第四十二話

「したいこと? あっ……」

「百井の手、柔らかくて温かいね。えっと、今までも切り出そうと思ってたんだけど、いい機会に恵まれなくてさ」

「お願いって、こうやって手を繋ぐこと? それなら……いくらでもするのに」

「ううん、違うよ? これは百井を逃げられなくするために一応掴んでいるの。百井がどうかは知らないけど私としては……ちょっと恥ずかしいお願いでね」

「恥ずかしい……?」

「でも、みんながしてることだと思うから……いや、みんながしてるからじゃなくて、私が百井のことを知りたいから、だね。そして私のことを百井に知ってほしい」

「そ、それって、もしかして……ABC的なやつ……?」

「ABC……? ああ、うん、そうそう、アルファベット的なやつ。流石は百井、察しがいい」

「えっ、マジで……!?」

「嫌なら断ってもいいよ。手も離すから」

「ちょっ、ちょっと待って! 逃げたりしないけど! でも、あの、女同士だとしても、もっと踏むべき段階があるというか、私たちにはまだ早いというか……順番的にAだけど……えっと、心の準備が……!」

「わかるよ、重要なことだもん、緊張するよね。だけど女同士とか関係無いと思うし、私と百井の仲ならしていいことだと思うの」

「そっ、そうかなっ?」

「私はそう思ってるよ。百井もそうあってほしいんだけどなぁ……こうやって私の部屋に来たということは、それなりに覚悟はしてるんだよね?」

「確かに部屋まで来ちゃったけど……だって、まさか白川さんと、そっ、そんなことをするとは思ってなかったし……それに私は、けっ、経験無いから!」

「私しか見てないからごまかさなくていいんだよ。小慣れてそうなのに、意外と奥手というか謙虚なんだね」

「白川さんこそ、結構大胆というか……あっ……今、唇ガサガサだからっ! あと、コーヒー飲んじゃった……」

「私は別に気にしないけど」

「私は気にするよっ!」

「大丈夫、すぐ終わるから。百井、私と……」

「あっ、ちょ、待っ! えとっ、はっ……はいっ……!」

「連絡先を交換しよう」

「……えっ?」

「お互いに知らないでしょ? 連絡先」

「あ……うん、そうだね、そういえば……」

「知らないままだとお互いに不都合があると思ってさ」

「……他のことだと思った……」

「他のこと?」

「あ、いや何でもない! 何でもないから……」

「そう。で、どうかな?」

「…………いいけど」

「ありがと。いやー、断られなくてよかった。今世紀最大級に緊張したかも、一安心」

「よかったね……」

「よし早速スマホ、スマホ~っと……」

「あっ……」

「充電良し。ちなみに私、通話アプリは使ってないから」

「そうなんだ、珍しい」

「前までは使ってたんだけど頻繁に通知が来るの鬱陶しくて、勢いで消しちゃった」

「白川さんらしいと言えばらしいかも」

「だから電話番号とメアドを教えてくれると嬉しいな」

「うん、わかった。えーっと、メアド……メールなんて全然使ってないや」

「さっきから気になってたんだけど、ABC的なやつってメアドのことじゃないよね? 何やら勘違いしてたみたいだし」

「わ、忘れてっ……そうだ、先月駅前で撮った写真送るよっ!」

「なら私の寝顔の写真も忘れずにね」

「あ、はい……」

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