第五十六話

 別棟四階の隅にある教室がオカルト研究会改め、オカルト部の部室。ドアと窓に設置された遮光性の高いカーテン以外、内装に目立つ箇所はない。換気扇の動作も良好なので、闇タコパに相応しい暗闇を作れることだろう。

 オカルト部の活動方針は、地域に根付く伝承の蒐集を屋台骨としているとのこと。

 真っ当に活動していると思いきや、密かにカードゲームやTRPGで遊んだり、プロジェクターを使ってB級ホラー映画を鑑賞している、と毛利さんは不敵に語る。

「流石は一級河川ね……」

 私の顔をまじまじと見つめる女子生徒こそがオカルト部を牛耳る二年生、笠島旭かさしまあさひ先輩。首が疲れそうな毛量と左目を隠した前髪が闇のオーラを醸し出している。色白で顔色が優れないように見えるけど、至って健康らしい。

「一級河川とは?」

 私は、笠島先輩から出た聞き馴染みの無い文言が気になった。

「多分、先輩なりの褒め言葉……だと思う」

 毛利さんが自らの見解を元に補足し、笠島先輩は「そうよ。まさしく、平石川ひらいしがわの様な眩さだわ……うふふ」と低い笑い声を立てた。

 平石川とは、蔵王連峰を水源とした、街の北側に位置する橋の下を流れる川。春になると川沿いの桜並木を見に来た人々で賑わい、テレビで取り上げられる程度には有名である。一方、その時期では付近の道路で車の渋滞が発生する、なんとも良し悪しが入り混じる場所。

 どうも褒め言葉に適していない気がするけど、私の混沌カオスな性質を見抜いた上での評論と思えば納得しなくもない。この人は只者ではないと見た。部外者の私を門前払いしない懐の深さから柔軟な人物であることも窺える。


「こんな感じですかね」

 机を並べて闇タコパの準備を整えた。いつの間にか、どこで売っているのか知りたい髑髏の形をしたランプも用意されていた。

「さっそく始めましょう。具材の準備は調理部の子に手伝ってもらったのよ」

 笠島先輩は具材が入った数個のボウルを机の上に置いた。

「えっ、具材見せちゃうんですか?」

 毛利さんは慌てて言った。

「タコしかありませんね」

 ボウルには細かく刻まれたタコや薬味と生地。何の変哲もないたこ焼きの材料。

「当然じゃない、闇タコパだもの」

「タコ以外の具材でたこ焼きを作る話では?」

「それじゃ闇生地焼きパーティーでしょ? 闇タコパは、闇に身を溶かしてタコを食らう冒涜的たこ焼きパーティーのことよ」

 笠島先輩は抽象的なことを言った。要するに、闇タコパとは無意味に部屋を暗くして行うたこ焼きパーティーのことを意味する。

「そのような深奥があったとは……精進します」

 毛利さんは笠島先輩から啓蒙けいもうされた新たな智慧を噛み締めている。

「邪神を崇める儀式って感じですね」

 何の気なしに私が言うと、笠島先輩と毛利さんは顔を見合せた。

「……人は見かけによらないものね。良いセンスしてるわ」

「……前々から粉をかけてるんですけど、中々落ちないんです」

「今度は総がかりで囲みましょう」

 二人の邪悪な企みは聞かなかったことにした。


 ドアの鍵を閉め、カーテンで外光を遮断した後、髑髏のランプが照らす暗闇の中で闇タコパが開始した。

「火の通りが悪いわね」

 向かいに座る笠島先輩は言った。プレートに注いだ生地は数分経っても未だ液状のままである。

「どうやら粗悪品のようです」

 左側に座る毛利さんはそう言い、たこ焼き器の温度調節器を最大パワーにした。

「こんなのどこで買ったの?」

「これは百井からの誕生日プレゼントでね、出所はわからない」

 どこか見覚えがあると思っていたけど、あの日ゲームコーナーで取った景品だったか。安く済ませたな百井。

「あの子、垢抜けたわよね。高校デビューの成功例って感じで微笑ましいわ」

 笠島先輩は口振りから察するに、百井や毛利さんと同じ中学校に通っていたようだ。

「百井が高校デビューですか」

 私が言うと、毛利さんは決まりが悪そうな顔をした。暗闇の中でも確かにそう見えた。

「水を得た魚と言うべきかしらね。なんにせよ、綺麗な子たちは見てて癒しになるわ……うふふ」

 笠島先輩はそう言い、焼きあがったたこ焼きを、前髪を避けて器用に食べた。


 私は午後五時になったのを見計らい、満腹になる前にオカルト部を後にした。

「百井が欲しがる物は私にもわからないんだ。あいつの部屋に入ったことも無いしな」と語る毛利さんからは、百井に関する有益な情報を得られなかった。

 参考までに、去年百井に贈った誕生日プレゼントを聞くと、オオサンショウウオの形をした大きいこんにゃくだったらしい。今年は他の友人とお金を出し合ってコスメを贈るとのこと。毛利さんなりに百井のことを考えて工夫を凝らしているようだ。

 ますます混迷を極めたけど、百井の誕生日を祝ってくれる同士が他にもいることに安堵している。

 そう思い、オカルト部の部室から出て直ぐの廊下には人だかりがあった。

「あっ、白川っ、ちょうど良い所に!」

 私を馴れ馴れしく呼ぶ声の発信者は樋渡。腕章をつけた数名の生徒に後ろ手で拘束されている。

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