第四十七話

「ぶっちゃけ……モテたでしょ?」

 百井は神妙な面持ちで言った。酷いことを聞く。

「記憶に無い。その頃は私も夢と希望を胸に抱いてたけど、部長になってからは雑務が増えてそれどころじゃ……」

「えっ、部長やってたの?」

「あれ? 言ってなかったっけ」

 庶民派の私は過去の栄光を鼻にかけることを得意としていない。そもそも中学の部活で部長をやっていたことは何の自慢にもならない。

「運動神経の良さは察してたけど、うん、納得できる人選だね」

 百井はしみじみと語った。

 何を以って納得したのか。正直、見当違いである。

 私は部長の座に相応しくなかった。

 リーダーシップに長けているつもりはないし、部員の実力は伯仲していたことから、恐らくは顧問や前任者の気まぐれだろう。

 所詮は面倒事を押し付けられたものであり、部員たちの助けが無ければてんてこ舞いだった。滅多にない機会なので部長の席から得られる旨味は存分に享受した。

「ちなみに私の左にいるのが副部長。水泳部が強い学校に進学したんだ」

「ふーん……」

「で、元部員たちから夏祭りに誘われてたんだけど、疎遠になったと思ってたから断っちゃった」

「……私は、断れなかったな」

 百井は少し寂しそうな顔をした。

 夏祭りの日は百井も私と同じく中学の同級生に誘われた状況だったようで、私とは異なった選択で対応した。

 この場合は百井の選択の方が正しいのかもしれない。昔の同級生に顔見せくらいすればよかったと思わないこともない。

 とは言え、夏祭りの日は偶然が重なった結果として、私は百井と会えた。その事実が私の選択をあながち間違ったものではなかったと正当化してくれる。

「……私も百井の昔の写真見てみたいな」

 私は百井の過去について全く知らない。とても興味はあるし、そこから攻めて百井の好みを絞り込むの一つの手。と言っても、今の百井とそうは変わらない気もする。人はそう簡単に変わらないものだ。

「えっ…………昔の写真は全部、パソコンに移動したから、今すぐは無理かな~……なんて……」

 百井は露骨だった。

 過ぎ去った時の流れに対する考え方は人それぞれとは言え、何だかはぐらかされている気がする。明らかに動揺が見える。人はそう簡単に変わってしまうものなのか。

「実は、百井の方が高校デビューだったりして」

 私は言った。ちょっとした意趣返し。

「そっ、そんなわけないじゃん……」

「だよね、そんな漫画みたいなことする人いないよね」

 私の煽りも程々のところで料理が運ばれてきた。

 きのこのボロネーゼはお洒落な皿に立体的な盛り付けをされ、エビとホタテのドリアも表面のチーズに適度な焼き色がついている。どれも味は格別だった。

 皿に向かう百井の表情の明るさを見るに、あのエビクリームパスタの味は相応のようだ。


「中々美味しかったよ、また来ようね」

 イタリアンな店を出て私は言った。次頼むならマルゲリータ。

「うん。次どこ行く? 服屋でも見る?」

「冬服はもう買っちゃったからな~」

「私も。じゃあゲームコーナーに行こうよ」

「行きますか」

 私と百井は同じ階のゲームコーナーへ向かった。

 久し振りに訪れたゲームコーナー。平日なので客の入りは少ないかと思いきや、複数の老人がメダルゲームでジャックポットしていたり、幼児向けゲームで遊ぶ子どもの様子を撮影する親子がいたりと意外に客がいる。

「白川さん、これ見て」

「おっ、これはやるしかないね」

 百井が差したものはハロウィンの企画を知らせる看板。

 このショッピングモール内の店を利用した際に受け取ったレシートを見せると抽選機を回せるようだ。

「上位の景品が入っていないこともあり得るよね。当たりの玉を抜いてたり」

 百井は夢の無いことを言った。

「この場合は、当たりと言えないものを当たりに据えてるんじゃないかな」

「あっ、一等のぬいぐるみ……どう見てもプライズ景品……在庫処分じゃん」

 遠目に見えたサービスカウンターの奥に陳列された珍妙な景品を見る限りそうであり、二等と三等も似たラインナップである。

「つまりはあの中での大当たりは四等のお菓子の詰め合わせってことよ」

「これだと四等当てるのって却って難しくない? あ、狙った賞を当てること自体無理があるか……」

「まあまあ、ガラガラを回すだけでもきっと楽しいよ」

 私は後ろ向きな百井を連れサービスカウンターへ行き、ハロウィン風に仮装した従業員に旨を伝え、抽選機を回した。

 私は目当ての四等を当て、百井はハズレで残念賞のティッシュを貰っていた。

「これはこれで納得いかない……」

 百井は気落ちした様子で言った。

「運試しってそんなもんでしょ。一番実用的じゃん、よかったね」

 私はお菓子の詰め合わせを小脇に抱えて言った。

「……そうだ。せっかくここに来たんだし、前に白川さんが遊んでた射撃のゲームやろうよ」

「いいよ。あのゲームは対戦モードがあったから、それやろうか」

 最近はこの場所に来ていなかったけど、動画などを見てあのゲームで使えるテクニックを密かに調べていた。抜かりなし。

 百井に見せてあげよう、私の狩猟本能の極みを――。

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