百井の歓び ―Momoi's joy―
第四十五話 祝福の瀉血
十月下旬。私はメイクをそこそこに、最寄りのバス停へ向かっていた。
文化祭の振替休日の今日は、兼ねてから進めていた百井と遊びに出掛ける日取り。目的地は地元のショッピングモール。
今日の気候は冬を先取りしたような寒さ。耐え難い寒さに思わずコートを着てしまった。浮いてしまうかと思いきや、まばらに道行く老人たちも私と同じく暖かそうな服装だった。百井もちゃんと着込んで来るだろうか。
そんな百井曰く、今日の遊びはデートらしい。
けれども、私としては未だに釈然としていない。
本来、「デート」という言葉は、互いに意識し合う相手同士が行う恋愛的な発展を望んだ逢瀬を表現するときに用いられる。デート経験の無い私でもそれくらいは知っている。なので私と百井のような友達関係の「お出掛け」に用いるのは違う気がする。
『というか前も聞いたけど、遊ぶだけなのになんでデートなの?』と、何度目かの電話口で百井に聞いたことがあった。この時の私はベッドで横になっていた。今のところ、百井の方から電話が掛かってきたことはない。
『な、なんか……テンションが違ってくるというか……』
百井はぼんやりと語った。
『よくわかんないな……他の子と遊ぶ時もデートってことなんでしょ~?』
眠くなってきた私は欠伸混じりに言った。
常日頃から遊ぶことをデートと表現していたら、男女問わず純粋な人間を勘違いさせる生粋の尻軽であり、周りの人間から貞操観念を疑われてきたことだろう。
『えっ!? あ、そんなことは……ない! んです……えっと、人は選んでるみたいな……なんていうか……期待感が高まるから……? うぅん…………この話はやめて、さっきの南蛮味噌漬けの話の続きを……』
百井はもにょもにょと言い淀み、私の疑問を有耶無耶にした。
百井的には「お出掛け」の上位種が「デート」ということだろうか。正直、遊ぶだけなのであまりハードルを高くされては困るのだけど、余計なことを言って百井の姿勢に水を差すのはナンセンス。
私としても百井と遊べることはとても喜ばしく、楽しめればそれでいい。テスト明けに遊べなかったことが嘘のようだ。
そもそも「お出掛け」と「デート」に根本的な違いは無いのかもしれない。つまり百井はただ気取った言い方をしているだけだろう。
そうこう考えている内に青色のコンビニへ到着。
ここのイートインで朝食を食べるために余裕を持って家を出てきた。平日の昼前なので客は少ない。
店内を見て回り適当なサンドイッチや菓子パンを見繕い、奥側のレジへ。
「白川……さん」
レジにいたのはコンビニの制服を着た檀さん。実は店内に入った時から、檀さんがレジ打ちしていることに気付いていた。
二箇所あるレジの内、ベテランの雰囲気のあるおばちゃんの方に並ばなかったのは、労働に勤しむ輝かしき同輩に対する尊敬の現れ故である。
「どうも。あ、ホットコーヒーのSサイズを一つください」
私は商品の入ったカゴをカウンターに置いてホットコーヒーを頼み、「檀さんここでバイトしてたんだ」と、支払うお金を準備しながら言った。
「そうよ……悪い?」
檀さんは機嫌が悪そうにしている。クラスメイトの私に働いているところを見られたからだろうか。
「ああいや、世間話するつもりはないよ。それよりも手動かしたら?」
「あんたねぇ……あっ!」
檀さんは向こうのレジのおばちゃんから睨まれたこともあり、大人しく商品を詰め始めた。
そうして私はお金を支払い、檀さんからホットコーヒーとビニール袋を受け取った。とても丁寧な渡し方だった。
「学校休みなのに、お疲れ様。また来るから」
私は去り際にサラッと言った。
「あざした……」
檀さんの気の抜けた見送りを受け、イートインで少し遅めの朝食を取り、コンビニを後にした。
最寄りのバス停周辺に到着。腕時計で時間を確認。予定通り。
待合用のベンチに座って携帯電話を弄る百井が見えた。その佇まいがしみったれた街並みを明るくしているようだった。
一応、百井の家の周辺にもバス停はあるのに、なぜかこの場所を集合場所にしようと聞かなかった。運動不足を解消するために歩きたかったのかな。
それはさておき、私は早めに来たつもりだけど、百井も早い。次のバスが来るまで約二十分ほどある。いつから待っていたのやら。
「おはよう、百井」
「あ、おはよう」
私の接近に気づいた百井は顔上げて一言言った後、弄っていた携帯電話をバッグに仕舞った。
「早いね。私、結構余裕を持って来たんだけど」
私はそう言い、空いていた百井の左隣に座った。
今日の百井は、いつにも増して髪が艶めき、適切なハイライトの作用で肌の綺麗さが引き立っている。服は秋らしい色合いのもので統一されている。ストールを羽織っているので、ある程度の防寒性は担保されていることだろう。
百井の私服姿は数えるほどしか見ていないので何とも言えないけど、傾向としては落ち着いた色合いの服を好むのだろうか。
「私もさっき来たばかりだよ。白川さんのコート……かっこいいね」
百井は私のことをジロジロと見ながらコートについての感想を述べた。
「えぇ……かっこいい……?」
「あっ、かっこいいじゃなかったかも……えっと……」
百井はあたかも失言をしたかのように顔を青くした。
「いや、訂正する必要は無いよ。中々わかってるじゃない百井」
百井は私の感性に即した嬉しいことを言ってくれた。気分が良い。
「そ、そう……よかった……そろそろバス来るし並んでおこうか」
百井はそう言い、立ち上がった。
「早くない? まあ、いっか」
私も百井に続いて立ち上がり、バスの停止位置付近に並んだ。
他に並ぶ人はいないので順番としては百井が先頭である。
「あの……私の服……どう?」
百井はニットの裾を摘まみながら言った。
「そうだね……ファッション雑誌に載ってそうなコーディネートをそのまま丸パクリしたって感じ」
私は率直な感想を述べた。
「……そうだけどさ」
百井は不服そうな顔をした。当たっていたようだけど、反応が芳しくない。
私は何を求められていたのか。服装を選ぶ際、ファッション雑誌を参考にするのは悪い事では無いのに。
百井は不機嫌そうに向こうの道路を眺めている。
その様子がいじらしかったので、私は百井が羽織るストールの下に左手を突っ込み、ニットの上から背中に触れた。良い触り心地の素材である。
「……んぇっ!?」と、百井は素っ頓狂な声を出した。「何……?」
「背中に何か言葉を書くから当てて」
私は言った。
「え……なんで」
百井は言った。
「バスが来るまで暇だから。ちなみに五文字ね、いくよ~」
「ちょっ……んっ……んん」
私は百井の小さな背中を指でなぞって文字を書き、百井はくすぐったそうに脇を締めた。
「はい。わかった?」
「……デ、デカラビア……」
百井は息を上げて答えた。
「正解、よくわかったね。じゃあ二問目」
「続くの……!? 次は私がやる……んっ!?」
「ダメ」
私は百井に有無を言わせず二問目を始めた。
バスが来るまで、この文字当てゲームは続いた。百井は全問正解だった。
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