第四十九話
百井は満足したようなので場所を移すことになった。私も眼がシパシパしてきた。
「今度来た時はあれやろうよ」
あれとは四角いテントのような箱型筐体のことで、迫りくる亡者を銃型コントローラーを操作して撃退するガンシューティングゲーム。
壁面にはおどろおどろしい書体で、展開に合わせて座席が振動、風が吹き込む仕掛けで体感型映画のような臨場感を味わえる、などのセールスポイントが書かれていた。
「あれって怖いやつだよね……」
私の右隣りを歩く百井は言った。
「あっ、百井って怖いの苦手なんだっけ?」
あのゲームは百井の言う通りにホラーゲームとしての側面も持ち合わせる。似たような機種をプレイしていた女子グループが発する金切声は微笑ましかった。
「ホラゲの実況動画すら見れないくらいで……」
「余程だね」
「白川さんは、ホラー系は平気なの?」
「私? どうだろう、物によるかな。あのゲームはやったことないからビビって声が出ちゃうかも」
「……ちょっと嗜んでみようかな。ビビる白川さん見てみたいし」
「そんな回りくどいことしなくても、私がビビる姿は簡単に見れるよ」
「例えば?」
「豪勢に寿司とか焼肉を奢られたら、それはもう、ひっくり返るね」
私が言うと百井は呆れた顔をした。
そもそも百井は一度、私が驚く姿を何度か見ている。私がクレー射撃のゲームを遊んでいた時や保健室とかで。
まさか、百井はもっと羞恥じみた姿を見たいのか……私はビビる練習が必要かな。
「あ、夏目先輩」
ゲームコーナー横の乳幼児用品店に差し掛かったあたりで百井は言った。
百井の視線の先にある更に隣のランジェリーショップから出てきたのは、夏目先輩と東先生。二人とも年齢に見合った小綺麗な服装で華やかな雰囲気を織りなしている。
と言っても、東先生はちょっと怪しげである。つばの広いハットを被り、サングラスを掛けている。そういうファッションとも取れる風貌だけど、普段の服装を知っている以上、あたかも変装しているように見える。
「……百井っ、ちょっと隠れよう」
「えっ、なんで……」
「うちの学校の上級生でしょ。絡まれたら怖いじゃん」
私は二人の危険な関係性を秘匿するために知らないふりをした。
「風紀委員会の委員長だからまともだと思うけどね。サングラスの人は……家族? お姉さんかな」
いや、あれはどう見ても東先生。
東先生は常日頃から生徒への模範が強いられる教育者。それは休日でも例外ではない。
恐らくは勤務する学校の生徒を連れて遊び歩いていることがバレたら色々とヤバいのだろう。ハットやサングラスを身に付けても変装できているとは思えないのだけど、百井は気付いていない様子なので一定の偽装力はある……のかな。
「ようやく行ったか」
私と百井は、夏目先輩と東先生が他の店に入るまで少しの間、通路の隅に身を隠した。
「流石は『高嶺の花四天王』の一角、佇まいが違ったね」
百井は意味の分からないことを言った。
「何その怪しい集団」
「私も詳しくは知らないけど、裏でそう呼ばれている生徒がいるんだって。七不思議みたいだね」
この様子だと『高嶺の花四天王』とは、生徒間に於いて自然発生した乱雑極まりない共同体。
名を連ねる人たちは与り知らない羨望の眼差しを集めるだけで、それ以外の福利厚生は無いに違いない。かの高嶺の花もその内の一人……というか高嶺の花が複数人いたら有難味が薄れるだろう。
「人に変な異名を付けるのは好かないな」
「陰口に通ずるところがあるから私も否定派かな。でも、白川さんも高嶺の花感あるよ」
「路傍の石である私が高嶺の花だなんて、身に余る」
「だって、美人だし、素質あるよ」
「そんなこと言われると照れちゃうな。もっと言ってくれてもいいんだよ?」
「あはは……なんというか、白川さんと付き合う人は苦労しそうだね」
百井は私の冗談を皮肉で返した。
「これでも手の出しやすい人間だと思ってるんだけど、浮いた話は一向に無し。告白とかされたらすんなりOKしちゃうかもしれないのに」
尤も、私は告白されるよりも告白するほうが性に合っている気がする。追われるよりも追うほうが楽しい。
「えっ、白川さんって好きなタイプとか無いの……!?」
「ふふっ、百井がそれ聞いてどうすんのよ。変なの」
「……少しは、考えたほうがいいよ……」
百井は口ごもりながら言った。
その後、日が暮れる時間帯になるまで当てなく店を見て回り、本日はお開きとなった。本格的な冬が近づき、昼間は短い。
百井とバス専用乗り場にてバスを待つ。駐車場を出入りする車の運転手たちはサンバイザーを下ろして夕日を眩しそうにしている。
「またデートしようね、なんて」
私は夕日を眩しそうにする百井へ冗談交じりに言った。
結局のところ百井へ贈る誕生日プレゼントは思いついていない。思いの外、楽しく遊んでしまった。
とは言え、百井の誕生日までの日にちはまだある。時間をたっぷりと使えば自ずと見えてくると思いたい。
「うん……あの……白川さん、これ」
百井は自分のバッグをごそごそと漁り、何かを取り出した。
「何これ?」
百井から渡されたものは、格式高いラッピングが施された袋。
「誕生日、プレゼント……」
私は失念していた。虚を突かれて冗談も思いつかない。
最近は百井の誕生日のことで頭がいっぱいで、以前伝えておいた私への誕生日プレゼントの件がすっかり抜け落ちていた。あの商品は品切れが頻繁に起こる人気商品。入手に苦労したことは私の誕生日から経った日にちから想像できる。
「ありがとう、百井。なんか……めっちゃ嬉しい」
私が言うと百井は顔をほころばせた。
そんな顔を見せられたら、報いたい気持ちが強くなる。
そう思うほどに、夕日で赤く色付けされた百井の顔は一際綺麗に見えた。
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