第五十一話
十一月の初頭、金曜日。教室前の廊下にて。
「いやぁ、今日も疲れたね」
「ほんと……ふわぁ〜あ〜」
眠そうな百井は手で口元を覆って欠伸した。今日一日、どこか上の空だった。
「ふわぁ……」
私もつられて口に手を添えた。
「……ん、私の真似?」
「欠伸は移るんだよ」
実際私も眠い。
「お、しぃちゃんと百井さん」
昇降口にはジャージ姿の神長がいた。今からソフトボール部のマネージャーとして手腕を振るうことだろう。
「お先。部活、頑張ってね」
私が言うと神長は手を振った。
「あ、さよなら……」
百井は仰々しく言った。樋渡に対してもこんな感じである。
「うん、じゃあね~」
神長はやたらニコニコしていた。
「しぃちゃん……」
校門までの道中、百井はポツリと呟いた。
「神長しか使ってない私のあだ名がどうかした?」
「え、いや……別に」
「あ、このオブジェってさ、いつまで校門に立ってるんだろうね」
未だに校門には鰐とロケットが合体した妙ちきりんなオブジェが設置されている。
「どこかの道の駅に寄贈するらしいから、それまでじゃないかな……へ、へっくしゅっ!」
百井は顔を手で押さえてくしゃみをした。
「うわっ、大丈夫?」
「ううぅ……今日は花粉がひどい」
「風邪じゃないの?」
「風邪? あ、なんか言われてみると熱っぽい気もする……気圧の影響かな」
「そんなに脚出してるから風邪ひくんだよ」
「べ、別に普通でしょ……」
百井はスカートの裾を押さえた。丈が短い自覚はあるらしい。
「そういうの尊敬するな~、ほんと。家まで送ろうか?」
「大丈夫だよ……」
「そう……いや、途中までついてくよ」
「でも、白川さんの家、遠いじゃん」
「心配だもん、百井のこと。訳無いよ」
百井の顔はちょっと赤い。少なからず熱があるとみて間違いない。
学校から少し離れ、付近の田んぼに差し掛かった。
「わっ! 白川さん、あれ見て!」
立ち止まった百井は田んぼの横を流れる小川を指差した。
そこにいたのは一羽の白い鳥。人慣れしているのか微動だにせず、百井をじっと睨んでいる。
「
「あれ鶴じゃないの?」
「今も昔も、この地域に鶴は来ない」
「……ってことは、昔、
未代木沼とは、県南に位置する
「それは多分白鳥でしょ、一応飛来地だから」
「ああ、白鳥か。そんな気もしてきた」
百井は田んぼの遠くを見て言い、携帯電話で写真を撮った。
向こうの方には、首をひん曲げて土をついばむ白鳥の群れがある。
「それか、鶴に化けた何かだったりして」
「は、はぁ? そんな馬鹿げた話があるわけないじゃん……」
「でも、あそこって心霊スポットで有名だよね」
私が言うと、百井は顔を青くした。
未代木沼は、蓮の開花時期である夏頃を除けば静かな場所。
その物悲しい雰囲気から心霊スポット扱いされているらしく、ネットで検索すると怪しい書き込みがわんさか出る。百井もなんとなくは知っているようだ。
「まさか、マジで怪奇現象だった……?」
「ふふっ、もうちょっと寒くなったら鶴を探しに行く?」
「いやいや……無暗に茶化したら絶対祟られる!」
「何に」
「土地神的な何か……」
「場所を真っ当に利用するならセーフでしょ。もしかしたら今年は気まぐれな鶴が来るかもしれないし」
「そもそも、私の勘違いだから……」百井は恥ずかしそうに言い、「あと、沼に行ってもつまんなくない?」と続けた。
「そう? 白鳥とか
「どうだろ……わっ!」
途端に冷たい風が吹き、先ほどの鷺が羽ばたいて飛び立つと、それに連鎖して白鳥の群れも独特な鳴き声を上げて一斉に飛び立った。
私と百井はそれを横目に下校を再開。
「見た? 鷺の飛び方」
私は右隣りを歩く百井に言った。
「えっ……首を畳んでた、かな?」
「うん、首を伸ばして飛ぶ白鳥と全然違う。鶴も白鳥と似た姿勢で飛ぶんだよ」
「へぇー。鳥、好きなんだね」
「まあ、酉年の
鳥が翼を広げて飛ぶ姿はいつも心が奪われる。尤も、猫の方が好きだけど。
「あまり関係なくない……? 私も酉年だけど全然。
「あと、飛鳥文化は他人の気がしないと思ってる」
「仏教文化に親近感が湧く人は白川さんくらいだよ……」
百井はそう言い、西よりの風を冷たそうにした。
翌日、土曜日の午前中。私は家でゲームをしていた。
このゲームは私が中学生の頃に熱中したコズミックホラーアクションRPG。秋口に行われたゲームの総合展示会ではシリーズの新作が発表され、愛好家の界隈は賑わっている。私もその内の一人。
何人目かのキャラメイクでごつい体格のおじさんを作っていると、携帯電話が鳴った。このデフォルトの着信音、どうやら電話である。
掛けてきたのは……百井。珍しい、というか初。
「はい、もしもし」
とりあえず電話に出た。
『あぁ……しぃくわぁ……さ……』
電話主は百井のようだけど、呂律が回っていない。シークワーサーと言ったのかな、沖縄特産の。
「もしもーし?」
『はぁ、はぁ……白川さん……』
「うん、どうしたの?」
『つらい……寂しい……助けて』
「……何事?」
電話口に伝わる百井の様子は穏やかではなかった。
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