第五十七話

「あ……白川さんだぁ……」

「見てると血液サラサラになりそう……」

 風紀委員会所属の証である腕章をつけた生徒たちは、私を青魚に含まれる栄養素扱いした。人扱いしてくれ。

「何してるの? 今から騎馬戦でも始まるのかな?」

 私は身じろぐ樋渡に言った。

「違うわ! 見たまんま、風紀委員会から辱めを受けてるんだよ!」

「へぇ……いいご身分だね」

 私は風紀委員会たちの顔を覚えるために眼差しを向けた。

 風紀の守護者である身分を盾にして狼藉を働く腐れ外道共が、寄ってたかって私の友達に何たる仕打ちを。黒板を爪でひっかく音を聞かされるよりも恐ろしい目に合わせてやる。汚れていない分銅はどこか、試験管でもいい。

「ち、違いますよ!」

「ちょっと樋渡ちゃん、嘘言わないで!」

 風紀委員会の生徒たちは慌てて弁明した。

「嘘?」

 私が言うと樋渡は目を泳がせた。

「私たちはバド部のみなと先輩から頼まれて、練習をサボってる樋渡ちゃんを探してたんです」

「それで他の生徒から図書室にいることを聞いて……」

 どうやら風紀委員会たちは、至極真っ当な理由で樋渡を取り押さえている。

「それはご苦労なことで。疑いの目を向けてごめんなさい」

「いえ……えへへ」

 私が謝罪すると風紀委員会たちはニヤけた顔をした。

「樋渡……よくないなぁ、そういうのは」

「いやぁ……これにはとてもふか~い理由があってだね……」

 樋渡は勿体ぶっているけど、あまり興味は無い。

「とりあえず、逃げないと思うから放してあげてくれない?」

「そうそう、私は絶対に逃げないよ、絶対」

 樋渡は疑わしい念を押した。

「どうする? 白川さんがこう言ってるし……」

「でもさ、もし逃がしたら桂木ちゃんが怒りそうだよね」

「うわ~……絶対めんどいよ」

「私がどうしたって?」

「あっ……! 桂木ちゃん……」

 樋渡たちの背後の階段の方から、桂木さんと呼ばれる黒髪アンダーツインテールの女子生徒が現れた。風紀委員会たちと同じく腕章をつけ、目つきは凛々しく、制服を着崩していないので真面目な印象を受ける。

 桂木さんと言えば以前、ショッピングモールで樋渡たちと一緒にいた、頭が固いと評される風紀委員。そして、過激派風紀委員会の疑いがある危険人物。

「うわぁ、来ちゃったよ……」

 樋渡は露骨に嫌そうな顔をした。

 先の風紀委員会たちの話と、一緒に遊んでいたはずの樋渡すら苦い顔をする様子から、私の予想は当たっている気がしてきた。

「無事に樋渡さんを捕獲できたようね。これでバド部に貸しを作れるわ」

 桂木さんは嬉しそうに言った。

「じゃ、私はお先に下校させてもらうよ」

 雲行きの悪さを感じ取ったので、この場は離れるに限る。

「この薄情者~……」

「お気を付けて~」

 私は樋渡からの呪詛と風紀委員会たちの見送りを背中に受け、そそくさと立ち去ろうとした。

「……待ちなさい、白川さん」

「えっ?」

 有象無象の一生徒でしかない私のことを知っているのか。

「あなたは何故ここにいるのかしら? 答えによっては樋渡さんと一緒に来てもらうわよ」

「桂木ちゃん、白川さんはやめたほうがいいって……」

「夏目先輩からアンタッチャブルだって言われてたの忘れた……?」

 何やら風紀委員会たちはこそこそしだした。

「そんなの関係ないわ。帰宅部ならこんな辺鄙な場所に用は無いはず」

 桂木さんは含みのある笑みを私に向けた。まさか、廊下を薄っすら漂う香ばしいたこ焼きの香りに気付いているのか。

 オカルト部の部室は換気扇が回っていたけど、現在も毛利さんたちは絶賛闇タコパ中。それを風紀委員会に見つかったとなればオカルト部の存続は危ぶまれる。

 毛利さんと笠島先輩は同じたこ焼き器を囲んだ仲。これでは寝覚めが悪い。どうする。

「何処に行こうが白川の自由だろ~」

 私が言い淀んでいると樋渡が言った。良い事を言ったと褒めてあげたいけど、あまり桂木さんを刺激しないで。

「……そこの不気味なオカルト部の部室は、隠れて悪事をする環境が整っているらしくて、風紀委員会では特に警戒することになっているの」

 桂木さんはオカルト部の部室を見て言った。ごもっともなことで、カーテンの裏では怪しいことをしていますと宣言しているようなもの。むしろそれがオカルト部の狙いなのかもしれない。

「確かにオカルト部にいたけど、ちょっとした見学のためだよ」

「怪しいわね……何か……い、いやらしいことでもしてたんじゃないの?」

「いやらしいこと……!?」

 桂木さんは突拍子もないことを言い、他の風紀委員会たちは目を輝かせた。

 笑いをこらえている樋渡は少しむかつくけど、一先ず桂木さんたちが闇タコパに勘付いていないことに安心した。しかし、油断ならない。

「ほんとに見学だって。奇妙な部活の噂を聞けば、少しは気になるものでしょ」

 私は少し声を張り気味にして言った。毛利さんと笠島先輩、状況に気付いてくれ。

「どうだか。あなたは人を煙に巻くのが得意らしいけど、私はそうはいかないわよ」

「じゃあ、オカルト部の部員に私の潔白を証明してもらおうかな。中に入ろうよ」

 いっその事、桂木さんたちにもたこ焼きを食べてもらって共犯者に仕立て上げるのも一つの手か。笠島先輩の懐の深さに期待する。

「えっ……」

 桂木さんは顔を強張らせた。

「どうしたの?」

「こいつ怖いの苦手で、内心オカルト部にビビってんだよ。ひひ」

 樋渡は言った。

「そうなんだ、桂木ちゃん」

「そ、そんなわけないでしょ……! 樋渡さん、それは言わない約束……!」

「この間、真琴と一緒にホラー映画を見に行った時もガタガタ震えてたんだぞ」

 樋渡は、詰め寄る桂木さんを無視して私に耳打ちした。

「別に怖いものは置いてなかったから安心してよ。ああでも、人工精霊が降臨アドベントする貴重な瞬間に立ち会えるかもしれない」

「人工、精霊……!?」

 私が適当なことを言うと、桂木さんは口をパクパクさせた。

「冗談に決まってるだろ、なにを真に受けてんだよ」

「でも、オカルト部の邪悪な儀式は噂で……」

「一体何の騒ぎかな、君たち?」

 オカルト部の部室から毛利さんが顔を出した。私が目配せすると毛利さんは口角を上げた。

「出たな毛利」

「おやおや、樋渡さん。今から騎馬戦でもするのかい?」

「するわけないだろ……」

「あれ? 白川さんどこ行ったんだろう」

「桂木ちゃんもいない」

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