痴ばかりだけど、その湧き出る感情は学生らしさ満載で安心感を抱ける。

「あーあ、どうせなら有益な情報を引き出しておけばよかった……」

 百井は歯痒そうな頭をした。教員に取り入ることはテストの準備として有効な手段である。

「とりあえずノートの見直しでもしようよ」

「あ、そうだね、名案……そういえば今までのテストってどんな感じだったの?」

「今のところはどの科目も良い点数をキープできてるかな。百井は?」

「平均点の……ちょい下くらい」

「ふぅん」

 百井の微妙に間を空けた言い方から正直さは察せられた。

「いつも一夜漬けになっちゃって……こういうのダメだよね」

「自分に合ってるならいいんじゃない。平均点並みに点数を取れてるんだし」

 百井は授業を真面目に受けている様子は見受けられないけど、付け焼刃でそこそこの点数が取れているあたり地頭は良いのだろう。私と同じく塾にも通っていないようだ。

「でも納得いく感じじゃないんだよね。白川さんはどう勉強してんの?」

「私の場合は時間を割きに割く非効率的な勉強法だから全く参考にならないよッ」

「そ、そう……結局コツコツやるしかないか~」

 百井はため息交じりに肩を落とした。

 一言に勉強と言っても手段は数多に存在する。その中で効率の良い勉強法を見つけられる人こそ真に頭が良い。

 そちら側の人間ではない私は、効率が悪くとも自分が楽しく出来る勉強法を擦り倒すしかない。

 そして「百井と遊ぶことを餌にして頑張る勉強法」は私が明鏡止水の果てに見出した秘奥で門外不出。特に百井には恥ずかしくて教えられたものではない。


 あれやこれやと話している内に神長のバイト先のスーパーに差し掛かる。

 駐車場にはクレープと焼き鳥の移動販売車が来ていた。複数あるスーパーの入り口の近くにそれぞれ陣取り、食欲を刺激する香ばしい香りを風に乗せている。

「小腹空いてない?」

「うん、なんか買ってこ。何食べようか?」

 私は断然焼き鳥を食べたい気分。ねぎまのマリアージュや軟骨の食感に舌鼓を打ちたい。

 けれども、制服のまま炭火の香ばしい煙を浴びるのはリスキー。ああいう場所に並ぶには、然るべき服装を身に纏い風向きに恵まれる必要がある。ならば。

「クレープにしよう」

「えっ……?」

 百井は驚愕した面持ちだった。

「クレープ嫌いだった? 珍しい」

 それかクレープに並々ならぬ憎しみを抱く切っ掛けとなった出来事が過去にあったのかな。まさか値段と質量が釣り合っていないとかそういう無粋な話かな。

「いや、焼き鳥食べたそうだったから」

「そんな気分だけど、少しけむいでしょ」

 私の気分を見抜くとは中々やるではないか百井。焼き鳥の移動販売車に熱視線を送り過ぎたか。

「まあ、髪に臭いつくもんね」

 百井は左手の指でさりげなく、それでいてピアノを弾くような繊細な仕草で自分の髪を撫でた。

 突然の胸を打つ光景に私は眩暈を起こしそうになったけど、何とか耐えて百井とクレープの移動販売車に向かった。


「お嬢ちゃん可愛いからちょっとサービスしといたよ~」

 大学生と思しき得意げな店員のお姉さんからクレープを受け取り、歩き食いを敢行した。些か行儀は悪いけど、こんなところでクレープを販売しているのが悪い。

「罪深いよ、このずっしり感……」

 百井のクレープはレギュラーメニューのカスタードクリームチョコ。私のクレープはさつま芋のペーストが使われた期間限定の品。どちらも店員のお姉さんのサービス精神が重量となって表れていた。

「どうあれ、百井のおかげで得したね」

「一応、お嬢ちゃんたちって言ってた気がするけど……」

「そうだった? あ、これめっちゃ美味しい。百井も食べてみる?」

「い、いいのぉ?」

 百井は急にキョロキョロしだした。

「ちょっと待ってね……はい」

 私は自分の口が触れていないクレープの中程の部分をペーパーナプキン越しに指で千切って百井に差し出した。

「そういう感じ……?」

「他にどういう感じがあるの? 結構多めに千切ったよ」

「いや、気にしないで……ありがとう……わ、マジで美味しい」

「でしょ~」

「じゃあ、次は私が……」

 百井が何か言いかけた途端、私の鞄から振動を感じた。

「ごめん、電話」

「ああ、うん、どうぞ……」

 何やら意気消沈した様子の百井を横目に、私は鞄を漁り携帯電話を引っ張り出した。

「もしもーし。うん、うん……あ、お父さんも今日遅いの? うん、わかった、適当に済ますね。はい、はーい……自動のやつセットしてるから大丈夫……え? 食べる! 買ってきて……」

 そうして私と父との通話は百井が自分のクレープを食べ終える頃まで続いた。

「親から?」

 百井はそう言い、口元をペーパーナプキンで拭いた。

「うん。仕事が長引くから夜ご飯は好きに食べろとか、戸締りはちゃんとしろとか」

「年末が近いから色々と立て込んでるんだね」

「だろうね。今日はお母さんも遅くなるって言ってたから、夜ご飯はカラオケで済ませようかな」

 カラオケの割高なメニューの中で何を食べようか考えていると、道の途中にある個人経営の時計屋に通り掛かった。

 県北側の商業施設の発展に伴い、寂れた雰囲気に包まれつつある街の中で未だに営業を続ける稀有な店。とても失礼だけど、今にも潰れてもおかしくない店の外観である。

 尤も、諸々の理由でシャッターが下りたままになった付近の床屋や模型店の後を追っていないのは、少なからず需要があるのは間違いない。店先に出ている文字が掠れた看板で宣伝する宝飾や彫金を求めている客もいるのだろう。

「あれってプリクラ?」

「そうだね」

 時計屋を興味深そうに眺める百井の言う通り、ガラス張りの向こうにはATMに似たサイズの古いプリクラ筐体が見える。あのカラフルなデザインは時計屋の雰囲気には場違いに思える。

「今まで何回もここの前を通ったけど全然気付かなかった。ちょっと中見てかない?」

「いや、ここの冷やかしはやめとこ、マジで」

「チラっと見るくらいなら平気だって」

 百井は余裕そうに言った。

「舐めてかかると店主に不当なローンを組まされて、ショーケースの肥やしになってるティアラとか買わされるよ」

「ええ、めんどくさ……っていうか詳しいね」

「……別に。ほら、急ごう」

 私は腕時計で現在の時刻を見てからクレープの残りを口に入れた。

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