第六十話

「気になってたんだけど、その荷物は何?」

 神長は私の手提げ紙袋を見て、何気ない感じで言った。

「これ? お米だよ。各地のブランド米食べ比べセット」

「ああ、百井さん誰かさんの誕生日なんだね。にしてもお米かぁ~……」

「何その反応? もしかしてお米って誕プレにそぐわない……?」

 だとしたらヤバい。私は今まで多数の人間の誕生日に米を贈っている。

 特に今年からは樋渡の誕生日を祝い、これと同じものを贈った。受け取った樋渡は満面の笑みだったはずだけど、あれは嘘偽りの社交辞令だったというのか。

「いやいや、お米を貰って困る人はいないよ。食べれば無くなるし、贈り物としては大安定」

「だよね。よかった……」

「まあ、今まで誕プレでお米を贈ってきた人は見たこと無いけど、珍しくて私は良いと思うよ」

 神長はそう付け足した。おかげで米は王道から逸れた誕生日プレゼントであることが浮き彫りになった。思えば私も貰ったことはない。

「珍しいと言えばさ、神長が勝負事なんて珍しいよね」

「人間誰しも、物事に行き詰る時ってあるでしょ?」

「避けて通りたいものだけどね。神長は上手いこと切り抜けてる印象あるよ」

「善処はするけど、円滑に事が進むばかりじゃないよ」

「うんうん。問題解決の最善手がわかってたら人間じゃない」

「それでね、発想の転換が欲しいと思ったの」

「だから普段はやらないことを敢えてやってみたと。成果はあった?」

「あんまり。たまには揺るがない壁に真っ向から立ち向かうのも悪くないなーって思ったくらい」

 神長はそう言いながら腕を上げて伸びをした。

「何かと大変そうとは思ってたよ。部活のマネージャーとバイトの両立は難しいだろうなって」

「それは別に。結構どうとでもなるもんだよ」

「そうなんだ」

 恐らく桂木さん関係のことだと見当はついていたので聞こうか迷っていると、途端に神長は両手を合わせてパチンと鳴らした。

「マネージャーで思い出したんだけど、昨日、駅前でと久し振りに会ったんだよ」

「へぇ、五十鈴と」

 すずちゃんとは、私や神長と同じ中学校に通っていた雨宮あまみや五十鈴いすずという女の子のことで、当時私が部長を務めていた水泳部では副部長だった。

 今となっては疎遠になった私からすると、神長が用いる「すずちゃん」という呼び方は、中学時代を思い起こす懐かしい響きが感じられる。

「今は諏訪原高校スワコーの水泳部でマネージャーやってるんだってね。私、知らなかったよ」

「そうなの?」

「えっ、むしろなんでしぃちゃんは知ってないの……?」

「いや、水泳部に入ったことは聞いてたけど、まさかマネージャーとはね」

 なぜマネージャーの話から繋がるのか疑問だったけど、そういう事情があったのか。

「喧嘩でもしたの?」

「他の学校に通ってたらこんなもんでしょ。向こうは向こうで元気にやってるだろうし、私も今の人間関係の維持で精一杯だもん」

「確かに元気そうだった……かな。まあ、こういうのは自然消滅するものだね」

「その通り。諸行無常よ」

 親しかった人間と疎遠になっていく過程は悲しくて耐え難い。

 けれども、私は百井の存在を利用して避けられない苦難を乗り越えた。百井を見つけられた私の幸運はかけがえのないものだとつくづく実感する。

「というか、あれだけ打てるならソフトボール部に入ったら? 歓迎するよ〜」

 神長は言った。口調からして冗談であることは明白。

「ヘルメット被りたくないから嫌」

「うちの部はオカルト部に工作を頼むレベルのなんちゃってソフトボール部だから、しぃちゃんが入ったら四番は堅いよ?」

 神長は魅力的なことを言った。オカルト部関連のことは聞かなかったことにした。

「そうだね……神長がスチール缶を片手で握り潰してみせたら考えようかな」

 私は飲み切った缶コーヒーを神長に見せつけて無理難題を課した。

 とどのつまり、チームワークが重要なソフトボール部に、私のような協調性に欠ける未経験者が入ったところで無意味な不和を発生させるだけである。

「え~? 加入条件が厳しい~!」

 神長はわざとらしく笑った。


 白球を打ち足りない神長とはバッティングセンターで別れ、手作業がある私は一足先に帰路に就く。来月上旬には期末テストが控えているので、冷え込む時期ゆえに今月の外出はこれで終わり。

 先ほどの神長は意図して話を逸らしていた気がした。

 問題解決のペースは人それぞれなので、下手に話を広げず普段と変わらない接し方をする。神長が私にそういう対応を求めていたのはなんとなく察した。

 神長の悩み事をざっくばらんに他人と共有しない姿勢は私と似ている。お互いの秘めやかな姿勢にうっすらと共感しているから、中学からの縁が今にも続き、言葉にしなくてもそれぞれの日常を尊重できていると思っている。

 そして百井の誕生日を祝うことも、私の何気ない日常。

 よくよく考えてみると、現在の百井は年齢を偽っていなければ私より年下の十五歳。

 私が百井よりも一か月ほど早く生まれただけにしても、先達として慈しみのような気持ちが心の中に湧く。百井に膝枕をしてあげた時にも似たような気持ちがあった。世の姉という生き物の心意気が理解できた気がする。

 しかし、実際には姉の立場にいる人間は我慢との戦いと聞く。そうなると妹がいる百井も茨の道を通ってきた姉の一人なのかもしれない。その場合、甘ったれの私は尊敬の念を抱かざるを得ない。

 ともかく、百井には美味しい米を食べてもらいたい。ちょっと雲行きは怪しいけど、失敗なら今後の糧にすればいい。二の矢の品も控えている。もし来年の百井の誕生日を祝えたら、次は肉を贈ろうかな。長寿の秘訣のたんぱく質。

 尤も、百井は私よりも長生きしそうではある。百井が私よりも一ヶ月ほど遅く生まれたからという曖昧な理由。

 そんな理由でも不思議と収まりがよく感じられた。その方が私の自分本位な野望の成就には都合が良かった。

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