第四十八話

 しかし、私の意気込みとは裏腹に、フロアの隅にはクレー射撃のゲーム筐体の姿は無かった。

 空いたスペースでは、数名の従業員がレースゲーム筐体を設置していた。

「あのゲーム、撤去されたみたいだね……」

 百井は言った。

「う、嘘……でしょ……採算が取れなかったとか……?」

「結構前から置いてたし、元は取れたんじゃない。客の私たちが気にする必要は無いよ」

「クレーンゲームが増えるよりはマシなのかな……」

 私はそう言い、壁際に設置されているご意見箱を見た。上部のコルクボードには、客から届いた意見や要望に対して従業員からの返答が貼り出されている。

 目立つ内容としては特定のゲーム筐体の増大や音量の調節。

 その中にレースゲームの増大の要望があり、それが反映された結果がクレー射撃のゲーム筐体の撤去に繋がったのだろうか。

 大事なものは失って初めて気づく。

 と言っても、あのゲームは通い詰めてプレイするほどではなかった。ショットガン型のコントローラーは今一度構えて見たいけど。

「あの音ゲーも増やしてくんないかな。ここだと一台しか置いてないんだよね」

 右に並んだ百井はLEDの明滅が鮮やかな音楽ゲーム筐体を見て言った。今は中学生くらいの女の子がプレイしている。

 コルクボードを詳しく見ると、他の客からもこの音楽ゲーム筐体の回転率が悪いなどの意見が届いている。

 筐体を増大すれば解決する問題なのかもしれないけど、従業員からの返答は、筐体の入手が困難なので増大の予定は無いとのこと。人気筐体なのかな。

「この様子だと人が少ない時間帯を狙うか、他の優良店を見つけるしかないね」

「だね。気を取り直して、エアホッケーはどう?」

 百井は近くにあったエアホッケーの台を差して言った。

 エアホッケーとは、チーム競技のホッケーやアイスホッケーをモチーフしたゲームである。

 使用する長方形の台の盤面には無数の小さな穴が開いており、そこから噴き出る空気で浮き上がったパックを打つやつマレットで打ち合い得点を競う。得点方法は台によって異なる。

「いいね。百井の腕前を見せてもらうよ」

 私は行き場を失った闘争心の赴くままに、百井の提案に頷いた。

 この場所に置いてあるエアホッケーの台は二種類あり、古い機種の小さい台とパーティーゲーム感が強い派手な台。古い機種は子ども用サイズなので、今回は後者を選択。この台では相手側のゴールにパックを入れることで得点となる。

 私と百井は動きやすい格好になり、荷物を台の横に設置された専用の荷物置きへ。

「先攻後攻はどうする?」

 百井は言った。

「じゃんけんで決めよ。勝ったほうが先攻で」

「OK。じゃんけん……」

 私はグー。百井はチョキ。

「じゃあ私が先攻ね。ちなみに私、じゃんけんで負けたこと無いのよ」

「えっ、そんなの嘘だ……」

「なら証明のためにもう一回やる?」

「いや、別にいいけど……ん? もしかして自分が得意な方法で先攻後攻を決めたってこと?」

「ふふっ、勝負は既に始まってるの」

「ずるい……!」

 大体のゲームは先攻が有利。幸先の良いスタートを切れた私は壁側の方へ。

 台のスピーカーからは、他のゲーム音にかき消され気味に試合を盛り上げるBGMが流れる。年季を感じる摩耗したパックといい、過去の激戦が想像できる。

 無論、私は勝利を狙う。そういう心構えでなければ遊びは面白くない。百井が相手だからといって手を抜くのは私の流儀に反する。

 とは言え、私は泥臭いプレイを好まない。

 エアホッケーを遊ぶ人の中には勝利に執着するあまり、台に体を乗り上げて尻を突き出す体勢になる人をよく見かける。そんな猪プレイは控えたい。百井にも恥ずかしい格好はさせられない。

 台から聞こえるご機嫌な曲調のBGMには流されず、いい塩梅の試合運びで勝利してこそ淑女足り得る。

「いくよー」

 台の向こうで凛々しく構える百井のプレイスタイルを計るため、私から見て右の外枠に一度だけ反射させる軌道で軽くパックを打った。パックの軽快な滑りを見る限り、盤面から噴き出る空気の出は良好である。

「ふっ」

 百井は難なく打ち返し、私が打った軌道をなぞる形でパックが返ってくる。私はそれを少し強めに打ち返してゴールを狙う。攻めに緩急をつけて百井の隙を見つけ出し、そこを叩く。

 再び百井は打ち返し、パックは僅かに加速して返ってくる。

 繰り広げられる打ち合いの応酬の中、百井のプレイスタイルが見えてきた。

 百井は守備を主軸としている。私の攻撃を重視したプレイスタイルとは真逆。

 的確な反応による打ち返しでゴールを守る反面、打ち返しのパックにそれほど速度は乗ってこないので防衛は容易い。

 百井のプレイスタイルは保守的だけど、打ち合いを長引かせれば相手のミスを誘える。人によっては翻弄された挙句決定的な隙を作り、最悪の場合はオウンゴールもあり得る。

 尤も、私はそんなミスは侵さない。そもそも百井の戦略的ブラフの可能性もある。

 攻めの私と受けの百井、お互いに一歩も引かない打ち合いは続き、スコアが動かないまま時間が過ぎる。実力は拮抗している……!

「やるじゃない百井」

「白川さんこそ。過去一で強い」

「光栄だね」

 私は打ち合いの最中、手早く打つやつを右手に持ち替えた。パックを止める行為は寒い所業である。

「遊びは終わりってことかな」

「いや、左手が疲れてきた……あれ……?」

 途端、パックの滑りが悪くなり、私の手元で止まった。

「えっ、故障……? あっ、これ制限時間があるんだ」

「なにっ、そんなの設定されてるの?」

 手元のスコア表示の横に時間の表示があった。意図してゴールを塞げば延々と打ち合えるからそれを防ぐための処置か。

 百井に延長戦の意思は無く、私も興を削がれてしまった。

 手元のパックを私のゴールに入れて回収し、ゲームを終わらせた。

「エアホッケーでスコアレスドローは初めてだよ」

「キャッチボールと変わんなかったね」

 私と百井は身だしなみを軽く整えてフロアの他の場所へ移動した。


「駅前の服屋にもこれと似たようなのが置いてたの知ってる?」

 百井が差したのはドーム型のゲーム筐体。

 ゲームの流れとしては内部のターンテーブルを流れる景品をショベルで掬い取り、階段状のテーブルの上に落とす。上段のテーブルは前後の往復運動を繰り返し、その影響で景品が下段に押し出され、そこから更に手前の穴に落下した景品が獲得となる。

「ああ、置いてたね。大分前に撤去されてたけど」

 ここに置いてあるものはデザインを見る限り、服屋に置いてあった機種の後継機にあたるものだろう。

「あれ、私が小学生の時に上級生が原因で撤去されたの」

「へぇ~、そうなんだ。よっぽどのことをしたんだね」

「筐体が床に固定されてないことをいいことに、複数人で片側を持ち上げて景品を穴に流し入れたんだって」

「あら、意外に賢いかも。まあ、店側からすれば洒落にならないね、危ないし」

 人の道のもとり方が上手い人間がいたものだ。

「……これ落ちそうじゃない?」

 百井は言った。

「ほんとだ」

 この機種にはジャックポット扱いの茄子のような形のおもりが用意されていて、穴に落とすと特別な景品が獲得できる。そのおもりがテーブルから半分ほどはみ出ている。

 誰かがプレイした後なのかは定かではないけど、恐らく普通のプレイでは微動だにしない代物。人によっては千載一遇のチャンス。

「ちょっとやってみる」

「えっ、これそんなに欲しい……」

 私が言い終わる前に百井はお金を投入していた。

 この位置でのジャックポットは簡易的なたこ焼き機。私としてはあまり欲しいものでは無い。

「しゃあっ! 店員呼んで来る」

 まあ、百井が楽しそうにしているからいいのだろう。


 私と百井はプリクラが設置された区画へ。プリクラの大型筐体の側面や入り口のカーテンにはモデルの顔がデカデカと描かれている。

 この区画は女性か男女のグループ以外立ち入り禁止とハウスルールで定められている。主な客層や筐体の構造を考えると、防犯の観点から利用者の線引きは必要となる。孤独な男子諸君には悪いけど、そういうものである。

「ねぇ百井、せっかくだしプリクラ撮ろうよ」

「ここのは機種が古いし……パウダールームも無いから、ちょっといいかなって……」

 百井の言う通り、店によってはプリクラの近くにパウダールームが併設されている場合がある。プリクラへの力の入れ具合を判断する一助になり得る要素。

 しかし、ここは寂れたゲームコーナー。パウダールームなど気の利いた空間が用意されるはずもない。

「ああそう。まあ、こういうのってスマホのカメラでいいよね」

「うん……データで十分」

 近頃の携帯電話のカメラは高性能を極めている。アプリを使えば修正も加えられる。現代人の百井も同じ考えなのだろう。

 とは言え、プリクラの価値とは、隔絶された眩しい空間で写真を撮った一瞬にこそ存在する。そんな気がする。

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