第四十六話
百井と共にバスに揺られること十数分。程なくしてショッピングモールに到着。
この場所に来たのは先月の末頃、歯の定期検診のためだけに一階の歯科診療所を訪れた日以来。
「ちょっと前までは、ここでよくイベントやってたよね。今は店内のスペースでやるのがほとんどだけど」
バス専用乗り場からショッピングモールの入口へと向かう道すがら、まばらな数の車が駐車される駐車場を差して百井は言った。
百井の言う通り、昔はこの駐車場の一角で物産展や着ぐるみショーなどの催事が行われていた。今はそういった催事は、数年前の改修工事を目途に店内の数か所に設けられた催事スペースで行われている。
今月は北海道物産展が開かれたらしく、そこに足を運んだ私の母親は贅沢なカニの弁当や箱に詰められた生うになどを買ってきた。最高の祭りだった。
「大きいイベントは地域復興イベントが最後かな」
今となってはこの駐車場で行われるものと言えば土日の献血くらいである。
「二年くらい前の宮城に縁のある声優が来たやつでしょ、見に行ったよ。ベテランっぽい人が古いアニメの主題歌を歌ってたけど、世代じゃないからさっぱりだったな」
「なら、すれ違ってたかもしれないね。私も家族と買い物ついでに見に行ったし」
私は言った。
「……中学の頃の白川さん……想像できない」
百井はそう言い、口元に手を当て何やら考え込んだ。
「今と変わんないよ」
「でも今と違って髪は黒くて短かったんだよね……うーん……?」
更に疑問が深まった様子の百井と入り口の自動ドアを通り、ショッピングモールの店内へ。
入り口を皮切りに店内のあちこちにはハロウィンの企画を知らせるバルーンが飾り付けられている。平日なこともあって、客の入りはぼちぼち。
「さて、どこに行く?」
私たちはこのショッピングモールで何をするのかを事前に決めていない。なので現状、入り口から当てなく移動している。
諸説あるけど、遊びとは行き当たりばったりにするものである。
その無計画な流れの中で百井への誕生日プレゼントのヒントを引き出す。こういう方針になった理由は、百井は自分の誕生日を祝われることが得意ではなさそうだからである。
何の気なしに百井の誕生日の話をすると、百井の表情はあまり優れない。欲しいものも思いついていない様子だけど、物欲が無いわけでなく何かしらは欲しいみたい。
もしかしたら無暗に踏み込まないほうがいい問題かもしれない。家庭事情が関わっていたりとか。
しかし、私としては百井の誕生日を心穏やかに祝いたい。なので、このひりつくタイトロープは渡らせてもらう。
「お腹空いてない? 先に何か食べてからにしようよ」
日常的な佇まいに戻った百井は言った。
今の時間は飲食店が開き始める頃合い。朝食は軽めだったので全然いける。
「そうしよっか。何かジャンクなものでも食べる?」
「私、行きたいところがあって……ここなんだけど、どう?」
百井は途中にあったインフォメーションコーナー横のタッチパネル型のフロアガイドを操作して店の情報を表示した。私が入ったことのないイタリアンな店のようだ。
「いいよ。そこに行こう」
案を出してくれるのであれば乗るのみ。
未だに中央のエスカレーターは壊れたままなので、フードコートに近い東側のエレベーターを使い、飲食店のエリアへ向かった。
二階のフードコートのエリアに到着。飲食店のエリアはここを越えた先にある。
ファストフード店をはじめとするテイクアウト向きの商品を取り扱う店が立ち並び、食欲をそそる香りが漂っている。
特に生菓子屋からの濃厚なバターの香りがいい。シュークリームかな。
「あそこにいるの神長さんと樋渡さんだよね」
百井はフードコートの方を見て言った。
「ん?」私も同じ方を見て探す。「ほんとだ」
フードコートの一角、大きな窓ガラス付近の席に樋渡と神長、疲労困憊な様子の女の子を含めた三人がいた。
振替休日とは言え、示し合わせたわけではないのに同級生と同じ場所に集ってしまうと世間の狭さを実感させられる。
「挨拶しに行く?」
百井は私に気を利かせたのか、そう提案した。
「いや、遠いからいいよ。向こうは向こうで楽しんでるだろうし。それに今は百井との時間だからね」
「そっ……すか……」
百井は変な口調で言った。なぜか照れた顔をしている。
私たちは気付かなったふりをしてフードコートを通り抜け、飲食店のエリアへ。
飲食店のエリアは隣接する駅の二階へと繋がっており、牛タン定食屋、洋食屋、中華料理屋など多様な料理屋が立ち並ぶ。フードコート周辺の比較的リーズナブルな店に比べると価格帯の平均は高めである。
「というか百井は樋渡のこと知ってたの?」
思えば百井の口から樋渡の名前が出るのが新鮮だった。
「話したことは無いんだけど、樋渡さんはバド部のエース候補で有名だから」
「なるほど。あ、ここが百井の目当てのお店ね」
注目株の樋渡と知り合いである私も鼻が高いと思いつつ、目当ての店のイタリアンな店へ到着。すでにそこそこの数の客が入っている。
百井は他の店に目移りすることも無いようなので私はコートを脱いだ。
「ふ、二人です!」
ストールを畳んだ百井が従業員に二人である事を伝え、円滑に窓際の席へと案内され一息。
「どれも美味しそうだね。何食べるかもう決まってる?」
私は広げたメニューを見て、向かいに座る百井に言った。
「このエビクリームパスタかな。
乙部さんとは私たちのクラスメイトの耳聡い女子生徒である。
私は更にメニューを見て、きのこのボロネーゼとエビとホタテのドリアを注文。
百井はエビクリームパスタと温野菜サラダを注文。
「そういえば樋渡と神長の他にもう一人いたけど、あれ誰だったんだろ。知ってる?」
料理が運ばれてくるまでの暇つぶしに私は言った。
「ああ、あれは一組の
「へ~、そんな人がいたんだ。知らなかったな」
樋渡が言っていた神長と仲良くしている風紀委員会の人とは桂木さんなのかな。頭が固い風紀委員らしいけど、もしや、かの過激派風紀委員会が桂木さん……? まさかね。
ともあれ、我が校の風紀の未来は桂木女史の活躍が左右すると言っても過言ではない。私は平穏な学校生活を送りたいから応援するぞ。
「まあ、マジで頭が固かったら、教師の言う事を真に受けて振替休日を返上で勉強してそうだけどね」百井は小さく笑い、「話変わるんだけどさ……白川さんの中学時代の写真ってある?」と続けた。多分、入口での会話による疑問が残っていたのだろう。
「うーん、部活の写真があったかな……ちょっと失礼」私はそう言い、バッグから携帯電話を取り出し、ライブラリを漁った。「二年の時の集合写真があった」
百井に水泳部の仲間と撮った写真を見せた。
水泳部だからと言って水着ではなく、普通にジャージ。水着で写真を撮るなどあり得ない。
「白川さんどこにいるの?」
「真ん中」
私は画面を指差した。
「わ、ほんとに髪の毛黒くて短かったんだ。今と全然違う」
「見た目はね。髪を伸ばし始めたのはこの時期からだったかな」
「何かあったの? それとも虫の知らせ?」
「いや、ただ伸ばしたいなって思っただけ。いい感じに伸びたから色も変えたいに派生した感じ」
「高校デビューってわけだ」
百井は言った。その顔はちょっと意地が悪そう。
「違うよ。どの色にするか迷っていたら、たまたま時期が被っただけだし」
他の候補としてはホワイトベージュがあった。
尤も、名字が「白川」で髪色も白系統なのは自己主張が強いと思い、お流れとなった。いつかやるかもしれない。
「私、好きだよ……白川さんの髪の色」
「ありがとう。私も結構気に入ってるんだ」
百井の言葉を素直に褒め言葉と受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます