第五十五話 

 週明け月曜日、乾いた空気の朝方。

 私は生徒たちの往来で賑やかな登校風景に混じり学校へ到着。

 未だに校門に設置されているオブジェを一瞥し、昇降口へ向かう私の前方には、同じく昇降口へ向かう百井がいた。

 その後ろ姿を見て、私は少しだけ早歩きになった。

 私の登校時間と被るということは、百井の登校時間としては珍しく少し遅め。

 他にも珍しいところがある。それは百井の脚。普段のソックスとは違い、今日は黒いタイツを履いている。

 後ろから見える膕や脹脛の適度な透け具合からおよそ六十デニールのタイツであることは誰が見てもわかる。私が履いているタイツのデニールの半分の数値である。

「百井」

 私は百井に追いつき左隣に並んだ。

「あ、白川さん。おはよう」

 百井はそう言い、微笑んだ。その顔の血色はいい。

「おはよう。調子はどう?」

「おかげさまで」

 私はすっかり回復した様子の百井に安堵し、共に昇降口を目指して歩いた。

「でね、久し振りに鼻血出しちゃってさ」

 私はそう言い、上靴に履き替えた。

「えっ、大丈夫だったの?」

「すぐ止まったよ。冷やすと効果的だった」

「そうなんだ……」

 百井も上靴を取り出し、履き替えるために膝を少し曲げた。その時にタイツが滑らかに透ける様子がなんとも綺麗だった。

「今日はタイツ履いて来たんだね」

 私は今頃タイツに気付いた感じで言った。

「うん。今日はちょっと寒かったから」

「確かに」

「上級生に目を付けられたりしないかな」

 百井は不安そうに言った。変なことを気にするではないか。

「もしそんな人がいたら……天然記念物だね」

「言えてる」

 百井は小さく笑った。


 あっという間に放課後。帰宅部の私は真っ直ぐ家に帰る。

「もうお帰りかな?」

 下駄箱の影からぬるりと現れたのは毛利さん。左肩に鞄を掛け、右手に手提げバッグを持っている。

「帰宅部としてちゃんと活動しないとね」

 とは言え、私は本質的には「百井と遊部」の部員。けれども、当の百井は新聞委員会の打ち合わせ。なので私は一人、帰宅部としての活動に勤しむ。

「それはご苦労なことで」

「そういうことだから」

 私は下駄箱からローファーを引っ張り出した。

「時に白川さん。今月は百井の誕生日があるの知ってたかい?」

「知ってるよ。一応、誕プレも用意するつもり」

 私はローファーを履きながら答えた。

「わざわざ聞く必要も無かったか」

「ああでも、これと言った物が思いついてないんだよね」

 最近の私は百井への誕生日プレゼントについて考えすぎるあまり、思考が明後日の方向へ進んでしまいそうだった。このままでは手編みのセーターや意味不明なポエムを百井に贈りかねない。

「なら丁度いい。今からオカルト部の部室で百井の誕生日についての会議は如何かな?」

「え~……私、部外者なんだけど」

 たとえ毛利さんから百井に関する情報が引き出せるとしても、既に構築された部活動コミュニティに浅はかにも首を突っ込むほど私は命知らずではない。

「心配いらないよ。今日は私と部長しか来ないらしいんだ」

 毛利さんは言った。

「うーん……やっぱり帰るよ。その部長さんと面識が無いし」

「そうかい。密かに闇タコパするつもりだったのに残念だな……じゃあ、またの機会に……」

 毛利さんはそう言い、踵を返した。

「闇タコパ……?」

 闇鍋みたいなものか。

「……きゃっ!?」

 私は聞き捨てならないことを言った毛利さんの右手首を右手で掴んだ。

「それ先に言ってよね」

「き、君……そんなにたこ焼き好きなのかい?」

 毛利さんの問いはローファーを脱ぐことで答えとした。

 本音としてはそこまでたこ焼きに興味は無いけど、「密かに」と言っている以上、闇タコパをするにあたって学校に然るべき届け出をしていないと見た。その無秩序さが気に入った。

 にしても「きゃっ!?」て。毛利さんはそういうキャラだったのか。


 器具や食器は毛利さん、具材などはオカルト部の部長が用意しているらしい。飲み物代は私が工面することにして一度学食の自販機へ。

 自販機の付近のベンチでは檀さんがうとうとしていた。

「ん……げっ!? 毛利と白川さん……」

 私と毛利さんが横切ると、それを察知した檀さんは目を覚ました。

「そんなところでうたた寝とは、眠り姫気取りか?」

 毛利さんの煽りが冴えわたる。

「は、はあ!? んなわけないでしょ! うっかり寝ちゃっただけよ!」

 檀さんは勢いよく立ち上がった。

「部活の前に英気を養ってたの?」

 今日はまだ吹奏楽部の練習は始まっていない。

「こいつ、吹奏楽部は辞めたと聞いたぞ」

 毛利さんは言った。

「ふーん、そうなんだ。知らなかった」

「君は生徒のゴシップに興味なさそうだから無理もない」

「何をペラペラ喋ってんのよ……」

 見るからに不機嫌そうな檀さん。私に嘲る意思が無いことは伝えたい。

「ああ大丈夫。寝たら忘れてるから気にしないで」

「あんたの皮肉それ、わざとなの……?」

 檀さんは眉をひそめた。窓ガラスの反射光が眩しいのだろうか。

「そうだ。檀さんも闇タコパに誘おうよ」

 私は言った。

「こいつを?」

「闇タコパぁ? あんたたち、学校で何やるつもり?」

「私は構わないし、部長も大丈夫だと思うが……」

 毛利さんは眉間に皺を寄せる檀さんを見て言った。

「人が多いと、何かと都合がいいと思うんだけど」

「ああ、毒見要因か。部長が何を用意しているか私も知らないしな」

 人数が多い方が楽しいという意味合いで言ったつもりだけど、まあいいか。

「勝手に話を進めんなって! 私は暇なあんたたちと違って忙しいのよ!」

 檀さんは声を荒げた。

「今の今までボーっとしてただろう。もしもの時のスケープゴートになってくれたまえ」

「もしかしてバイト?」

「今日は入ってないわよ……」

「なら私たちと同じく暇のようだな」

 私は暇を持て余しているから闇タコパに参加するわけではないと毛利さんに反論する前に。

「う、うるさい! この性悪女共!」

 と檀さんは劇的な怒号を上げて立ち去った。

「やれやれ、どの口が言うんだか」

 毛利さんは呆れた感じで言った。

「檀さんって中学でもあんな感じだったの?」

「そうだよ。ああいう跳ねっ返りがいると、周りの背筋は伸びるものさ」

「いつの時代でも必要な人材だね」

 私は言った。

「まあ、あんなやつでも良い所はある」

「どんなの?」

「I字バランスができたはず」

「ふーん。で、何飲む?」

「では、その知的飲料を」

 毛利さんは杏仁豆腐みたいな味がする炭酸飲料を指差した。

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