第五十九話

 十一月下旬。百井の誕生日前、最後の日曜日。

 私は地元のショッピングモールで買い物をした後、清々しい気持ちの勢いに身を任せて付近の屋内型バッティングセンターへ来ていた。

 緑色の防球ネットの内側には年季を感じる打席が並び、老若男女の客たちはバットで心地良い音を響かせたり、高い位置に設けられた的を狙って一喜一憂したりと賑やか。

 無論、箸より重いものは持ちたくない私が、このような場所に一人で来る道理はない。

「ふんっ! ああ……」

「頑張れ神長~」

 盛大に空振った神長とは先ほどショッピングモールで遭遇して、そこでバッティングセンターに誘われた。

 話によると、最近はマネージャーとして所属するソフトボール部の練習に触発されて、ストレス発散も兼ねてよく通っているとのこと。

 バッティングに適したパンツスタイルを見る限り、本日の面立った目的のようだ。

「はぁ……疲れた」

 一ゲーム二十球を終えた神長が疲弊した様子でフロントエリアへ戻ってきた。

「やるじゃん。どれ、次は私の番だね」

 私は神長と入れ替わりで防球ネットの内側に入った。

 このバッティングセンターは、打席毎にピッチングマシンが投球するボールの速度が決まっている。

 私たちが選んだ打席は、打ちやすい速度設定で左右の打席がある。他の打席は右打ち専用の場所も多く、左打ちの私には最適。ついでに軟式専用なのでヘルメットを着用しなくていい。

 そして、私は少し気合いが入っている。

 神長とは戯れで打率を競う勝負をしており、負けた方は飲み物を奢ることになっている。

 先ほどの神長の打率は約三割。運動を苦手と公言する神長にしては素晴らしい記録である。もちろん、勝負を仕掛けてきた神長への礼儀として容赦はしない。

「しぃちゃん、スカート気を付けてね~」

「大丈夫、コンパクトにやるから」

 当初、ここで遊ぶ予定はなかったので、私の服装はブーツにロングスカート。

 尤も、神長のいらない心配は、適切な体重移動で対処。あとは手にマメが出来ないように気を付けてバットを振るのみ。


 上着を脱いで左打席に立ち、地元球団が誇る強打者を真似して神職が振るう大幣おおぬさのようにバットを構え、ピッチングマシンのディスプレイに映る有名投手の映像を睨む。私の狙いは当然、ホームラン性の当たり。

 間もなく洗練された投球フォームの映像に合わせてピッチングマシンは一球目を発射した。

 様子見でバットを振り、真芯から少し外れた位置でボールを捉える。中学生が投げられる程度の速度だけど相応の衝撃がバットから体へと伝わり、それに負けじと踏ん張りを利かせてボールを打ち上げた。

 第一打は左に大きく逸れてファールとなり、背後から神長の「ああ、惜しい……」と悔しがる声が聞こえた。ボールの伸びや重みは把握した。遊びは終わり。

 ピッチングマシンは二球目を発射。今度はボールの下側をバットの真芯で捉え、思い切り振り抜く。打ち上がったボールは惚れ惚れする弾道で飛距離を伸ばし、勢いそのままに的を撃ち抜いた。

『おホームランですわぁ~!』

 店内にはホームランを知らせるお嬢様口調のアナウンスが響き渡った。あたかも私の晴れやかな心を讃えるファンファーレ。

「ホームランどころか、的に当てちゃった……」

「まだまだ序の口。どんどんいくよ」

 私はそう言い、三球目に備えた。


 神長との勝負が終わり、一先ずフロントエリアのベンチで休息。

「ブラックでよかったよね?」

 自販機へ飲み物を買いに行っていた神長が戻ってきた。

「うん、ありがとう」

「にしても私はバットに当てるだけでも苦労するのに、何かコツとかあるの?」

 神長は私の左隣に座って缶のコーンスープを振った。

「強いて言うなら、空蝉うつせみの心、かな」

 私は温かい缶コーヒーの蓋を開けながら答えた。

「しぃちゃんらしいね……」

 神長はそう言い、苦笑いした。

 実際、私の心は小川のせせらぎのように穏やかである。

 何を隠そう、百井に贈る誕生日プレゼントが中々決まらず気を揉みに揉んだ日々は終わり、今の私は肩の荷が下りて気楽だった。


 十一月の末日が近づき、百井への誕生日プレゼントを用意しなければならない時期になった。けれども、結局これと言った物は思い浮かばず、百井も具体例を出さなかった。

 苦慮した末に私が見つけた糸口は、百井が「白川さんがくれるなら別になんでもいいけど……」と言っていたこと。百井の唯一のリクエストで、私が使える一種の逃げ道。

 ここまで来ると、百井は余程私の商品選びのセンスを見たいと思われるので、全力で見せつけるしかない。


 私のセンスによる商品選びを下地にして、冷静に誕生日プレゼントの在り方を考えた。

 まずは、受け取る側の嗜好。百井の嗜好。

 有益な情報と言えば、百井はダズル迷彩を好んでいること。ハンカチを初め、学校で使っている筆入れもダズル迷彩柄。

 となると、それに因んだ物がプレゼントに適しているのではないかと考えるのが自明の理。おあつらえ向きにショッピングモールの二階にある雑貨屋では、百井が使っていないダズル迷彩柄のスマホケースやブックカバーが売っていた。

 但し、好んでいるものなら既にリサーチ済みの可能性が有り、何かしらの理由で購入に至っていないこともあるはず。軽々しく手を出すのはリスキー。

 そして、贈る物は適度な金額で出来合いの物が望ましい。

 私の予算は、お年玉で構成された貯金のみ。ケチる必要は無いけど、高額商品を他人に贈るくらいなら自分で使いたい。

 何かしらを手作りするのは重いので控える。手編みのマフラーや祝福の思いが込められたオリジナル曲を受け取り、反応に困る百井の顔は見たいけど仕方ない。

 最後に、そもそもプレゼントとは、相手への祝福や感謝を込めて贈る品物。また、贈る側が自己満足を得るためのものである。

 これらを自覚して私が出した答えは二つ。

 シンプルに美味しい食べ物。手元に残らなくて最有力候補。

 もしくは自分が使ってみて良かった物。私のセンスによるものなので百井が喜んでくれるかどうかは賭け。

 しかし、もう買ってしまったので、あとは野となれ山となれ。

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